「白昼夢 」
第7話 HOME

白昼夢 第7話 HOME(3)

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三日経っても坂木はその医療施設に顔を出せないでいた。
パートナーのいない期間に回ってくる仕事もなく、途方に暮れるほどの沢山の時間をただモンモンとホテルの部屋に籠もって過ごしていた。

ベッドもカーテンもソファも、タバコとアルコールの臭いが染みついている。
陽が帰ってきたらきっと怒るだろうな。あいつはいつも小うるさく、俺の不摂生をとがめる。
そんなことを何気なく思いながら同時に、胸に疼くような痛みを感じた。

答えが出ない。
自分はいったい何を望んでいるのか。

もう一度あいつに会えば答えが出るのだろうか。
坂木はグラスに残っていた強い酒を一気に飲み干してみた。
酔いたい時に限って少しも酔えない。
手を伸ばして掴んだボトルはもう空だった。
足元に空のボトルを乱暴に転がすと坂木は、そのまま堅いソファに転がって天井を見つめ、ぼんやり思った。
・・・ここのホテルは居心地が悪いな、と。


坂木がその重い腰を上げたのは翌日だった。
一応連絡を入れておいたにも関わらず病室のある建物の中は閑散としていて辰巳の姿も無かった。陽の居る部屋はわかっているのにどうしても足が向かない。
顔を見に来たはずなのに、自分であのドアを開ける気にはならなかった。

坂木は3階にある医療スタッフのいる部屋を覗いてみた。
ドアは風通しのためかストッパーで開けてあり中の様子が見える。
何やら慌ただしく連絡を取り合っている看護士が二人。そして陽の担当である医師がデスクで書類を書いていた。

「先生。少し話していってもいいですか?」
そう声を掛けると、白髪のその医師は振り返ってじっと坂木を見た後、近くにあった椅子を手振りだけですすめてくれた。
「確か坂木さん・・・ですよね。今、辰巳さんはいないみたいですが、私でいいのなら話を聞きましょう」
「あいつはいない方がいい。先生と話がしたかったんです」
「あなたのパートナーの事ですね」
「・・・・・」
医師は外科医というよりカウンセラーのような微笑みを浮かべ、顔だけ坂木の方に向けた。

「心配ですよね。こちらとしても早く何とかしたいのです。しかし記憶のメカニズムは人の力がまだまだ及ばない分野でしてね。彼の記憶がすぐに戻るかどうかは・・・」
「そうじゃないんです」
「そうじゃない?」
「その逆です」
坂木は医師の顔をじっと見て言った。
「陽の記憶を元に戻さないでやってくれませんか?」

     ◇

ビルの屋上の手すりをぐっとつかんで、陽は“その時”と対峙していた。

ただ長い眠りの中に居ただけの数日間。
そして今、突然発作のように襲ってきた恐ろしい感覚。

奪われていた日々が再び熱を帯び、血液のように脈打ちながら体中に巡りはじめた。
何にも縛られず、母の体内に居たときのように穏やかな暖かな時間は、
突如防波堤を崩されたダムように荒れ狂い、巻き戻された。
目眩と吐き気に倒れそうになった体を鉄柵につかまり立て直すと、一つ大きく息を吸い、
陽はゆっくり目を開けた。

その目に動揺はなかった。

ただ行かなければならない所がある。
会わなければいけない人がいる。
まぶしい午後の光の中、陽は病室に続く暗い階段への扉を開けた。

    ◇

「あなたは本当にそれでいいと思いますか? 坂木さん」
「ああ、そうです。病室であいつに会ってそう思いました」
「OEA側としてではなく単に医師としての質問ですが、・・それはあなたに都合がいいからですか?」
「それは・・・ちがう」
「では、あの青年のためですか?」
「・・・そうです。あいつは今のままの方がきっといいんだ。治らなくていい」

聞き覚えのあるなつかしい声に、陽は階段を降りる足を止めた。
暗い廊下にわずかに開いたドアから光が差している。
陽は立ち止まってその光をじっと見つめた。その声に耳を傾ける。

「過去は全て忘れてしまった方がいい。本当にそう思いますか?」
医師は持っていたペンを机に置いて坂木に向き直り、穏やかな口調でたずねた。
「もう、充分だと思う。あいつはいろんなものに縛られ過ぎなんだ。全部忘れて、ここからやり直せたら・・・。きっとその方が俺だって楽になる」
「彼の記憶にあなたも苦しめられている・・・ということですか?」
「わからない。・・・でも、そうなのかもしれない。あいつのためなんて言いながら本当は自分が楽になりたいのかもしれない。俺はあいつを見てると辛い。苦しくて仕方ないんです。ずっと・・・ずっとそうだったのかもしれない。あいつをこの世界に引きずり込んだ自分が許せなくなる。どうしようもなく、苦しいんです」

乾いた風がどこかから入り込み、医務室の横に立っている陽の頬をかすめて通り過ぎていく。
寒くはないはずだった。
けれど陽は片方の腕を掴むようにしてほんの少し身を縮めた。


「今回のことはOEAとしては手痛い損失です。彼はとても優秀な人材でしたから。そういう意味から言うと・・・あなたのその発言は反分子と受け止められかねませんからね。私以外には決して言わない方がいいと思いますよ。私も聞かなかった事にします。まあ、あなたの望む望まないにかかわらず、こちらは何もできないのが現状です。今日まではもう少しだけ彼の記憶の回復を待って、できれば再びあなたのパートナーにと思っていたんですが、・・・もういいのですね?」
「はい」
「正式にパートナーの書き換えになりますが」
「かまいません」
「この先記憶が戻っても、と言うことですよ?」

「わかっています。もう、何もしてやれないって分かったから。あいつは俺を必要としていないんです。何も頼ろうとしない。そばにいてやる意味もない。・・・この前の仕事で嫌と言うほどよくわかりました」

「そうですか。良いコンビだと聞いていたんですが、残念です。もう、会うこともなくなりますね」
「・・・そうですね」


薄暗い階段の一点をじっと見つめながら 陽は静かに立っていた。
風は自分が閉め忘れた屋上のドアから入り込んでくる。

・・・・閉めなきゃ

階段に差し込む光の筋を目で辿ってみる。
けれど体は何の反応もしない。自分の体なのに、どうやって動かして良いのか、わからない。
坂木と医師の会話が途切れ途切れに脳裏をめぐり、からだを氷のように冷やしていく。

何をしたらいいのかさえ解らなくなり、
ただ光の射す方をしばらくぼんやりと見つめたあと、陽はゆっくり目を閉じた。


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~ Comment ~

NoTitle 

記憶を喪失した陽は、軍事キャンプに放り込まれて再教育再洗脳の末に、感情を喪失した戦闘機械にされるものだとばかり思っていたので、OEMの人情味溢れる対応にちょっとびっくり(^^)
こんなことを考えるのも、昔、平井和正先生の『死霊狩り』なんかをむさぼり読んだからだなきっと(^^;)

Re: NoTitle 

>ポール・ブリッツさんへ
ははは。すごい方向へ行ってしまいますね・笑
そんなことしたら坂木が本部を爆破しますよwwww。
一応表向きOEAが目指すのは「神」ですから、そんなことはしません。(たぶん)
ただ逃亡者が組織のことを公にするとなれば話は別ですが。

まあ、そこの舞台裏まで描き切れてないのは私の未熟さゆえ。
この物語は、そこを舞台にした人間ドラマだと・・・なんとか思ってください。

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鍵コメKさんへ 

坂木は、優しいんだけど、不器用で、本当に陽が望んでいることがなんなのか、わからないのかもしれませんね。
優しいがゆえに傷つけてしまう二人を、もう少し描いていきたいと思います。

前回のコメ、真摯に受け止めてもらえてうれしいです。
失礼だったかなとも思いましたが、せっかくの機会ですもんね。
ああそうか、Kさんの書き方は、ドラマの書き方なのかもしれませんね。
そう思えば納得です。
いきなり切り替えることは、難しいですもんね。
わたしも、この「白昼夢」は処女作で、今読むと恥ずかしい限りなのですが、
手直しの時間もなく、置いてあります。
成長の記録として、恥を覚悟で読んでもらおうと、腹をくくりました^^
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