「ラビット・ドットコム」
第6話 ファースト・ミッション

ラビット 第6話 ファースト・ミッション(6)

 ←ラビット 第6話 ファースト・ミッション(5) →ラビット 第6話 ファースト・ミッション(7)
夕刻の喫茶鳳凰も、やはり忙しさとは無縁で、相変わらずゆったりとした時間が流れていた。

いつもは座らない窓辺の席に陣取り、稲葉は暮れてゆく外の景色を眺めていた。今日ここへ来るのは2回目だ。

宇佐美たちが出て行ってすぐに事務所を出たものの、なぜか稲葉は真っすぐ自宅アパートに帰れなかった。

李々子の事、空き巣と携帯電話の事、付箋の文字、気になる事が多すぎて、きっと帰っても悶々とするのが目に見えていた。

宇佐美の言葉を無視して事務所に居続けるのも少し悲しくて、一旦は近場の書店などで時間をつぶしてはみたものの、結局ここに戻って来てしまった。

喫茶鳳凰は事務所があるビルの1階にあるため、窓辺に居れば宇佐美たちが帰ってきたらすぐに分かる。

李々子の件が気になって……と、正直に言えば、宇佐美も自分のやるせない気持ちを察してくれるはずだと、少しだけセコイ期待も込めて、ここで待機することにしたのだ。


「あ~あ。もうほとんど水ですね、稲葉さん。取り替えましょうか?」

氷が溶けきって薄くなったアイスコーヒーを、ストローでぼんやりかきまぜていた稲葉に、ナオが話しかけてきた。

客の少ない暇な時は、この小柄で天然なナオとゲームやアニメの話で盛り上がるのだが、今日はその気分でもない。

「ありがと。でも、もうちょっとここに居座る予定だから、また後で注文する」
「宇佐美さんたちと、待ち合わせ?」
「いや、調査に行った二人を、なんとなく勝手に待ってるだけなんだけど」

「あら、どうして?」
「いや……調査結果が気になって。本当はついて行きたかったんだけど」
「あら、かわいそう~。また置いてきぼりくらったの? 元気出してね。きっといつか認めてもらえるから!」

全く悪気のない無邪気なナオの応援だが、結構ピンポイントで稲葉を凹ませた。
やっぱりナオにも“まだ認められていない”と思われてるんだと、密かに再確認させられる。

「ねえ、待ってるんだったら事務所に持っていきましょうか? コーヒー」
「う~ん、それがね。ちょっと事務所で気味悪い事があったし、何となく一人で居たくないんだよ」
帰れと言われたことは伏せて、稲葉はそこを説明した。確かにあれは不気味な事に違いなかった。

「気味悪いこと?」
「実はね……」

そう言いかけたとき、稲葉の携帯の着信音が鳴った。宇佐美からだ。

時計を見ると二人が出て行ってから4時間半が経過している。
何か情報が掴めたのだろうか。それとも、よくない知らせか。

稲葉はナオに「ちょっとごめんね」と断ると、かなり緊張気味に電話に出た。
そして宇佐美の説明に耳を疑う。


「……え? 犯人つかまえたんですか? 21歳のフリーター?」

なるべく小声で話したつもりだったが、ナオが興味深そうにこちらを見ている。
稲葉は更に声のトーンを落とした。けれど宇佐美からの情報は予想外で、どうしても声が上ずる。

「え? 犯人はそのフリーターじゃないって? 元締めが警察に捕まった? 取引? 麻薬? 現行犯? 
ねえ、宇佐美さんは空き巣とストーカーのこと調べに行ったんじゃないんですか? なんで麻薬取り引きが出てくるんですか。
……あ、今から事務所に帰るんですね。わかりました。ぼく待ってます。いえ、いいんです。事務所で待ってますから!」

ゆっくり立ち上がり、緊張に汗ばんだ手で電話を切った後、稲葉はじっと手の中の携帯をみつめた。

―――よく分からなかったけど、もっと大物の犯人を捕まえちゃったんだ、宇佐美さんは。なんだって一人でやっちゃうんだ。すごいな。僕なんて今回も1ミリだって出る幕は無く……。

自分の存在の希薄さを再認識させられ、稲葉は小さく息を吐いた。

とはいえ、李々子の身の安全は確保され、そしてあの携帯電話を狙った犯人の謎は解けたのだ。詳細は、後で宇佐美に聞くとして、まずは一件落着。

―――これで安心して事務所に……。あれ?

しかし、“ある点”に気づき、稲葉は動きを止めた。

しばらく考え込んだ後、携帯を持ち直して宇佐美に電話を掛け直す。
コールの間、稲葉はぐるぐる頭を巡らせてみた。

次第に胸がバクバクしてきた。まだだ! まだ解決してない事あるじゃない。

あの赤い文字。捕まえたストーカーと、あのメッセージを書いた人物は本当に同一人物なのか?


「ひっっ……!」

不意に体に異変を感じ、雷に打たれた様に稲葉はのけぞった。

手から放れた携帯がテーブルに落ち、ストラップに引っ張られたコーヒーのグラスが危うく倒れそうになる。

すんでの所で押さえ携帯とグラスは守られたが、体中からどっと冷や汗が噴き出した。
今まで感じた事の無いショックに心臓がバクバク音を立てる。

稲葉は呼吸を整えたあと、周囲を振り返った。


―――誰かが…………、僕のお尻さわった!

その直後稲葉の横を通ったのは、トイレから戻って来たらしいでっぷり太った中年の女性。まだハンカチで手を拭いている。

――違う

壁際のマガジンラックから週刊誌を引き抜こうとしている白髪の老人。

――違う

すぐ後ろの席で携帯をいじっているサラリーマン風の男。その横の席で漫画を読んでいる学生風の男。競馬新聞を読んでいる男。ずっとおしゃべりしている若い女性二人。

――違う、違う、違う。

ちょうど今レジで支払いをしている1人の客は別として、店内には現在その7組のみ。どの客もこれと言って奇妙なところは見当たらない。

「どうしたの? 稲葉さん」
レジを終えたナオが稲葉の様子に気づき、小走りでこちらに近寄ってきた。

稲葉はナオの耳もとに唇を寄せ、小声で聞いた。

「ねえ、今ここに居る客で、何かちょっと変わった人いない? みんな常連さん?」
「えっと、半分以上は何回か見た顔ぶれよ」

「そっか……。ねえ、変なこと訊くけど、この顔ぶれのとき、なにか変ったことない? ちょっと妙だなと思ったりとか……」 

「え~? 変わったこともないし、変な人も居ないと思うけど……」

ナオは少し考えてハッとした表情を見せた。

「あ、全然関係ないかもしれないけど、この前のあの2人は近頃よく来てくれるようになったのよ」

「あの2人?」

「ほら、覗き趣味の向かいのビルの男女。あ、覗き趣味なのは彼女だけで、男の人はゲームの開発者さんだっけな」

「ああ、あの変ないたずら仕掛けてきた2人?」

「そうそう。あの男の人も彼女さんも、けっこうおしゃべりでね。“このビルの探偵さんたちも、このお店に来るんですか?”って聞かれたから、新入りのイケメン君はよく来るんですよ~とか、いろいろ話し込んじゃった。あの時のゲームが楽しかったんでしょうね」

稲葉の質問内容とズレたトークは続く。

「その男の人が、今度は探偵もののゲーム作ろうかなとか言うから、話題提供するからぜひぜひ!って推しといた。あ、もちろん、ラビットの仕事の事とかプライベートとか、余計なことは言わないわよ。ホント! 
それでね、そんな話してたら、その場にいた他のお客さんも何人か、話に混ざって来てね、へ~、ここ、探偵事務所があるのか~って、いろいろ話が盛り上がって、すっかりお客さん同士意気投合して……、あっ、いらっしゃいませ~」

ナオの滑舌も絶好調になり、稲葉がどこで話を止めようと思っていたところでちょうどドアのカウベルが鳴り、数人の客が入って来た。

「ごめんなさいね稲葉さん、またあとで」
「うん、僕ももう事務所に上がるし」

パタパタと接客をしに行ったナオを、稲葉は苦笑まじりに見送った。
結局、稲葉が訊きたかった回答は得られなかった。

稲葉はもう一度ゆっくりと店内を見渡した。

けれどやはり、何も奇妙な感じはしない。

―――気のせいかな。やっぱり疲れてんだ、きっと。
もうすぐ二人も帰ってくる。いったいどんな顛末だったのか聞かせてもらおう。

稲葉は気持ちを立て直し、まだ鳥肌の立っている腕をひと撫でした後、伝票を持って立ち上がった。




関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(5)】へ
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(7)】へ

~ Comment ~

誰でしょう 

稲葉君のお尻を触ったのは誰なんでしょう?
謎ですね。

ちなみに私も大学生の頃、バイト先のスーパーでホモの男性に狙われておりました。苦笑。
お尻も二度ほど触られました。

本当、気持悪かったです。
私、それほど弾力は良くないはずなんですが・・・・・・。

それは次回♪ 

>ヒロハルさん

ええー。そうなんですか? ヒロハルさんも!
そっか、男の人もそう言う危険はあるんですね。(危険なのかな?)
やっぱり、お尻は触りやすいんでしょうね。
私もやっと最近男の子のお尻の魅力がわかってきました。(別にいい?)

さて、稲葉君のお尻を触ったのは誰でしょう。
そして、その目的とは・・・。

犯人は次回、呆気なくわかります。

NoTitle 

RIKUのこともあるから素直に合理的解決がもたらされると信じられないわたしがいたりする(^^)

ミステリファンの猜疑心ときたらそりゃあもう……(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ

いっぱい疑ってください(^.^)。さて、合理的・・・ってどんなのかな?
フェアか、フェアじゃないかと問われたら、ちょっと自信がないですが。
伏線を張って、材料を揃えるのがフェアだとしたら、なんとかフェアな展開だと思うのですが(^o^;
でも、答えはあっけなく分かっちゃいます。
本当に書きたかったことは、その先に・・・。

NoTitle 

ニャニィーーーv-412
稲葉ちゃんにセクハラをしよう等と云う不届き者は、
この咽頭扁桃エーーーン治りかけナンジャーのぴゆうが成敗してくれてやる。
えっ?
お呼びでない?
v-403フン!

熱も下がって大分良くなりました。
ご心配をおかけしました。お見舞いコメもありがとう。

またぼちぼちと遊びに来ますね。

ぴゆうさんへ 

そう!
シロちゃんにセクハラしようなんざ、不届きなやつは、お仕置きしてやってください~^^
さあ、このあといよいよ本題に入ってきますよ。
(前置きが長すぎる!)
最終話への、プレリュードです。

おお、すこし体調、よくなってきましたか!
まだ完全じゃないだろうに、来てくださって、ありがとうございます><
私もよく咽頭炎で熱を出すので、辛さがわかります。

でも、まだ注意してくださいね。
家事も巡回も、返信も、ぼちぼち・・・・ですよ~~。

謎だらけですね 

このシリーズ、あともうすこしでおしまいですよね。
私はまだlimeさんのお作は読ませていただいていない分のほうが多いですが、リクとラビットのお話は大好きで、終わってしまうのが寂しいです。
で、ちょっとずつ読ませていただいているのです。

李々子さんと宇佐美さんは、特に特別な関係ってわけではないのでしょうか。そこも読者には謎です。
それでもいろいろ考えて、なんとなく疎外感って感じの稲葉くんの気持ちはわかります。
人間関係については私も細かく想像して、うじうじしたりするほうですので、稲葉くんとは似たところがあるのかも。

謎が解明するとすっきりしますが、ストーリィ自体が終わってしまうのは寂しいです。
いつかはこのシリーズの新作を書くというご予定は?

あかねさんへ 

ラビット、ご愛読くださって、ありがとうございます!

いや、もう、ほんと、ゆっくり読んでやってください。
私もこの所落ち着かず、なかなかゆっくりあかねさんの所に伺えずにごめんなさい。
ぽちだけは、欠かしませんよ^^

ラビット、謎だらけになってきましたよね。でも、真相は、笑っちゃうような感じです^^
私の作品、ラビット以外はすごく辛辣で悲しいので、ラビットくらいは明るくいきます^^
でも、最終章は、ちょっと・・・辛いかも。宇佐美。

いつもコメントありがとうございます。
ラビットは、実は「電脳ウサギとココロのありか」という特別版もご用意しています^^

ああ、リクの続編も、書きたいですねえ。
でも・・・読者様に、飽きられちゃいそうで、ちょっと自粛です^^
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(5)】へ
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(7)】へ