「ラビット・ドットコム」
第6話 ファースト・ミッション

ラビット 第6話 ファースト・ミッション(3)

 ←ラビット 第6話 ファースト・ミッション(2) →(雑記)膜の中の宇宙?
宇佐美と合流した稲葉は、とりあえず李々子のワンルームマンションに向かった。

ラビット事務所の最寄駅からは準急で10分だが、駅からそのマンションまでは、けっこう距離がある。緑豊かな居住空間がウリらしいが、防犯面では少し不安な場所だな、と稲葉は感じた。

“夜は人通りが少なくて怖いの。一緒に帰らない?”と以前、冗談交じりに李々子が甘えてきたのを稲葉は思い出していた。

「あれはけっこう本気だったのかな。僕、いっしょに帰ってあげたら良かったかな……」

マンションの4階でエレベーターを降りながら、稲葉は宇佐美にそっと言ってみた。

けれど、李々子の部屋である404号室のドアの前まで来ても、宇佐美は返事を返して来なかった。

いつものように「いいよ、キリがないから」、と苦笑すると思っていた稲葉は、一気に不安モードが加速する。

「宇佐美さん……。もしかしたら、ストーカーの話も冗談じゃなかったのかもしれないですよ。どうしよう……」

宇佐美はそれでも何も言わずにドアの前に突っ立っている。

「う、宇佐美さん、どうしたんですか。早くベル押してください。そんな青い顔してドアじっと見つめないでくださいよ! 平気ですって。きっと寝過ごしちゃったとか、今日休日だって勘違いてたとか……そんなんですよ。だからそんなマジな目、しないでくださいよ! 宇佐美さんがそんなんだと僕泣きますよ!」

耳元で落ち着きなく捲し立てる稲葉を、宇佐美は視線だけ動かしてじっと見つめていたが、やがて堪えきれないようにクスッと笑った。

「え、……今笑いました? 笑いましたよね」
「いや、ごめん。笑ってない笑ってない」
「いやいや笑ったでしょ? ぜったい笑いましたよね!」

「いや、だって稲葉……」
「なんですか! 言ってくださいよ、気になるじゃないですか」
「稲葉が俺以上にソワソワしてるのがなんだか面白いなあ……って」
「え」

「自分より取り乱してる奴見たら落ち着くっていう心理、あれは当たってるね」

「やめてくださいよこんな時に面白いとか! いや……落ち着いてくれたのは嬉しいけど、なんか嬉しくないです。いや、どっちだ」

言いながら稲葉は汗をかいた掌を子供のようにジーンズで拭った。

宇佐美は笑いを引っ込め、いつもの余裕のある表情で404号室のインターホンを押した。

室内でベルの音が反響するのが聞こえる。けれどしばらく待ってもそれへの反応は無かった。もう一度押してみるが、やはり同じだ。

不安な表情の稲葉と一瞬目を合わせた後、宇佐美は鍵が掛かっているはずのドアレバーに手を掛け、ゆっくり引いた。

「あ、開いた」
「へっ? 何で?」

もう一度顔を見合わせた後2人はそのまま大きくドアを開け、中を覗いてみた。
リビングに通じるドアは全開で、玄関からでも中の様子が丸見えだった。

「……うあ」
息をのむ稲葉。

部屋の中は引き出しという引き出しが全て開けられ、クローゼットの中のバッグ類も床に散乱してひどい状態になっていた。

「李々子さんーー!、居るんですか!?」

稲葉が大声を出し終わる前に、宇佐美が素早く上がり込んだ。稲葉も緊急事態なのだと察し、靴を弾き飛ばして部屋に上がる。

部屋中どこを探しても李々子の姿は無かった。

とりあえず李々子が危害を加えられた形跡は見受けられずホッとはしたが、部屋の惨状は外から見るよりもひどいものだった。

「宇佐美さん、これって……」

「李々子のやつ、散らかしたな」

「違うでしょっ! これは明らかに空き巣か何かでしょう! 何か犯罪に巻き込まれたのかもしれない。こんな時に冗談言うのやめてもらえますか?」

すごい剣幕で噛みついてきた稲葉に、宇佐美は眉尻を下げた。

「落ちつけって稲葉。そんなに興奮しないでくれ」

「だって部屋が荒らされてて李々子さんがいなくなっちゃったんですよ? 落ち着いていられないでしょ! 心配じゃないんですか、宇佐美さんは」

「そんな風に興奮して取り乱したって、何も好転しないよ」

稲葉はハッとして宇佐美を振り返った。

宇佐美はざっと部屋を見渡したあと稲葉に視線を戻し、「外へ出よう」と手招きする。声は落ち着いていたが、その目は何か先まで考えを巡らしているように思案する目だった。

―――そうだよ。宇佐美さんが李々子さんを心配してないはず、ないんだ。

稲葉は先刻、自分の携帯に電話をかけてきた宇佐美の声を思い出していた。あの宇佐美は全く宇佐美らしく無かった。

李々子が「ストーカー」につけられていると言ったあの言葉を、だれよりも真剣に案じていたのは宇佐美だったのだろう。


「稲葉」

宇佐美が急に振り返り、目が合った。

「はい」

「事務所に帰ろ」

「え? ……でも、これ……」

「うん、とりあえず帰ろう。どっちにしろここは手を触れられないし。
それにほら、テーブルの上に事務所の鍵がある。あいつ、出かけるとき忘れて行ったんだ。
普通に鍵をかけ忘れて外出したところを、運悪く空き巣に入られてしまっただけなのかもしれない。だとしたら李々子自身は無事だし、そして今頃……、事務所に入れないで困ってるよ」

まさか、そんな単純な事ではないはずだと稲葉は思ったが、宇佐美の言葉を信じてみようと思った。不安を煽っても仕方ないし、そもそも自分が突っ走って、事態が好転した試しが無かった。

はい、と頷くと、宇佐美はホッとしたように笑った。

            ***

ある特殊なカンというものが探偵業をしていたら身に付くのだろうか。それとも長年一緒にいる人に対して働く能力なのだろうか。

戻ってみると、驚いたことに李々子は本当に事務所の前にいた。

ドアの前の廊下を挟んだ壁にしゃがんでもたれ掛かり、膝をかかえて子供みたいに眠っている。宇佐美と稲葉は無言で目を合わせると安堵の息をもらした。

「李々子さん、起きてください」
稲葉が肩を揺すると李々子は眠そうに目をこすった。

「ん……? あれ? 二人ともどこ行ってたの?」

「どこ行ってたのじゃないだろ。お前探しに行ってたんだよ、マンションまで。まさか昨日帰らずに一晩中飲んでたんじゃないだろうな? 酒臭いぞ?」

宇佐美が少し声を荒げて言うと、李々子は悪びれる様子もなくニッコリ笑った。

「怒んないでよ。家に1人でいると落ち着かないから昨夜は友達と飲みに行ったの。そしたら盛り上がっちゃって気がついたら終電逃してて。友達のマンションに寄せてもらったら、うっかり寝ちゃってね。気づいたらもうお昼でびっくりしちゃった。すぐ諒に電話しようと思ったのよ? でも携帯の充電切れちゃってて、もうどうせなら直接行って謝ろうと思ってさ。ここ最近じゃあ特別慌てて走ってここに来たのに、鍵は閉まってるし、鍵忘れちゃったし」

「……お前は普通の会社員だったらすぐクビにされるな」
鍵を開けながら宇佐美はあきれ果てたように溜息をついた。

「なんだ、もっと怒られるかと思った」
李々子が女子高生のように首を竦めて言う。

「怒ってほしいならいくらでも怒るけど」
「いえいえ遠慮しておきます」
「遠くまで行ったから疲れた」

「本当にマンションまで行ってくれたの? もしかして寝込んでるとか心配してくれた? どっちにしても鍵掛かってて分かんないのに」

少し嬉しそうに笑った李々子の表情が可愛らしかったが、稲葉はそれどころではなかった。あの部屋の惨事が脳裏に浮かぶ。

「李々子、出かける時に鍵をかけ忘れること、よくある?」
「え? たまーに忘れてることは……あるかな」
「昨日の朝、掛けた?」
「掛けた……と思うけど、そう言われると……。なんで? 開いてた?」
「開いてた」

「うそ、やだ、もしかして中見ちゃった?」
「俺の買い被りじゃなければ、きっと李々子はあそこまで部屋を散らかさない」
「……ん? どういうこと」

「俺たちが行く前に、李々子の部屋に入り込んで物色して行った人物がいる」

李々子はキョトンとして宇佐美を見たが、やがてその目は不安そうに見開かれ、そして視線はすぐ横の稲葉に移った。

稲葉が無言で大きく頷くと、李々子は青ざめた顔で、宇佐美が開けた事務所のドアをじっと見つめた。

「そんなに心配しないで。現場はそのままにしてあるし、警察に届ける前に、とにかく入ってお茶でも飲もうよ。二日酔居残ってる頭で、いろいろ考えない方がいい」

「……うん」

まるでしおれてしまった朝顔のようにシュンとして李々子の肩にそっと手を掛け、宇佐美が部屋へ促す。

李々子はああ見えて意外と臆病だという事を、稲葉はこんな宇佐美の行動から、じわじわと気づかされる。

ストーカーが本当に実在するのかも、臆病ゆえの思い過ごしなのかも、あの空き巣がストーカーの仕業なのかどうかも分からない。

けれど、とにかく大事に至らなくて良かったと胸をなでおろし、稲葉は2人に続いて部屋に入った。

―――が。

「あれ?」
「え」

事務所に入るなり立ち止まった宇佐美に思い切りぶつかった。

「どっ、どうしました?」

けれど宇佐美は答えずに、何かを探るような目で部屋の中をぐるりと見渡した。稲葉も思わず同じように部屋を見渡してみる。

「宇佐美さん?」

「……何か違和感があったんだ。ねえ李々子。何か感じなかった?」

「え? ……ううん、全然」

李々子が首を振って答えたので宇佐美もそれ以上何も言わずに、自分のデスクの方へ黙って向かった。けれどやはりまだ何か腑に落ちない様子で、あちこちに視線を巡らす。

「あれ? 何かしら」

次に声を上げたのは李々子だった。

二人が振り返ると李々子は自分のデスクに歩み寄り、そしてデスクトップPCのディスプレイに貼りつけてある一枚の付箋を剥がして、二人に見せた。

「何? それ」稲葉が駆け寄る。

大判のクリーム色の付箋には、角ばった赤い文字が書いてある。付箋も赤いマーカーも李々子の机の上にあったものだ。

けれどその文字はここにいる誰のものでもなかった。もちろん、貼りつけたのも、ここに居る誰でもない。

「“赤いバッグの中”」

付箋に書いてある文字を読みあげて、稲葉は宇佐美と李々子の顔を交互に見た。李々子は何のことか分からないと言った表情で稲葉を見返す。

「李々子」

しばらくその文字を見つめていた宇佐美はゆっくり李々子の方を向くと、静かに言った。

「今夜は、ここに泊まった方がいいかもしれない」

その言葉に、李々子が大人しく頷く。その李々子のおとなしい反応が余計、この場の緊迫感を増大させる。

―――いったい何が起きてるんだろう。

稲葉はゴクリと息を呑んだ。


関連記事


もくじ  3kaku_s_L.png 凍える星
もくじ  3kaku_s_L.png モザイクの月
もくじ  3kaku_s_L.png NOISE 
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU
もくじ  3kaku_s_L.png RIKU・3 托卵
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(2)】へ
  • 【(雑記)膜の中の宇宙?】へ

~ Comment ~

NoTitle 

「赤い鞄」を手に取った瞬間に、窓の外にいた狙撃者が狙いすました一撃を。

……そんなことはないか(^^;)

それにそんなことができるのはゴルゴ13くらいだし。

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさん

はっ!見破られた!

・・・・って、そんなわけ無い・笑wwwww どんな展開ですか。

NoTitle 

いえ展開がまるで見えないので(^^;)

このメッセージ残したやつはなにか罠をはって待ち構えているとしか思えない自分がいる(笑)。

疑心暗鬼すぎるかな?(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさん

ふふ。展開が見えてしまったら、負けですもんね。

このメッセージを残した奴は・・・む~ん。何書いてもバレそうな気がするので
お口チャック。(笑)

NoTitle 

うさちゃんーーーー
とうとうお膳を食べる気になったか!
ニャーーーー
興奮するぅ~~

ちゃうだろ!そこじゃないからと言われそうでごザーール
v-14

何かが起きている。
パパの存在も意味深だし、

ぴゆうさんへ 

ちゃうだろ、そこじゃないから!ヾ(`ε´) www

うさちゃんが据え善食べる姿を想像して赤面する作者。
なにさせるんですか、ぴゆうさんi-237

さて、何が起きてるんでしょう。
久々に、事件でしょうか!!

・・・それにしても、なかなか事件の起きない探偵ものだなあ・・・。

赤いバッグ 

色を使うときって、しかも、事件性を強調するときって、派手な色になりますね。

fateもなんで‘赤いハンカチ’? って自分で思ったよ(・・;
まぁ、実際、原色しか興味ないしね~(何のハナシ?)

「・・・それにしても、なかなか事件の起きない探偵ものだなあ・・・。」

↑、今、ふとこの文章が目に入り、なにっ、誰のコメント? とか思ったら、ああ、なんだ作者さまご本人か~、と笑いました(^^)
それを言ったら、「しかし、緊迫感のないミステリーだなぁ」とfateも『花籠』で呟いてますから~

fateさんへ 

> 色を使うときって、しかも、事件性を強調するときって、派手な色になりますね。

ああ、そういえばそうですよね。
この時、私の中では「赤」しか浮かんで来なかった。
fateさんも、赤いハンカチ^^
黄色は無理だし、白じゃ面白くないし。
これも心理ですねえ。

そうなんですよ、事件がおきないなあ~~って思って^^;
唯一の事件って、「0.03秒の悪魔」の時だけのような・・・。

さて、この話には、事件が起こるのか!(マジで一瞬思い出せなかった作者・汗)

このお話はもう完結しちゃったけど、fateさんの『花籠』は、これからですから!
まだまだきっと、事件は起こりますよ~~。起こしましょう^^
(でも、内輪もめが一番面白かったり・・・・)
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ラビット 第6話 ファースト・ミッション(2)】へ
  • 【(雑記)膜の中の宇宙?】へ