「ラビット・ドットコム」
第6話 ファースト・ミッション

ラビット 第6話 ファースト・ミッション(4)

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「赤いバッグ……って何の事だろう」
宇佐美はその小さな紙片を李々子から受け取って考え込んでいる。

「ねえ宇佐美さん、ちゃんと鍵掛かってましたよね。それを書いて貼った犯人はわざわざ合鍵作って鍵開けて、それだけ貼って帰って行ったんでしょうか。……普通に考えて有り得ませんよね。何か大事なデータ、盗まれてたりしませんか? あ、その付箋やペンや机に指紋とかついてるかも。触らない方がいいですよね」

時間が経つにつれて、じわじわ稲葉の中で興奮が沸き立ってきた。これは事件なのだ、と。

「大事なデータはちゃんと厳重に保管してある。それにマエのある人間ならそもそも指紋なんて残さないよ。ましてやこんな手書きメモなんてね。物取りが目的ではなさそうだよ」

宇佐美は静かに続けた。

「それよりも、わざわざ危険を冒してまで残して行ったこのメモ書きが、何を意味してんのかが知りたい」

「赤いバッグ……私ひとつ持ってるけど」
不安げに李々子がポツリと言った。

「それ、どこにある?」

「この部屋」

李々子は自分のロッカーの中から大きめの赤いトートバッグを出して二人に見せた。

「これの事かな。少し前、荷物が多いからこれで出社したんだけど、昼間出先で別のバッグ衝動買いしちゃって、そのまま入れっぱなしにしてたの。大きくて普段あまり使わないから」

確かに稲葉が今までに見たことのない、エナメルの真っ赤なバッグだった。

「中身見ていい?」と、宇佐美。

「いやよ」
「じゃあ、自分で確かめてみて。何か変わったものが入ってない?」
「変わったものねえ……」
李々子はガサガサと中身を出しながら探し始めた。

ハンカチ、ファイル、ポーチ、小冊子類、小さなスプレー缶が二つ、試供品、マスコットストラップ各種、レシートや紙くず。他にも何か解らない小物がどんどん机に並べられる。

「お前なあ、いつも思うんだけどもう少し整理するとかできないの?」
宇佐美が呆れた声を出した。

「仕方ないでしょ。女の子は必須アイテムが多いのよ」
「女の子」
「そこに引っかからないでくれる? 嫁入り前は誰でもみんな女の子なのよ」
「でも、そんなんじゃ誰ももらってくれないよ?」
「うるさいわね、いちいち。あ、こんな所にピアスあった。失くしたと思ってたやつ」
「あのタコ社長からのプレゼント?」
「なんで分かるの?」
「だってこれ、タコの吸盤がモチーフだろ」
「え、やだほんと。気づかなかった」
「きっと笑ってほしかったんだろうに。かわいそうなタコ社長」
「諒に惚れれば良かったのにね、あのタコ社長」
「……その発想の切り替え方がよく分かんないが」

この微妙な状況だというのに、いつも通りに宇佐美は茶化す。
言い返しつつも冷静にガサガサとバッグを確かめる李々子。

―――あ、そうなんだ……。

稲葉はもう一度、優しい目を李々子に向けている宇佐美を見た。
宇佐美はこんな風に、臆病な李々子の気持ちを落ち着かせてるんだ。

きっと李々子にも、そんな宇佐美の気持ちがちゃんと分かっているのだろう。
そこにはさっきまでの青ざめた不安そうな表情はなかった。

「あれ? これ、何?」
突然李々子が大きな声を出し、バッグの中からシルバーの携帯を取りだした。いわゆるガラケーと呼ばれる機種だ。

「触らないで、李々子」
宇佐美の声に、李々子はデスクの上にそれをコトリと落とした。

「もう、びっくりするじゃない」
「ごめんごめん」
宇佐美はそれを自分のハンカチでそっと掴んで持ち上げた。

「これ、李々子のじゃないの? そう言えばスマホとガラケー、二台持ちしてたよな」
「うん。ガラケー同機種だけど、私んじゃない。だって……ほら」
李々子は今日持っていたバッグからそれとそっくりな自分の携帯を取りだしてみる。
プラチナの小さなストラップがついていなければ見分けがつかない。

「どうしたの? この携帯」
充電が切れているらしく、電源ボタンを押しても反応しない。
宇佐美は李々子の机の上にあった充電ケーブルにその携帯をセットしながら聞いた。

「わからない。なんでこんなのが入ってるのかな」
「記憶にない?」
「全く」
「このバッグを一番最後に使ったのはいつ?」
「え~と、4日……いや5日前だったかな」
「誰かに後をつけられてる気がしたんだろ? 4、5日前から」
「あ……」

李々子はハッとした表情で宇佐美を見た。

「すべてはこれに原因があるのかもしれないな。この携帯を何らかの理由で李々子に持って行かれた人間が、奪い返したくて李々子に付きまとったと考えたら、いろいろ腑に落ちる」

宇佐美がデスクの携帯を見下ろしながら言ったが、すべてがしっくり来ているわけでは無さそうな表情だった。

「じゃあ、李々子さんの部屋の空き巣も? このメモ書きも?」
稲葉が慎重に口を挟んだ。

「そこなんだよな。このメモ書きの意味が分からない。李々子の部屋を荒らしたように、ここのロッカーを荒らせばすぐにバッグも携帯も見つかっただろうに」

「どうせメモ書くなら、『俺のだから返せ』って、返却先書いたらいいのに。他人の携帯なんか興味ないからさっさと返してあげるのに。あ、直接交渉してくれたって良かったのよ」

李々子は原因が分かりかけたことに幾分ほっとしたのだろう、いつもの口調に戻っていた。

けれど宇佐美は慎重な面持ちのままだ。綿手袋をはめ、充電器に繋がれて少し時間が経ったその携帯をそっと手に取り、電源を入れた。

「まあ、この探し方や慌てっぷりは、どう考えても普通の人じゃないよね。こっちも慎重に行った方がいい」

言いながら宇佐美は、電子音と共に電源が入ったその携帯を慎重に操作した。
メール、着信、全ての履歴を李々子と稲葉に見せながら素早くチェックしていく。

「用心深いね。メールはすべて消されてる。アドレスだって一件も入っていない」

「まだ買い換えたばっかりだったとか?」李々子が覗き込みながら言った。

「でも、ほら、着信はずいぶん前から入ってる」

電話の着信履歴にはひと月前あたりから23件入っていた。そして4日前からの不在着信も17件表示されている。

李々子が持って行ってしまって以降の着信だ。

「電話の発信者はこの携帯の持ち主と連絡がとれなくなって焦ってるみたいだね。何回も掛けてるみたいだけど、不思議な事にどれも非通知。一方通行の電話。メールは証拠が残る可能性があるから送らないって事か。万が一第三者に渡っても大丈夫なように。発信者がこの携帯の持ち主を信用していないか、もしくは新入りペーペーの仲間か……」

自分の脳内を整理するようにそうつぶやくと、宇佐美は改めて稲葉に向き直った。

「稲葉、今日はもう帰っていいよ。ごめんね」
「え、だって……」
「これから李々子のマンションまで二人で行ってくる。稲葉も気になると思うけど、大勢で動かない方がいいような気がするし」

「あ、はい。分かりました。じゃあ、僕ここで留守番してます。電話番くらいならできると思うし、ここでお二人を待ってますよ」

「うん……、でもいつ帰れるか分からないしね、いいよ。ごめん」

「……わかりました。気をつけてくださいよ、二人とも。僕、じゃあ、ちゃんと鍵かけて帰りますから」
稲葉は精一杯笑顔を作った。


李々子にその赤いバッグを持たせた後、宇佐美は李々子と共に事務所を出て行った。
その後ろ姿を見送り、閉じたドアをじっと見ながら、稲葉はちいさく溜息をつく。

「ごめん……か……」

気遣いから言ったであろう宇佐美のその言葉は、稲葉をほんの少し気落ちさせた。

自分には変な気を使わないでほしかった。なんならアゴで使ってくれてもいい。どうでもいい仕事を押し付けられてもいい。
何でも我が儘を言えるラビットのメンバーでありたかった。

シンとした部屋にひとり取り残された稲葉はひとつ大きく深呼吸すると、さっきの小さなメモ紙を、くしゃっと手の中で握りつぶした。


          ***


“男”はじっと息を潜めていた。

最初に事務所に入ってきた人物が「違和感を感じる」と言ったときはガラにもなくドキリとした。

ほかの二人が鈍感で良かったと思った。探されたらおしまいだった。

会話から推測すると、2人は出て行ったが、まだもう1人の青年は残っているようだ。

さっさと帰ればいいものを、ため息をついて黄昏ている。

そいつが帰って行くまでもう少し待つか。それとも、今すぐ出ていって後ろから羽交い締めにするか。

その瞬間の驚いた顔を想像するのも愉快だった。

“男”は給湯スペースの下の小さな隙間に体を折り曲げて隠れたまま、しばらく考えた。

少し首を伸ばすとパーテーション越しに、ソファの横に立っている残されていった青年の横顔が見える。

“男”は気付かれないように、その青年の横顔をじっと見つめた。
端正で今時のイケメンと言われる部類ではあるが、なぜかどことなく憂いたように感じる。

―――憂えるような会話があったようには思えなかったが……。

そんな事を思いつつ、もうしばらく見つめるうちに、青年はもう一つ小さくため息をついた。

そこで“男”は決断する。

―――羽交い絞めはやめだ。青年が部屋を出て行くまで、もう少し待つとしよう。



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~ Comment ~

NoTitle 

緊張感のある展開になってきましたね。続きが気になります。
でもやっぱり危険な目に遭うのは稲葉くんなんですね。ほんと、いじられやすいキャラですよね(笑)

話は変わりますが、僕のサイトのコメント欄にスパムが多くなってきたため、コメント欄を撤去することに致しました。今後はl、imeさんとのコミュニケーションはこちらのコメント欄を使わせて頂くことになると思います。ご了承ください。

Re: NoTitle 

>本条さん

やっぱり、そういう役回りは稲葉君でしょう・笑
でも、愛情いっぱい持って書いております(稲葉君にとってはありがた迷惑な愛情かな?)
本当に・・・早く役に立ってほしいもんです・笑

コメント欄の件、寂しいですが了解しました。
本当に困ったもんですね。スパム。
こちらから書きこむことができないのは残念ですが、よかったらいつでも雑談に来てください。内容と関係ないコメントも歓迎ですよ。

NoTitle 

宇佐美さんがメモを残した『誰か』をあぶりだすためにわざと稲葉くんをエサにしたのならば……。

我ながらミステリファンというもんは猜疑心のかたまりでいかん(^^;)

先読みばっかりするのも悪い癖……しかもしゃべらないと満足しないし(^^;)

いろいろな意味ですみません(汗)。

NoTitle 

書き込んだ「先読みコメント」を、やっぱり失礼だよな、と消そうとしたものの、「承認待ちコメント」になっていて……(^^;)

いろいろな意味でほんとにすみません(汗汗)。

あざやかなどんでん返しを期待しております。

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさん

おや?先読みのポールさんが焦ってる・笑

大丈夫ですよ~。もしも本当に当たっていたら、そのときは
「ごめんなさい~、当てられちゃったからコメント、認証できません~(T^T)」
っていうコメント返ししますから・笑w
(どんな趣旨のブログ・笑)
でも、いつか本当に当てられちゃいそうですね。

本来、推理小説って、そうやって先を読んで楽しむもんなんでしょうね。
私のは推理物というにはお粗末なライトミステリーですので、
期待に添えるか、分かりませんが・・・。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメさんへ 

おお~~、かわいそうに。
お熱ですか!
ゆっくり休んでくださいね~~(ToT)/~~~
こんな日にまで、来てくださってありがとう~~。
でも、治るまで安静にね~~。

稲葉くんのキモチ 

李々子さんと宇佐美さんがふたりでわかり合っていて、僕はちょっぴりみそっかす、そんなキモチって大人でも寂しいものですよね。
稲葉くんはすこし子どもっぽいところもあるから、なおさらかなって思います。

「男」って誰なのでしょう?
とーっても思わせぶりなので、もしかしたら読者の知ってる誰か? だとかって、私も下手な推理をめぐらせたくなります。
今後、楽しみにしてますね。

あかねさんへ 

そうなんです。
稲葉君って28歳なのに、すごく子供っぽいんです^^;
いじけ方も、中高生並み。
まあ、男っていつまでも子供なのです(誰よw)
李々子と宇佐美・・・どっちにやきもちを焼いてるんでしょうね、彼は。

そう、この「男」。誰でしょうねぇ。
登場人物が少ない私の物語。さて、もう、登場したひとなんでしょうか。
いろいろ想像しながら読んでみてくださいね^^
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