「ラビット・ドットコム」
第5話 夢のつづき

ラビット 第5話 夢のつづき(5)

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しばらく二人はどうにかドアを開ける方法が無いか試行錯誤してみたが、工具も灯りも無い現状では埒が明かなかった。

その間もずっと黒猫を腕に抱いていた宇佐美は、稲葉に「今日の業務は終了」と、冗談交じりに笑う。

小窓から入る光は本当に微弱で、猫も宇佐美の姿も、目を凝らさなければすぐに見失いそうだ。

稲葉はしばらく堪えていた弱音をついに吐き出した。

「宇佐美さん。これ、やっぱり朝までどうにもなりませんよね。最悪、寝ちゃえば何とかなると思ったけど、残念ながら無理っぽいです。どうしよう、夜が明けるまでに発狂するかもしれません、僕」

半分ジョーダンに聞こえればいいと思ったその本音は、声が震えてよけい臨場感が高まった。

「それは困るな。朝までなんとか頑張ってくれよ」
面白そうに笑いながら宇佐美はそのまま壁際に腰を下ろした。

緩い臨戦態勢に入ったのだろうか。稲葉もその横に座り込む。

「ねえ、宇佐美さんの夢って何だったんですか?」

稲葉は小窓を見上げながら静かに質問してみた。

「夢? ……どうかな。もう忘れたよ。何で?」
「いえ、なんとなく。何か話してたほうが落ち着くでしょ? 暗いの、ほんとダメなんですよ、僕」
「そうか」宇佐美は僅かに笑った。

「稲葉の夢は何だったの? やっぱり教師?」
「僕? 僕は……恥ずかしいからナイショです」
「じゃあ、俺も恥ずかしいからナイショだ」
「え」

話が終わってしまった。

それを合図にしたように、突然フッと窓の外の闇が濃くなった。近隣の家が照明を消したのかもしれない。

窓から入るのは星あかりのみになり、宇佐美も黒猫も、すっかり闇に同化してしまった。
稲葉の中にどうしようもなくヒタヒタと恐怖心が浸透してくる。

「う……、宇佐美さん。僕マジで発狂しそうです。何でもいいから面白い話してください! お願いします」

語尾が更に震えた。情けないが仕方がない。どうにか自分を奮い立たさねば、このまま朝までなんて耐えられそうになかった。

「面白い話? 何だろう。何がいいかな」

しばらく宇佐美は話題を探しているようだった。
宇佐美の腕の中の黒猫が、ゴロゴロと喉を鳴らす音だけが響く。

「あ、そうだ稲葉。脳だらけの話しようか」
「の、脳!?」
稲葉はバッと身をのけ反らせた。

「宇佐美さん! 怖い話とかやめてくださいって言ったでしょ! 怒りますよマジで!」

「違う違う、怖い話じゃないって。最新医学の話だよ」
宇佐美は稲葉の反応に面白そうに笑った。

「医学、ですか?」
「うん、そう。プラナリアって生き物知ってる?」
「え、なんですか? それ」
「ヒルに似た原始的生物なんだけどね。そいつは体のどこを切ってもその部分が生えてくる。例えばね、頭を切り落としても、そこからまた新たな頭が生えて来るんだ」

スッと切るまねでもするように宇佐美の手が稲葉の首を触った。

「ヒャッ! やめてくださいってば、宇佐美さん。怖いんですから!」
「何でだと思う?」
「え?」

「何で生えてくると思う? 人間にはそんな芸当できないだろ?」

「え……と。何でですか?」

「プラナリアの全身には隅々まで全能性幹細胞が分布されてるんだ。どんな器官にも成長できる万能細胞が」

「へえ。それは優れものですね。人間には無いんですか?」

「残念ながら受精卵のみだね。聞いたことないだろ? 腕を切り落としたらそっからまた腕が生えてきた人」

「残念ながら無いです。プラナリアだけずるいですね。僕もプラナリアだったら体を小さく切り離してこの猫用の穴から抜け出せるのに。ドアの外で完全体に再生とか出来たら、なんかかっこいいな」

稲葉はドアの方を指さしたが、もう何処がドアだったのかも分からない。完全な真っ暗闇だった。

「そうだな。でも、切り離して残された部分がもう一人の稲葉になってしまうけど」

「それは絶対嫌ですね。頭の部分だけが僕って事にしてほしいです」
稲葉は想像してゾッとしながら言った。

「じゃあさ、稲葉。切り離した上半身が再生されたとして、その体の足の部分や手の部分にも脳ができたらどうする?」

「げ! また怖い事を。そんなことになるんですか?」

「ならない。プラナリアは頭部と認識される部分にだけ脳が再生される。当たり前に思えそうだが、医学的には明確な説明が難しかったんだ。なぜしっぽの部分に脳が再生されないのか、ずっと謎だった」

「あ、もしかして、分かったんですか?」

稲葉はだんだん面白くなって、身を乗り出した。

「プラナリアの体内で、頭部にだけ脳を作る指令を出す、特別な遺伝子が発見された。この遺伝子は脳を作る指令と同時に、他の場所に脳を作らない指令を送って抑制もするんだ。この遺伝子の機能を停止させる実験をしたところ、体中に脳ができてしまった」

「うわぁ、それは嫌だ」
稲葉は身震いした。

「不思議だろ。正常な再生への鍵は“抑制”だったんだ。この遺伝子は発見者によってndk遺伝子と名付けられた。何の略か分かるか?」

「分かる訳ないでしょう。ドイツ語か何かでしょ?」

「n.d.k。脳だらけの略だってさ」

「マジで? なんか冗談のような……。医学博士にも遊び心があるんですね」

「だろ?」
宇佐美がまた楽しそうに笑う。

稲葉は少し残念だった。暗すぎて、この元医学生の表情を見ることができない。きっとその笑顔は、宝物を見つけた少年の様なんだろうと思った。


「胚の誘導遺伝子を制御するこのndk細胞の発見は、これからの再生医療に必ず役立つ。俺が医学の道を外れてからも、確実に医学界は進歩を続けているんだよ。俺なんかいなくても、何も変わらずね」

宇佐美の声は相変わらず明るかったが、稲葉は思わずその声の方を見た。
だがもちろん、暗くて何も見えない。

「……宇佐美さん?」

暗がりの中、ゴロゴロと猫が喉を鳴らす。

そんな目の前の暗がりには同時に、宇佐美の語ることのできない夢も溶け出して滲んでいるような気がした。

それはもしかしたら届かなかった夢。それとも何か触れてはならない、夢にまつわる過去なのかもしれない。稲葉は少し神妙に呼吸した。

「あまり面白い話じゃなかったな。ごめん」
稲葉が黙り込んだからか、宇佐美が申し訳なさそうに、そう言った。

「いえ、そんなことないです。すごく面白かったです」
「あのさ稲葉。今、ふと思いついたんだけど。……言っていいかな。全然おもしろく無い話なんだけど」
「いいですよ? なんですか?」

「明日の朝、家政婦さんが来るって言ってたよな」
「はい」
「家政婦さんさあ、この地下には来ないと思うんだよ」
「え?」
「普通に考えて、この場所に近づくことは無い気がするんだけど、どう思う?」
「……どう思うって」

稲葉は絶句した。
考えて見ればそうだ。何年も放置されているこの場所に、偶然家政婦が来るわけがない。
叫んだところでこんな地下の物音、気づいてもらえるかどうか……。

「……まったくですね。それは、全然面白くない話です」

稲葉は絶叫したくなるのをぐっと堪えて、小さくつぶやいた。


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~ Comment ~

NoTitle 

興味が湧きましたのでプラナリア調べました。
随分愛嬌のある顔ですねi-237

僕も以前から思っていたのですが、なぜ人間には再生の能力が進化しなかったのでしょうか?
歯も1回生え変わったら終わり、なんて生物として不完全過ぎます。

Re: NoTitle 

>蛇井さんへ

そうでしょ?プラナリアって、漫画のキャラクターのような顔をしてますよね。
それこそ神様がいたずらに作った生き物のようです。
あんな風に再生してしまう生き物は今のところプラナリアだけらしいです。
「切っても切ってもプラナリア」です・笑

でも、本当ですね。歯くらいは何度も再生してほしいです。
サメなんて、生え放題なのに。
ほ乳類、特に人間は不完全な生き物ですね。

ほう~ 

プラナリア、私も調べて参りました。
limeさんは物知りですね~。

蛇井さんのお話に乗るんですけど、
歯に関しては再生までいかなくとも、自然治癒できるようになって欲しいです。

本気で望んでます(虫歯が痛むので・・・・・・)。

Re: ほう~ 

ヒロハルさんへ

プラナリア、おもしろいでしょう~?
実験してみたいです。
妙なことばかりに興味が湧いて・・・笑

本当にね。昔は虫歯で死ぬ人もいたんですって。
なんだか許せない~。
不完全なゆえに、人間は知能を上げる必要があったんでしょうね。
本当に、歯医者通いはめんどくさいです・笑

ムシ繋がり 

今、ラビット・ドットコムを読んでいます。
そしてまさかの、サナダムシと同じ「扁形動物」の話に笑いが込み上げてしまいました。
何故かと申しますと、我が家の家族に仲間入りした野良猫文太くん(保護名は『ぴょん』)、一昨日回虫を吐き出し、検便診察の結果、2種の寄生虫がいることが発覚。サナダムシ(こいつも切断しても再生する)ではありませんが、駆虫大作戦決行中なのです。
まさかこんなところでこんなキーワードがリンクするとは思いませんでした。笑。
楽しく読ませて頂いています。

銀さんへ 

ラビットの続き、読んでかださってるんですね。
ありがとうございます!

プラナリアの話、楽しんでもらえてよかった・笑
銀さんのツボ、面白すぎ・笑

サナダムシも扁形動物なんですね。
あいつも、なかなかしぶとそうです。
ぴょんちゃん、大丈夫かな?
サナダムシでなくて良かったけど・・・。
薬で治るんですよね。

そういえば、昔、銀さんのところで、グロテスクな画像を見た記憶が・・・。
あれは寄生虫でしたっけ?

銀さんの触手がどこで動くのか、もっと研究したいです。
ラビット、引き続き、宜しくお願いいたします~。

プラナリア 

こんなところで、そんな名前がっ
あれって、でも、切る場所を間違えると頭が二つ出来ることもありますよね。

あと、トカゲの尻尾。
切っても切っても生えてくるやつ。それで人も再生させようとした悲しいハナシを知ってます。

それから、‘死’の遺伝子の存在。
あれですよ、今はやりの‘死’は遺伝子に寄ってプログラムされていた、って説。こういう再生ではないけど、生き物の身体って常に再生されているんですな。皮膚とか、その延長の髪とか爪とか。
あと、傷が治癒するのも再生能力。
だけど、その再生回数が決まっていると言うハナシ。
つまり、ほら、再生しているのは目に見える部分だけじゃなくて、内臓とか神経とか、生きる根源部分も再生され続けているから生き物、まぁ、ヒトは生きている。だけど、決まっているんです、再生回数が。
だから、それを使いきったときに‘死’が訪れる。
それって、しかも、個人差があるんです~

ということとかを一気に思い出しました。

ああああ、宇佐美さん、さすが医学のお話おもしろいっ
まだ、何かストックあるのかな?
どうせ、外出られないなら、もう少しなんか話して~!(^^)

fateは今、暗いところにいないから、強気!

fateさんへ 

お、fateさんも、医学や遺伝子のお話、好きですね?
私も大好きなんです。
まあ、勉強するはしから、忘れて行っちゃうんですが^^;

人間の「生きる」ための再生能力って、すごいですよね。
生殖して、遺伝子を残そうとする力。
でも、それと同時に「死」へ向かう回数券も、きっちり用意されている。
アポトーシスという、細胞が自ら死へ向かう指令も、ちゃんと存在していたり。

これは命をつなげるための、「古いものの死」の強制なんでしょうね。
とにかく、命を繋げ・・・と言っているような。

遺伝子生物学って、突き詰めていけば、哲学なのかもしれませんね。


きょ・・・今日はfateさんの素敵なコメに、あまり触れることが出来ません・涙
なぜなら、・・・最終章で、きっとfateさんは「あ!」と思うでしょう^^

そのとき、また語りましょうね^^

宇佐美の医学の蘊蓄、最終章で、いっぱい出てきますよーー。うんざりするほど・汗


またまたプラナリア 

山本文緒さんの小説に「プラナリア」というのがありますよね。
なんだか虚無的な若い女の子が主人公で、人間でいるのはもういやだから、生まれ変わったらプラナリアになりたーい、と思っているのです。
そっか、プラナリアってそういう生物なのですね。
あんまり生まれ変わりたくないですね。
私は生まれ変われるのならば、大樹になりたいです。

と、脱線してしまいましたが、このふたり、密室から抜け出せるのか。
猫の喉がごろごろ言ってたら、私だったらちょっと落ち着けそうな気もしますが、この状況では無理でしょうか。
バケネコに変身した猫に襲われたり……はないですよね。(笑)

あかねさんへ 

> 山本文緒さんの小説に「プラナリア」というのがありますよね。
> なんだか虚無的な若い女の子が主人公で、人間でいるのはもういやだから、生まれ変わったらプラナリアになりたーい、と思っているのです。

そうなんですか!その作家さんは、知りませんでした。
プラナリアって、いろんな作品に登場しますね。
私の好きな清水玲子先生のマンガにも、確か、あったような・・・。(壮絶なSFでした)
私・・・・プラナリアには、なりたくないなあ。
大樹。いいですね。世の中のいろんな歴史を見守る大樹。

私は鳥になりたいなあ。・・・・7~8ねんの寿命か・・・やめた。

さあ、二人は脱出できるのか。猫ちゃんが一緒なのが救いですよね^^

あ・・・化け猫にはなりません!!爆ww
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