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第5話 夢のつづき

ラビット 第5話 夢のつづき(6)

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宇佐美の言葉で更に沈み込んでいた稲葉だったが、地獄に仏というべきか、やがてじわじわと天井の小窓から丸い月が顔を覗かせはじめた。
ほんの微かだが、やんわりと部屋の内部の小物達に輪郭が戻ってきた。

稲葉は今がチャンスとばかりに、もう一度自分を奮い立たせ、月明かりを頼りに壁に貼り付いて脱出方法を探った。

「ああ、もう。やっぱりびくともしないこのドア。壁はモルタルを塗りこめてあるみたいですね。ツルハシでもあったらぶち破れるのかもしれないけど」

「そういえば隙間を見つけてスプーンで掘る古い映画があったな。脱獄するやつ。えーと、何て言ったっけ、タイトル」
宇佐美はやっぱり猫を抱えたまま、そんな暢気なことをつぶやく。

「ああ! もう。宇佐美さんも、いつまでも猫抱いてないで何か方法考えてくださいよ!」
「なんだったっけ」
「アルカトラズからの脱出でしょう?」
「ああ、そうだった。すっきりした」
「もう~宇佐美さん」
「良かったな」
「え?」
「月があって。月ってこんなにも明るいもんなんだな。普段は気づかないよね」
「ええ………。まあ」

あまりにものんびりなモードに拍子抜けしながら、稲葉も月を見上げる。確かに、目を細めなければならないほどまぶしかった。今日は特別に大きな満月だ。

「でも、月が出てたってあまり状況は好転しませんよ宇佐美さん。月が僕らを助けてくれるわけじゃないですし」

稲葉は弱々しく宇佐美にぼやいた。半分は自分のせいなんだと、反省もしながら。

「何か、あんまり不安じゃないんだよ。不思議とね」
宇佐美はカラッと言う。

「どうしてですか?」
「何となく」
「何となくってなんですか」
「じゃあ、満月だから」
「ますます分かりません」

少し呆れ気味に突っ込む稲葉。途方にくれて再び月を見上げる。

満月の中、落ちてしまいそうな角度でウサギが餅をついている。
稲葉にはウサギはどう見ても一匹しか見えない。

昔一緒に住んでいた祖母が読んでくれた絵本には、2匹のうさぎが仲良く餅をついている絵が描かれていた。
ウサギは2匹いるの? と訊いたら祖母はにっこり答えた。2匹いたほうがいいでしょ? ウサギは寂しがり屋だから。

―――ひとりぼっちだと寂しくて死んでしまうのよ。

そんな、嘘とも本当ともわからない言葉が、絵本のストーリーよりもなぜか稲葉の記憶には残っている。


「来た」
不意に宇佐美が稲葉の方を向いて言った。

「え?」
「お迎えが来たよ」
ぞわっと稲葉は毛を逆立てる。

「何度言ったら分かるんですか宇佐美さん! 怖いこと言わないでくださいってば!」
「違うよ稲葉。ほら、救世主だ」
宇佐美が小声で告げる。

稲葉もハッとして口をつぐみ、耳をすませた。外へ続くドアの向こうで微かに気配がする。

「あ!」

カチャリとはっきり音がした。ドアが軋みながら開く。稲葉は息を飲んで硬直し、ドアの動きをじっと見つめた。

「あれ? 二人とも何してんの?」

暗がりの中、こちらが顔を確認する前に、その救世主は救世主らしからぬ声を二人に投げてよこした。

「李々子さん!」

稲葉が抱きつかんばかりの勢いで、月明かりにぼんやり確認できた李々子に駆け寄った。

「ねえ、二人ともなんでこんな真っ暗な中に?」
李々子が小首をかしげ、不思議そうにもう一度訊く。

「閉じこめられたんですよ! この部屋ひどいです。ドアノブが壊れちゃって中から出られないんだから。李々子さんが鍵開けてくれなかったらもう、ここで干からびるところでした」

稲葉は理不尽なこの状態への不満と不安を一気にはき出した。

「……あれ? でも李々子さん、旅行は? グアムに行ったんでしたよね」

「旅行? ああ、もういいのよ。パスポート切れてたって言い訳して帰って来ちゃった」

「えーーーっ! それ、大丈夫なんですか」

「いいのよ。誘って来た友達って、あのタコ社長だから。あっちで可愛い子見つけるでしょ。それに……」

李々子は月明かりの中、猫を抱いて立っている宇佐美をじっと見つめてニンマリと笑った。

「私がいないと困るでしょ? ウサギさん」

「そうだな。とても困る」

宇佐美も笑った。

「だけど李々子さん、どうしてこの地下の入り口が分かったんです? いや、そもそも、なんでここに来ようと思ったんです? 僕らが居るなんて分からなかったでしょ?」

「なんて言ったらいいのかなあ。第六感ってやつ? ちょっと事務所に電話したら誰も出ないし。諒の携帯も反応しない。変だなあって思って事務所に行ってみたら真っ暗。さては何か事件に巻き込まれて何処かに監禁されてるとか、消されそうになってるとかじゃないかしら。だったら舞台は廃墟のような洋館の方が盛り上がるわよね。あ、真壁邸なんかぴったりじゃない? って感じでここに」

「マジですか!」

「んなわけないだろ。ちゃんとホワイトボードに午後からここで猫探しするって書いておいたんだよ。それ見て来たんだろ、李々子は」と、宇佐美が呆れたように笑う。

「あ、なーんだ」

納得して一緒に笑った稲葉だったが、もしかしたら、宇佐美には予感があったのかもしれないという想いもあった。
李々子が旅行をすっぽかして、ちゃんとここに来てくれるような、漠然とした予感が。

そして、李々子はきっと宇佐美の携帯に沢山の着信履歴を残しているに違いない。不安になって、旅行をキャンセルしたくなるほど、きっと何度もあの無機質な留守録案内を聞いたんだ……と。

稲葉は二人の間にある自分の入り込めない信頼関係や、ほんの少しそれを超えた絆のようなものを改めて感じた。

とても羨ましく、少しだけ妬けてしまうのはきっと、この2人の事がどうしようもなく好きだからなんだろうな、と、こんな状況の中、自己分析してみる。

「でも李々子、マンホールが地下の入り口になってるなんて、よく分かったな」
宇佐美が改めて、感心したように言った。

「だって、シロちゃんが教えてくれたもの」
「え? 僕がですか?」

「うん。諒の携帯は諦めて、シロちゃんの携帯にコールしてみたのよ。そしたらマンホールの横で鳴ってるじゃない。蓋も少しズレてて変だったから、ちょっと調べてみたのよ。そしたら蓋はダミーだし、持ち上げたら下に降りる階段もあったし。耳を澄ますと微かに話し声がするじゃない? そりゃあ入るでしょ。当然」

「あ……やっぱりあそこで落としてたんだ。携帯」
「稲葉のミスが役に立ったな」
「いや……その……はい」

「そのマンホールの奇妙さに、早い段階から気が付いてた稲葉の目の付け所はすごいよ。探偵の素質がある」
「え! 本当ですか!」
宇佐美の言葉に途端テンションが上がる。

「ただ、あと一歩踏み込んでみたら良かったな。何しろ猫への最短コースだったわけだから」
「あ」

「頑張れ名探偵の卵さん。君の未来は明るい!」
李々子がバシンと稲葉の背を叩き、反対の手で宇佐美の抱く黒猫の頭を撫でた。

「はい。僕、頑張ります。本当に……」

稲葉の中に、じんわり万感の思いがこみ上げ、喉が詰まる。

李々子の意識はもうすっかり猫に行ってしまっているようだった。
月明かりの中、かがみこんで猫の鼻先にキスするのを、宇佐美が笑って見ている。

―――僕、いい仕事ができるように、もっともっと頑張ります。

稲葉は改めて自分の長年の夢を思い出しつつ、胸を熱くしながらそんな2人を見つめていた。


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~ Comment ~

NoTitle 

≪脱出劇≫て良いですよね。
あの心地良いハラハラ感が好きですd(≧▽≦*d)
アルカトラズもそうですが「大脱走」とか。
僕が1番好きな脱出シーンのある映画は「ショーシャンクの空に」です。 みんなでポスター裏に開いた穴を覗き込むところ。 なんか笑えますi-237僕も≪脱出物≫を書きたくなってきました。

追伸・ネットで調べましたら最寄のツタヤに「パコと魔法の絵本」 の在庫ありました。
さっそく土曜にレンタルします。

Re: NoTitle 

蛇井さんへ

脱出劇、ハラハラしますよね。
実は子供の頃に見たきりなので、アルカトラズもかなりうろ覚えなんですが。
シンプルなんだけど、見てしまいますね。脱出劇。
「ショーシャンクの空に」というのは見たこと無いんですが、ほどよくコミカルそうで
面白そうです。
蛇井さんも、是非書いてください。書きたいと思う時が書き時ですもんね。

あ!レンタルできるんですね。やった!
いやあ、どきどきです。私のツボはよく、人に理解されにくいもので(^_^;)
でも、たぶん見出したら止まりませんよ。
今日もうっかりまた2時間、ぜんぶ見てしまいましたから(>_<)

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