「ラビット・ドットコム」
第6話 ファースト・ミッション

ラビット 第6話 ファースト・ミッション(2)

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翌日の昼過ぎ。

稲葉はラビット事務所に向かう足を止め、ほんの少し思案した後、オフィスビル1階にある喫茶鳳凰の扉を開けた。

ランチの時間なのに相変わらず客入りは少な目で、そんな流行らなさも稲葉は気に入っていた。

カウンターのマスターに目だけで挨拶して中程の席に座り、視線を窓の外に移した。街路樹の緑を見ながらため息をつく。

けれどぼんやりしたのもほんの1分。いきなりテーブルの上に水がドンと置かれ、稲葉はビクンと跳ね上がった。

「びっくりした!」

「どうしたんですか? 稲葉さん。こんな時間に。今日は学校サボったの?」

店員のナオが脳天気な声で不思議そうに稲葉を覗き込みながら言う。

「不良学生みたいな言い方やめてよ。今日は正職員の研修日で、講師は午前中で終わりだったんだ」

稲葉は少し口をとがらせ気味に言い返した。

「ラビット、行かないの?」

子供みたいにナオは小首をかしげて聞いてくる。稲葉はドキリとして一瞬言葉を詰まらせた。

「行くけど、……ちょっとここのコーヒー飲みたくなったからさ」
「え。マスターのコーヒー飲みたがるなんて、どうしちゃったんです?」
「いやいやいや。マスター凹むから、ナオちゃん!」

冗談なのか本気なのかわからないナオの言葉に思わず笑う。
カフェオレを頼むと茶目っ気のある笑みを浮かべ、小柄なウエイトレスはカウンターの方に引っ込んだ。

もちろん、行きたくないわけではなかった。自分が憧れて押しかけて入った事務所だ。そして一番居心地のいい空間なのだ。あの二人と仕事ができるのは何よりもうれしい。

けれど、やはり自分には立ち入ることを許されない境界線があるのを感じていた。

よそ者の自分が割って入った事で、調和の取れていた二人をやりにくくさせているのかもしれないと、昨日から少々気持ちが重かったのだ。

それでも。ラビットを去るという決断は、稲葉には辛くて到底出来そうも無かった。


―――あれ?

不意に妙な気配を感じて稲葉は辺りをぐるりと見渡した。

店内には5、6人の客がパラパラといるだけ。
それぞれに新聞を読んだり携帯を見ていたりするだけで、特に怪しい感じではなかった。

―――何だかやけに粘っこい視線と一緒に、クスッと嘲るような笑いを投げられた気がしたのだが、勘違いだったのだろうか。

窓際で喋ってる二人の女性の声だったのかもしれない。
自意識過剰なのだな、きっと……と、稲葉が水のグラスを手に持った時だった。

稲葉のポケットで携帯の着信が鳴った。取り出して表示を見ると、珍しいことに宇佐美からだ。

稲葉は声を潜めて電話に出た。

「はい?」
『ごめんね、今学校?』
「いえ、今日はもう終わりなんですけど」

宇佐美の声はいつもより沈んでるように聞こえた。

「どうしたんですか?」
『……どうしたって事もないんだけど』
「え? 何でもないのにかけてきたんですか?」
『いや、何でもなくもないんだけど』

「だから、どうしたんです。何でも言ってください」
『李々子がね……』
「え?」

『李々子がいないんだ』
「いないって、どういうことですか」

稲葉は携帯を持つ手に力を入れた。

『今朝出勤して来なかったんだ。携帯にも繋がらない。自宅の電話も留守電のままなんだ。で、稲葉、何か知ってるかなと思って』

「宇佐美さんが知らないのに僕が知ってるわけないでしょ?」

声に少し棘が混ざってしまったが、けれどその言葉自体はストレートな感情だ。

2人の間には、自分なんかが入り込めない絆があるのだと、稲葉は思っていた。

2人の事が好きすぎて、ほんの少し嫉妬に似たものを感じているのは自覚していたが、けれどこの瞬間感じたのは別の事だった。

『そう……。うん、ならいいんだ。ごめんね。じゃあ』

「あ、ちょっと待って。“じゃあ”って何!」

『え?』

「探しましょうよ李々子さんを」

『探すって、どこを? ……いいよ、子供じゃないんだから』

「子供じゃないから危ないってこともあるでしょう!」

『……』

「あ~~。もうもうもう! 黙らないで下さいよ! 宇佐美さんが黙ったらすごく不安になるじゃないですか。今から行きますから。すぐ行きますから!」

稲葉はすぐさま注文をキャンセルすると店を飛び出した。

いつになく気弱な宇佐美の声のトーンが、稲葉の土台までぬかるみに変えてしまいそうで怖かった。

宇佐美にはいつも、どんな局面であっても毅然としていてほしかった。

たとえそれが、自分勝手でワガママな理想だとしても……。



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~ Comment ~

NoTitle 

稲葉くんって、典型的な「なにかやると事態を悪化させる人」のような気が……(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさん

ははは。何の否定も弁護もできません。
ただ、彼は頑張ってはいるんです。そこが悲しいところで(^o^;…
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