「ラビット・ドットコム」
第6話 ファースト・ミッション

ラビット 第6話 ファースト・ミッション(5)

 ←ラビット 第6話 ファースト・ミッション(4) →ラビット 第6話 ファースト・ミッション(6)
李々子はたった一人、自分のマンションのドアの前に立っていた。

辺りをさりげなく見渡したが、平日の昼間の廊下には誰もいない。
ドアを開けようと鍵穴に鍵を差し込んで初めて、自分が鍵を掛けていなかった事に気がついた様子だ。

小さく肩をすくめながら李々子はレバーを引き、ドアを開けた。
そして小さく甲高い声を上げる。

部屋は何ものかに侵入され、手当たり次第引っ掻き回されて悲惨な状況になっていた。

思わず赤いバッグを廊下に落としたまま、李々子は茫然自失といった様子で、フラフラと部屋に入っていった。

李々子を飲み込み、ドアは自動的にバタンと閉まる。

あとには、不自然にポツンと残されてしまった、赤いトートバッグ。
シンとした廊下にそのまま時間だけが過ぎていく。

30秒……1分……2分……。

そして3分が過ぎた頃。音も無く影が近づき、程よく日焼けした手がその赤いバッグを掴みあげた。

掴んだ男は慌てた様子で辺りをキョロキョロ見渡すと、バッグを握りしめたまま階段に向かって歩き出した。

「はい! そこまで!」

大きな声と共に、いきなりパシャッとフラッシュが光った。

デジカメを構えた宇佐美がニヤッとして柱の影から顔を出すと、赤いバッグを握りしめた二十歳そこそこのその青年は固まったようにその場に動かなくなった。

目を見開き、口をポカンと開けたままだ。

「賢いね、君。逃げるのは得策じゃないもんね。現行犯だし」

「……な、なにが」
青年は目をせわしなく動かしながら血の気の失せた唇でかすれた声を出した。

「ああ、拾ったから交番に届けようとしたなんて面倒くさい言い訳は時間の無駄だよ。君、交番嫌いでしょ?」

「……」

「俺も職業柄、交番とか警察とかすごく苦手なんだよ。話がややこしくなるからね。
それよりさ、大事な話があるんだ。君の携帯を預かってる。君の指紋付きのね。これってけっこう大事なものじゃない?」

宇佐美はハンカチにくるまれた携帯を青年に見せた。
青年は青ざめて固まったまま宇佐美と携帯を見つめている。口はまだ開いたままだ。

すぐ後ろでドアが小さく開き、李々子がいたずらっ子のような顔を覗かせた。

「ねえねえ、私、どうだった? なかなか迫真の演技だったでしょ? うまくいった?」

能天気なその言葉に、宇佐美は男から目を離さずに笑った。
「高校演劇ならなんとか通用するレベルかな」

李々子はぷっと頬を膨らませて怒る。

「ちょっと話をしようか」
口調を少しばかり硬質なものに変えて、宇佐美が青年に話しかけた。

青年はゆっくりと素直にうなずくと、ぽとりとバッグを床に落とした。

「初めての仕事だったんじゃないの? 君にとって。
大事な取引の指示の連絡のためにだけ渡された携帯を、君は失くしてしまった。違うかな? 以前同じケースの取引を尾行したことがあるから気がついたんだ。もしかしたら大元は同じ組織かもしれないね。根っこがしぶといから、刈っても刈っても生えてくるってマル暴のおっちゃんたちが言ってたよ」

「……」

青年は今度は唇をきゅと結び、上目づかいに宇佐美を見ている。どういう態度に出たらいいか必死で考えているふうでもあった。

「悪いけどこっちはこういう事調べるのが本業なんだ。隠しても無駄だよ。それに君は幸いな事に、この怪しいバイトにはまだ手を出していない。……だろ? 
ねえ、取引しようよ。このままじゃどうせ俺はこの携帯を君に返さないし、返さなければ君は裏切ったと奴らに追われる。奴らに住所教えてるはずだから、ここ数日家にも帰れてないんじゃない?」

青年は目を見開いたまま、小さく頷く。

「ね? だから取引しよう?」
宇佐美は優しい口調でその青年に話し続けた。

何かの弾みで堅気でないアルバイトに手を出したらしいその青年は、少し怯えた目で宇佐美をただ見ている。
その顔には、まだどこかしら幼さが残っていた。

「今度電話がかかってきたら君は普通にその着信に出ること。4日間の不在は病気か何かの理由をつけて、適当に誤魔化してさ。君は相手の指示を聞き、その取引内容を俺に録音させてくれればそれでいい。
もちろん、君が情報を売ったなんて絶対知られないように配慮する。さっき言ったマル暴のオッサンって言うのが俺の知り合いでね。そこんとこは抜かりない。……どう? 悪くないでしょ?」

まるで楽しいイタズラを思いついたようにニタッと笑う宇佐美につられて、青年も少し表情を緩めた。

「あの、刑事さんか何かですか?」
「まさか。でも犯罪は見逃せないタチでね。まあ、“犯罪者”を見逃すかどうかは、気分次第なんだけど」

宇佐美の言葉に李々子は「うわ、いいかげん」、と笑った。

「……オレは、やっぱり警察に突き出されるんでしょうか」

青年はぽつりとつぶやく。宇佐美の説明では、状況はまだよく理解できていないようだった。

ブリーチされた短髪、着崩した柄シャツにダメージジーンズ。シルバーネックレスに鼻ピアス。
行動は軽率で、外見もわざと悪ぶった今どきの若者だが、口ぶりから根が腐っているわけではなさそうに思えた。

「まあ、完全無罪とはいかない。罪状は、……そうだな、李々子の部屋を散らかした罪かな」
宇佐美が笑った。

「で、でもあの部屋は始めからけっこう散らかってました。俺より先に誰かが荒らしていったのかと思ったくらいです。鍵だって最初から開いてたし! 本当です」

必死に宇佐美にすがりつく青年。
宇佐美が李々子をあきれたように見つめると、李々子は白々しく視線を泳がした。

「それについては君を信じるよ。とにかく、さっきの条件を飲んでくれさえすれば、君がこのバイトに手を出そうとしたことや、李々子に対してやったことには目をつぶろう」

青年は少しホッとしたのだろう、ガチガチの表情を緩めた。

「そもそも何で君の携帯が李々子のバッグに入ってたの?」

「4日前の朝、電車に飛び乗ろうとした時この女の人とぶつかってホームに携帯落としたんです。そしたらその人が拾ってそのまま赤いバッグにぽんって入れて電車に乗っちゃって。人の波に押されて俺、電車に乗れなくて……。もう、ものすごく焦りました。失くしたなんて知れたらそのバイトくれた人たちに殺されるんじゃないかって。
その日は見失ってしまったけど、また同じ時刻にその駅でこの女の人を見つけられたんで……」

「それでずっと私のことつけてたのね?」

李々子が腕組みをして言った。

「あの、乱暴な事をしようと思ったわけじゃなくて。顔を見られないようにして、隙を見て携帯だけどうにか取り返そうと思ってて……。本当です!」

「なんだ、結局李々子のそそっかしさが原因か」

「だって~。あのガラケー持ってる人少ないし、絶対自分のだと思ったんだもん」

「ストラップついて無かったろ? もう少し注意して物事見なきゃ。落としたのが普通の人だったら、今頃困って泣いてるところだ」

「やっぱりそうなっちゃうわよね」眉尻を下げてしょんぼりする李々子。

「けど、幸か不幸か、落としたのが君だった」
宇佐美は横に立つ青年に視線を向けた。

「良かったな。事を起こす前に奪われて。親の泣く顔とか、君だって見たくなかったろ?」

お咎めがなさそうだと気を緩めていた青年が、はっと表情を硬くする。
宇佐美はそんな青年をじっと見つめ、更に厳しい口調で続けた。

「君がこれからやろうとしていたことは列記とした犯罪だ。君だってこれが運び屋の仕事だって、知らなかったわけじゃないよね」
青年の顔が再び引きつった。

「もう一度訊く。さっき言ったこと、協力してくれるね?」

宇佐美の言葉は静かだが厳しく、青年に選択の余地を与えなかった。

ぴんと張りつめた空気の中、青年はゆっくりと頷いた。


関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(4)】へ
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(6)】へ

~ Comment ~

NoTitle 

ストーカー(?)青年を利用しますか。さすが宇佐美、抜け目ないですね(笑)

話の区切りがうまく見つからないときは、キリの悪いところで迷わず区切ってしまいましょう。それもまた、続きを読ませるためのテクニックのひとつです。海外のユーモア作家がよく使う手ですよね。
今回の話も、いいところで終わってるので、続きがおもいっきり気になります(笑)

Re: NoTitle 

>本条さん

あ、そうか、思いきって何でもないところで区切ったほうがいいのですね?
「あれ?ここで終わる?」みたいな・笑
変にに区切りをつけてしまうと、そこで安心させてしまうんですね。
でも、いずれにしてもテクニックですね・・・。

やっぱりここで区切ったのは失敗だったかな?
って思う理由は、次回に・・・。

いつもながら続きを気にしてもらえて、うれしいです!

NoTitle 

さらに謎が謎を呼ぶ?

次回が待ちきれません。

……むむむ?

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさん

またまた~、そんな・笑
プレッシャーをかける~。

そんないっぱい謎は呼べません。

ふたをあければ、謎はたったひとつ、的な?



NoTitle 

流石のうさちゃんだよね。
こうでなくてはいけないよね。
これからどんな風になっていくのか、興味津々だい。

連日、四十度近い熱が出て、フラフラしてました。
今は大分楽になりました。
根性でアップしてコメ返ししている。
アホみたい。
へへ

ぴゆうさんへ 

うきゃ~ (´□`。)°

だめじゃないですかあ~、熱があるときはちゃんと休まなきゃ~。
コメ返とか、ここの感想とか、元気になってからでいいんですよおおお。(;_;)

ここのお話は一話が長いんですからあ~。しんどいですからあ。
でも、ありがとうございます><

はい、あとちょっとですが、この後ラビットは意外な展開になっていきますよ~。
次はぜったい、元気になってから読みにきてくださいね。
くれぐれも~~(ToT)/~~~

なるほど。 

奈々子さんが勝手に携帯を拾っちゃったのかぁ(^^;
いや、入れられたんじゃなくて、良かった。
まぁ、勝手に巻き込まれたってことではあるけど~

赤いバッグが似合う奈々子さん、うう、なんか素敵(^^)

(でも、内輪もめが一番面白かったり・・・・)

↑『花籠』にいただいたらしいコメントに…ううむ(--;、としばし考えてしまった…
いや、おっしゃっていることはすんごくよく分かります。
そして、そういう内輪もめばっかりやってるメンバーに、少しは仕事しろよ…と呟きつつ、今、その仕事で行き詰っているfateは無言になってしまったのであった…

あああ、もうすぐ「外伝」も終わってしまうのに、‘4’が進まない~~~
変な展開になって、死にそうだ~(いや、fateがです。)

fateさんへ 

いやいや、内輪もめというのは、読者を引き込む第一要素だとおもうんです、わたしなど^^

内輪もめというと、おちゃらけっぽく聞こえるけど、登場人物の、心のやり取りで。
ここでぐっと読者の心を掴んで引き込めないと、どんなにシリアスな事件が展開しても、なんか、入り込めないんですよね。
fateさんの物語の、内輪もめが面白いと言ったのは、そういう意味ですよ~^^
大事な要素なんですよ。
人物の一挙手一投足に惚れるのが、第一だと思うんです。

そして、そのあとの物語全体の動き。楽しみに待っていますよ。
自分が納得する展開に行きつくまでって、本当に苦しいですよね。
私も、いつも七転八倒してます。
でも、行きついた時って、最高に嬉しいんですよね。

あれがあるから、やめられないんですよね。
そして、それを読んでくださる読者さんがいて。

私もこれから、新しい物語の創作・探究です。
ああ~、しばらく、一番苦しい日々が続きそうです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(4)】へ
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(6)】へ