「ラビット・ドットコム」
第5話 夢のつづき

ラビット 第5話 夢のつづき(2)

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「え? あのお化け屋敷の主人なんですか? 真壁さんって」

真壁老人が帰った後、依頼人の詳細を聞いた稲葉は中学生のような反応をした。

「知ってるの? シロちゃん」
李々子が(自分のせいで)お茶の飛び散ったテーブルを拭きながら稲葉を見た。

「僕が通っていた小中学校の校区内でしたから。あの地域ではお化け屋敷って事で有名な家でした。あの当時ですら廃墟みたいに古びた洋館だったから、今は本当にお化け屋敷なんじゃないかな。あ、これ本当の話だけど僕の友達、幽霊見たり、声聞いたりしたんですって」

宇佐美が苦笑する。

「ちゃんと今も真壁さん住んでるんだから失礼だよ。そうやって子供が変な噂流したり冷やかしに来たりするから、あの人もあんなふうに子供嫌いになっちゃったんだよ」

そう言いながらも宇佐美は、稲葉の子供のような発言を面白がっているのか、口元が笑っている。

「ねえ宇佐美さん、……あの人の依頼、受けるんですか?」

稲葉は宇佐美に少しばかり不服そうな視線を送った。

「もちろん。あ、心配しなくても小学生は捕まえないよ? 探すのは猫ね」

「それは分かってますよ。そうじゃなくて。なんていうか……あの依頼人ちょっとやっぱりおかしいですよ。僕聞いてて爆発しそうでしたもん」

「依頼人に切れても仕方ないよ。ここに来る人はみんなどこかイラついてる」

宇佐美は真壁老人が書いて行った依頼書をファイルに挟みながら言う。

「でもあれはだいたい失礼過ぎますよ。あんなふうに探偵の仕事を侮辱されたら普通腹が立つでしょ」

「そう?」

「そうですよ。気楽だとか金儲け主義だとかなんだとか。そんな探偵に依頼に来ていながら失礼過ぎます。宇佐美さんももうちょっと怒っていいのに。僕ね、宇佐美さんの仕事を侮辱されるの、許せないんです。さっきみたいに何の反論もしないと、なんだか宇佐美さん、探偵の仕事に誇り無いのかなとか思っちゃって悔しくて」

「シロちゃん、シロちゃん、シロちゃーーーん!」

李々子が反応した。

「どうしたのかな~? やけに熱くなって。今日はちょっと怒りっぽいわね。ハーブティーでも飲む?」

自分のキレっぷりは棚にあげて李々子がひらりと稲葉の横に寄ってきた。明らかに宇佐美を庇っての行動だ。

稲葉はそこで初めて口が過ぎたことに気が付き、汗をかきながら「すみません、言い過ぎました!」と謝った。

李々子が小さな子にするように、稲葉の頭をポンポンと優しくなでて、給湯スペースに消えた。
そんな李々子を見ながら宇佐美は「稲葉にばっかりずるい。俺にもそのお茶煎れて」と、少し拗ねた声を出す。

稲葉が作り出してしまった嫌な空気が、二人のおかげでサラリと溶けて、いつものラビット事務所に戻された。

さっきまで何をカッカしていたのだろう。
稲葉は情けなくなるのと同時に、やはり自分はこの2人の事が大好きなんだと、今更ながら思った。


先日の李々子のシャワー&情事の件は、稲葉の勘違いだと分かった。

『あの日さ、熱かったから諒の留守中にこっそりシャワー浴びちゃった。内緒よ?』と、訊いてもいないのに李々子が稲葉に言ってきたのだ。

なんでそんなことを自分に報告するのだろうと思いつつも、正直稲葉は無性に嬉しかった。

二人が恋人同士だとしても何の問題も無いはずなのに、言葉に言い表せないほど安堵したのを覚えている。

「それにしても、あのお爺さんが言ってた“時間とか夢”って何かしらね。あの歳でまだ何かやるつもりかしら」

給湯スペースの李々子がカチャカチャ音を立てながら、誰にともなく話しかけて来た。

「そうですよね。もうずいぶんなご老体なのに。若返るクスリでもあるんならまだしも、今からじゃ……。あっ」

稲葉は昔の話を思い出し、嬉々とした声を出した。

「そう言えばあの屋敷の主人はマッドサイエンティストだって噂もありました。夜中や早朝に実験動物が叫んでるみたいな声がしてたんですって。
もしかしたら今度は自分が被験体になって、不老不死や若返りの人体改造とかしてたりして」

噂とマッチングした、けっこうおもしろい冗談だと稲葉は思ったのだが、その冗談は少しも響かなかったらしく、2人から反応は帰って来なかった。

それどころか、僅かにヒンヤリした空気さえ漂う。
いつもは突っ込んでくれる宇佐美も、呆れたように笑う李々子も、なぜか聞こえない素振りだ。

何か余計なことを言ったのだろうかと不安になり宇佐美を見たが、特に普段と変わりなくPCに向かっている。

―――気のせいだろうか。

不安げな表情の稲葉のデスクに、李々子がコトンと香りのよいハーブティを置く。
礼を言おうと座ったまま目をあげると、李々子はいつもと変わらぬ笑顔を向けてくれた。

「ねえ、シロちゃん」

心底ほっとした。今ならどんな無理難題だって聞いてあげたい気分だ。

「はい?」

「急なんだけど、明日の午後から私、旅行の予定入っちゃったの。悪いけど、諒に協力して、猫探し頑張ってもらえるかなあ」

「え? 旅行に行っちゃうんですか? 明日から?」

「たった一週間よ。友だちに強引にグアムに誘われちゃってさ。この際だからこんがり焼いて帰って来るわ。待っててね」

「いや、そんなこんがり焼かない方が良いと思うんですが……。そっかあ……。分かりました。李々子さんが居ないのは寂しいけど、僕、李々子さんの分まで猫探し頑張りますから」

稲葉はさっきから黙っている宇佐美にも、気合を入れて繰り返した。
「がんばりますからね、宇佐美さん」

宇佐美はPCから顔を上げて「うん、頼むよ」といつもの笑顔を向けてくれた。

李々子が「頼もしいなあ、やっぱシロちゃんが居てくれてよかった」とニコニコしながら、同じハーブティを宇佐美のデスクに運ぶ。

今日の宇佐美のデスクの上には、以前プライベートルームで見たような分厚い医学書が数冊置かれていた。それらを脇へ積み上げ、宇佐美がカップを受け取る。

最近またその手の書物を読んでいる宇佐美をよく見かける。

時々、依頼の件以外で宇佐美宛に流れて来るファックスはどれも医療機関からだったし、ダウンロードしたデータのプリントアウトも、チラリと見た限り医療関連の書類のようだった。


―――宇佐美さんはもしかしたら、まだ医学の道を諦めていないのかもしれない。

本当に目指しているのはそっち方面で、探偵の仕事はもしかしたら本来やりたいことではなくて……。

ふと、そんな疑問が稲葉の頭をよぎったが、すぐさま脳裏から追い払った。

もしそうだとしても、それは宇佐美の自由だ。自分がとやかく言う事でも、思う事でもない。
ただ、本当にそうなら正直なところ、かなりショックだった。

稲葉は、探偵としての宇佐美に惚れて、ここに来たのだ。

李々子が煎れてくれたハーブティーのカップを両手で包み込み、少し啜る。

その温かさに少しだけホッとしたが、ハーブの爽やかな香りが、妙に寂しい余韻を稲葉の中に残した。


      ◇

翌日の朝8時。
真壁邸の門の近くを、李々子はキョロキョロしながら歩き回っていた。

旅行のために有休をとったものの、2人にばかり面倒な猫探しを任せてしまって、やはり少し気が引ける。

何でも屋だからね、と気安く犬猫探しも請け負ってしまう諒だが、時間も労力も必要な厄介な仕事であり、手はいくつあっても足りないはずだ。

出発までの数時間だけでも、自分も何か協力してみようと思い立ち、李々子は早朝から屋敷周辺をうろうろしていたのだった。

とはいえ、もちろんそんなに簡単に見つけられるほど甘くもない。猫を飼ったことも無く、その生態などまるで知らない李々子は途方に暮れていた。

真壁老人は『きっと小学生がいたずらに門の外に連れ出したのだ』、などと言っていたが、本当にそうなのか、それともまだ敷地内のどこかに居るのか、それすらも分からないのだ。

塀にもたれ、李々子はため息まじりに周囲を見渡す。

屋敷の前の道を、黄色い通学帽を被った小学生が数人、ランドセルを背負って歩いている。この近辺に小学校があるのだろう。

子供はあまり得意では無い李々子だったが、大きなランドセルを必死に揺らしながら歩いている女の子を見ると、ちょっと可愛いかも、とも思った。

ふと背後に気配を感じて振り向くと、真壁の屋敷の柵に貼り付いて中を覗いている二人の少年が目についた。いかにも“やんちゃ”そうな二人組だ。

ピンとくるものを感じ、李々子はゆっくり二人の少年に歩み寄った。

「ねえ、ボクたち、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

一般成人男性なら誰もがポーッとしてしまうような妖艶な笑みを浮かべて李々子は話しかけた。しかし子供には通用しなかった。

「わ! 出た。不審者第1号!」

背の低い、闊達そうな少年が甲高い声で叫んだ。

「失礼ね。不審者じゃないわよ。ちょっと話を聞きたいだけじゃない」

―――クソガキめ!
李々子は笑顔を貼り付かせて堪えた。

「俺ら忙しいんだけど、仕方ないなあ。ちょっとくらいならいいよ」
お慈悲とばかりに背の高い、生意気そうな少年が答える。

「この辺りで、真っ黒くてしっぽの短い年寄りの猫見なかった? この屋敷の猫なんだけど、行方不明なのよ」

二人の少年は顔を見合わせた。

「知らないよ。お化け屋敷の黒猫なんて、気味が悪いもん」

「お化け屋敷、か。今でもそんな噂されてんのね」

「だってお化け屋敷じゃん、この家。きっともう住んでる人はみんな死んじゃって、幽霊が住んでるんだよ」

「へー、なるほどね。今時の幽霊は猫飼ったり探偵に嫌味言ったりするんだね。時代だなあ~」

李々子はいい加減な相づちを打った。子供との会話は適当でいいと思っている。

「まあ、猫を知らないんじゃ仕方ないわ。忙しいところどうもありがとう。さっさと学校に行ってちょうだい」

語尾に少し本心が混ざった。

「ねえ、あんた、探偵?」

小さい方の少年が少し目を輝かせて李々子に聞いてきた。

「まあ、そんなところね」

と、李々子が少し迷いながら言うと、背の高い方が質問した少年の手を引っ張った。

「バカかお前。探偵が猫探しとかしょぼい仕事するかよ。バレバレの嘘つくところが怪しいぞ。やっぱり後で先生に報告しようぜ。お化け屋敷の近くに不審者が出ましたってさ」

二人は揃って李々子を振り返った後、ニヤリとして学校があるであろう方向へ走って行ってしまった。

「ちょ、ちょっと待ってよ、あんたたちーーー!」

仁王立ちして叫んだ声が、清々しい朝に不釣り合いに響き渡った。

「なんて可愛くないガキ! なんでもかんでも大人を不審者扱いするんじゃないわよ!」

鼻息荒く、李々子はひとりごちる。
真壁老人の腹立たしさがほんの少し分かったような気のする李々子だった。


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~ Comment ~

NoTitle 

わたしも子供に不審者扱いの目で見られたことがある。
散歩をしていた猫を褒めただけなのに・・・
v-12
実にイヤな気がしたものだ。
思い出してしまった。

実際、妙な変態が多いいから仕方ないのだけど、子供から純真さを奪ったよね。
哀しいことだよ。

李々子ってやっぱり可愛いな。
いい子だね。

だけどなんか違う二人が妖しい関係になるのか・・・
ノォーーーーー
やめてくれーーーー
v-399

ぴゆうさんへ 

この2話は特に、いろいろ分かりづらい描写が続いて、じれったかったですね。
(読み直して気付きました・汗)

ぴゆうさんにもそんなことありましたか^^;
子供って、生意気なところありますからね~。
ムッとしちゃいます。
(すっごく純粋で、可愛い子も沢山いるんですがね^^)

でも、最近は小学校が「知らない人に挨拶をしないように」指導してる始末。
子供好きの近所のお爺さんは、「家の前を通る子供に、お帰りって声をかけたら、通報された」と、悲しんでいました。
なんとも、殺伐とした時代ですね(T_T)

>だけどなんか違う二人が妖しい関係になるのか・・・

お~~~(*/∇\*)i-201
どんな想像してんですか~~!!
そんなことにはなりません!←(私の想像が妖しい)


今日はどうも何をしても間が悪い。こんな日は余計な事を言わないに限る。 

↑これって、なんか、分かるな~
ありますよね、そういうときって。

この子どもたち、って、あの子たちなのかな?
なんか頭良さそう。
実はガキって、大人が思っている以上にオトナなんだよな。
ちょっと腹が立つ(-"-*

『>だけどなんか違う二人が妖しい関係になるのか・・・

お~~~(*/∇\*)
どんな想像してんですか~~!!
そんなことにはなりません!←(私の想像が妖しい) 』

↑笑いました~
これって、明らかにそういう意味じゃない(どういう意味?)と思うんだけど~
とfateの想像も怪しいし(^^;

宇佐美さんってなんか素敵。
でも、fate的にはもう少し怪しくても良いなぁ。
(あああ、すみません、相変わらずの変態発言~)

ここしばらく磯崎さんの「編愛日記」のミズキさんにはまっていて、いつもおかしいfateのテンションがマックスで怪しいです(^^;

fateさんへ 

ありますよねえ~。もう、なにやってもダメな日。
これでもか~~って、自信喪失になるんですよねえ。そんな日は、何もしないに限ります^^

> この子どもたち、って、あの子たちなのかな?

ふふふ。さあ、どうなんでしょうねえ~~。(言えない~)

子供って、集団になるとほんと、生意気でムカつくんですよねぇ。
でも、一人ひとり話すと、純粋で、かわいいの^^
不思議ですよねぇ、子供。
さて、この後もう一度、出てきます^^子供~。

で、で、で、コメのやり取り、気付かれてしまいましたかww
おバカでしょう~(私か)
まあ、あれですよ。可能性は大きい方がいいと(おい)
怪しい想像、大歓迎なのです。

> 宇佐美さんってなんか素敵。
> でも、fate的にはもう少し怪しくても良いなぁ。
> (あああ、すみません、相変わらずの変態発言~)

ああ~、そうなんですね。もうちょっと怪しい方がいい!
残念ながら、宇佐美は、私が描く人物の中で、一番穏やかで、優等生なんです。
その優等生の中に、味が出せたらなあ~~と^^
まあ、優等生ってやつは、ある意味「変」な面も持っているもんでして。超天然です。

> ここしばらく磯崎さんの「編愛日記」のミズキさんにはまっていて、いつもおかしいfateのテンションがマックスで怪しいです(^^;

なになに?テンションがおかしくなる小説ORマンガ?
良いですよねぇ~、私も、いっつも小説の主人公に「きゃ~~」とか言いながら、読んでます^^
私の本のレビューは、ミーハーの追っかけ日記みたいなもんです・汗
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