10000文字までのショートショート

お題掌編 『やさしい雨のむこう側』

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ご無沙汰しています。
(もう完全に月刊ブログになってしまっていますが、お見逃しください(;'∀'))
今回は、久しぶりに、お題掌編を載せることにしますね。

今回のお題は「雨の日」。
去年の今頃、エブで書いた作品です。

イマジネーションをいろいろ沸かせてくれるテーマだったので、ぜひ書いてみたいと奮闘しました。いつにも増して、とても奇妙な作品になってしまったのですが、私の一番書きたかった小道具を盛り込む事ができて、ちょっと満足でした。

この作品は、有難い事に準大賞をいただきました。
7000文字のお話なのですが、今回一気に載せてしまいますね。
もしよければ、お付き合いください。


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(あらすじ)
ある雨の日。病み上がりの夕夏(ゆうか)は、何かに急かされるように、継父に借りたカメラを持って、写真撮影に出かけた。
新しい父親である正晴(まさはる)とは、相変わらず、ぎくしゃくしたままだ。
バッタリ公園で出会った恋人、修一(しゅういち)に、そのことを優しくたしなめられるのだが……。



優しい雨小


『やさしい雨の むこう側』


雨はとても柔らかくて、フラフラと歩く病み上がりの私を、心地よい湿度で包んだ。

昨日まで熱を出していたため、もう三日も学校を休んでいた。
今朝目を覚まして熱がひいたのを確認すると、もうこれ以上部屋に引きこもっていてはいけない気がして、早々に着替えた。
今日は土曜日で、学校は休みだという事に気づいたが、ブレーキはかからなかった。

頭はまだ、霞がかかったようにぼんやりしていたけれど、逆にそれが心地いい。まだ夢の中にいるような、この感覚で、ずっと居たかった。

雨の匂いの満ちた古い住宅街のはずれに、小さな公園があって、垣根代わりに植えられた紫陽花あじさいが、色鮮やかに咲いていた。
晴れた日には目立たないのに、こんな雨の日には、キラキラと自己主張して来る。
私はトートバッグから、古いフィルムカメラを取り出した。今日初めて手にする、継父の正晴さんから借りたカメラだ。


「夕夏、もう起きても大丈夫なのか? 熱は?」

今朝、久しぶりにリビングに降りて来た私を待っていたのは、母親ではなく、正晴さんだった。
手には泡だらけのスポンジとコップ。朝食の後片付けの最中だったらしい。

正晴さんは、シングルマザーにしてバリバリのキャリアウーマンの母親と、2年前に結婚した。私が中3の夏だ。

とりあえず私は、結婚には特に反対しなかった。正晴さんは人畜無害な穏やかな人で、特に好き嫌いの感情は無かったし、お母さんの笑顔が増えるなら、それもいいかな、と。

けれどまさか、専業主夫になってしまうなんて、思わなかった。家事検定にも受かった、家事のプロらしい。
家に帰るといつもいるのは母親ではなくて、2年前まで赤の他人だった40歳のおじさんなのだ。少し萎える。

優しい人だとは思っていたけど、優しいのは、頼りなさとイコールだった。私が困ったときも、ちょっと生意気な口をきいても、腫れ物に触るように、ただ距離を置いて見つめるだけの人。
高校2年生の血のつながらない娘の扱いに戸惑うのは仕方ないけれど、その頼りなさからか、父親というより、住み込みの家政士さんと言う感じしか、しなくなった。

「熱が下がったから、ちょっと出かけてくる」
「どこに?」
「その辺をぶらっと……。写真でも撮ろうかな」
「写真?」

正晴さんが、ひどく驚いたように私を見つめたまま固まった。私、何か妙な事を言っただろうか。

1か月半前、私が付き合ってる同級生、速水修一(はやみ しゅういち)の影響で写真部に入ったという事は、正晴さんも知ってるはずだ。
ただ、入部してから体調を崩し、まだほとんど部活には顔を出していないけれど。

「2学期の終わりに作品展があるから、ちょっと練習」
「外は雨なのに?」
「雨でも写真は撮れるでしょ?」

「夕夏……。カメラは持ってる?」
ようやくいつもの落ち着いた表情に戻り、正晴さんは訊いて来た。

「お母さんに借りようと思ったけど、仕事に持って行ってるみたいだし、使い捨てカメラでも買うかな」
「あ、……じゃあ、ちょっと待ってて。僕のカメラを貸してあげる」

急に奥の部屋に走って行った正晴さんが、大事そうに抱えて来たのが、今、私の手の中にある、このカメラだ。
ケースから出し、ファインダーを覗きながら細かく設定したあと、簡単に使い方を教えてくれた。

ちゃんとしたフィルムカメラなんて使った事も無いからと断ったが、「雨の日でもいい仕事するから」と、強く推して来た。
あまりにも熱心に言うので、仕方なく借りて来たが、手の中にずっしりとくる、そのアンティークなカメラは、ど素人の私には、とても不釣り合いに思えた。

雨は相変わらず、しとしとと降り続ける。

カメラのキャップを外し、公園の隅で色鮮やかに咲く紫陽花に向けてファインダーを覗く。
四角く切り取られた雨の中に咲く花は、鮮やかなのに、恐ろしく無機質だ。体の中が急にひんやりした。

え? ―――なぜ私は、写真なんか撮ってる?

さっきまでぼんやり霞んでいた頭の中の霧が薄くなっていく。
心の奥底で警笛が鳴る。私はファインダーから目を離した。鼓動が早まる。

「あれ? 夕夏? こんなところで何してんの?」

突然背後から声を掛けられた。
振りむくとそこに居たのは、ビニール傘をさした修一だった。近所のコンビニに行くような冴えない格好だったが、私は安堵で、ちょっと震えた。

自分を襲った不安の正体が何かは分からなかったが、修一の笑顔が全部吹き飛ばしてくれた。

修一とは1年の時から妙に気が合い、いつの間にか周囲からも公認の仲になった。どちらが告白した訳でもないのに、休みの日には一緒に出掛けたり、互いの家に遊びに行ったり、そばに居るのが当たり前の存在だった。
お母さんに「いい彼氏じゃない」、と言われた時は、正直嬉しかった。
そうだ。修一は、見た目は平凡だけど、いい彼氏なのだ。

「うん、写真でも撮ろうかと思って」
「写真でもって……昨日まで熱出して学校休んでたやつが?」
私の顔を覗き込むような仕草に、ちょっとだけムッとする。

「だから巻き返すのよ。ほら、学期末に写真部の作品展あるって言ってたじゃない。修一が、雨の日は意外といい写真が撮れるって言ったのを思い出したから、いい写真撮ってびっくりさせようかな、って」

「いい写真って、……入部1か月半で、まだ何も学んでないだろ夕夏。一眼レフってなに? って、部長に訊いた新入部員、お前が初めてだよ」

口元をキュッと上げて、からかうように言う。ムカつくけど、正論過ぎて思わずこっちまで笑ってしまう。そうだ、入部してからまだ2回くらいしか顔を出していない。
けれどカメラおたくの修一に、部活以外の時間、色々聞いた。今ではちゃんと、一眼レフが何なのかも分かってる。……たぶん。

「あれ? 夕夏、そのカメラ。……え、なんでそんないい奴持ってんの?」

急に声のトーンをあげて、「ちょっと見せて」と、修一は私の手からカメラをすくいとった。
そして表情を一変させ、シルバーと黒の、その古いカメラを眺めまわす。

「ライカじゃん。それもM2。これ、もうなかなか手に入らないんだ。中古でもめっちゃ高いし。これ、どうした?」

「あ……。やっぱり、いいカメラだったんだよね。正晴さんが貸してくれたんだ。カメラ持ってないなら、これ使ってって」

LEIKAの刻印を見た時からそんな気はしていた。修一が以前、熱く語ってたアンティークのカメラかもしれないと。

「使い捨てカメラ買うからいいって言ったのに。そんないいカメラ貸してもらっても、雨で濡らしちゃったら弁償できないし、気が気じゃないもん。ちょっと有難迷惑だった」
言う端から唇が尖った。意地の悪い言い方だと思ったが、思わず本音が出てしまった。

「それでも、このカメラを夕夏に貸してくれたんだね、お父さん」
修一は手の中のカメラを見つめながら、静かに言った。
「俺なら無理。雨の日に、しかもカメラの事よく知らない子に、大事なカメラ、絶対に貸せない」

修一の言葉はとても穏やかだったけれど、何が言いたいのかはちゃんとわかった。
修一が使う「お父さん」という言葉には、正晴さんへの敬意が感じられて、私は少し体を固くした。

分かってる。全部分かってる。悪いのは捻くれた私。
分かってるけど、素直になれない。

「おお、凄いなこれ。やっぱ夕夏のお父さんだなあ」
この後、説教じみた言葉が続くのかと身構えていた私に、修一は子どものような笑顔を投げて来た。

「F5.6、シャッタースピード1/125、ピントは5mで固定されてる。夕夏、このカメラ渡された時、構えて巻き上げてシャッター押すだけでいいって言われたろ」

「うん。……だって、細かい事言われてもよく分かんないし」

「オートフォーカスじゃないから初心者には難しいんだけど、こんな雨の日に、夕夏が撮りそうなもの予想して、ちゃんと露出やピントを合わせてある。ほら、夕夏さっき、その紫陽花撮ろうとしてたろ」

少し悔しかったが、私は素直に頷いた。モノトーンの景色の中で、その色鮮やかさを撮ってみたかった。
でも……。

「でも、ファインダー覗いたら、なんか急に空しくなって。なんでこんな雨の中、私、写真なんか撮ってるんだろうって。本当に写真、好きなのかな、って。修一が写真好きだから、自分も好きになろうとして、真似事してるだけなのかな、って」

少し前に収まっていた震えが、また足元から沸いて来た。

何がそんなに不安なのか、自分自身にも分からない。ただ、いま立っている足元が、雨に溶けて崩れそうだった。やっぱりまだ、具合が悪いんだろうか。

「ねえ、写真、撮ってみなよ」

修一はカメラを私の手に戻し、にんまりと笑った。私の好きな、修一のイタズラっぽい笑顔だ。

「このライカはレンジファインダーでね。一眼レフとは違って、人間の目に近い要領でピント合わせをしてくれるんだ。それになんといっても銀塩はいいよ。デジタルには無い味わいがある。たぶんね、現像して焼き付けプリントを見たら、その意味が分かると思うよ」

「ああ、また熱く語り出した。前にも同じ事聞いた気がする。それ始まったら、なかなか止まらないんだから」

「あれ? 覚えてた? 俺の言ったことなんて全部忘れてると思った」

「必要なこと以外は消去してるけどね」

「わー。何が残ってるんだろう」

ふざけ合いながらも、私はファインダーを覗き、雨に濡れる薄紫の紫陽花に向けてシャッターを切った。
予想していたのとは違う、コトンと言う心地よいシャッター音に、妙に感動する。

「ね、いい音でしょ。フィルム巻き上げの音も好きなんだ」
私の傘を支えてくれながら、修一が笑う。こっちも嬉しくなって、ジャキンと巻き上げ、また別の角度から紫陽花を撮った。

何枚か撮って、今度は公園の外の濡れた路面にレンズを向ける。
水たまりが、鮮やかに世界を2乗した。
四角く切り取られた画角は自分だけのものだ。そこに世界を閉じ込める。閉じ込めた世界はどんな色をしているのだろう。今まで私が見て来た世界とは違うのだろうか。

急に雨音だけしか聞こえなくなって、不安になった私はファインダーから顔を上げ、修一を振り返った。
修一はちゃんとそこに居て、私を静かに見つめてくれた。
雨は、まだ止まない。

「デジカメみたいに、撮ったものすぐに見れないのが辛いね」
「きっときれいに撮れてるよ。カメラが良いから」
「あ、ひどい」
「沢山撮ったらいいよ。雨の日って、ちょっとした非日常だから、観るものを惹きつける」

修一が目を細めながら、周囲をゆっくり見まわした。
「夕夏にもカメラ、好きになってほしいな」

その表情がやけにきれいで、恐ろしいほど愛おしく思えて、私は思わず紫陽花越しにシャッターを切った。

「え、なんで俺なんか撮るの、もったいない」
目を丸くして抗議して来る。

「あと2枚撮る。フィルム余ってるから」
「もったいないよ」
「いいからそこに居て。大切なもの、撮るの。撮って、閉じ込めるの」

一瞬憂いた目をした修一を私は撮った。紫陽花や景色を撮るよりも、緊張しながら。

雨は止まない。フィルムは24枚すべて撮りきり、予備に貰った一本は残して、私はトートバッグにカメラを戻した。

「じゃあ、帰りに現像に出して来る。駅前に45分プリントのお店あるし。楽しみだな」
「夕夏」
「ん?」
「夕夏はぜんぶ、ちゃんとわかってるんだよね。何が良くて、何が良くないのか」

え?

「だからもう、何も言わない。ただ、本当に大切なものを、見逃さないで。それだけ」

「修一」

笑顔で手を振って去っていく恋人に、私は何と返せばいいのか分からなかった。
ただ刹那、体が硬直して動けなかった。何の事を言われたのか、考えるのも怖かった。

私は駅前まで走り、すぐにフィルムを現像に出した。同時プリントも頼み、45分後、出来上がるとそのまま、真っ直ぐに家に帰った。

家では正晴さんが、リビングにモップがけをしながら私を待っていてくれた。
「お帰り。いい写真撮れた?」

私はその笑顔にホッとし、そして底知れない怖さを感じた。
その不安は正晴さんにではなく、自分の存在するこの世界に対してだ。

「うん。きっといい写真になってると思う。まだ現像見てないんだ。一緒に見てくれる?」

精いっぱいの笑顔で言った。笑っていないときっと泣き出してしまうと思った。

封筒から取り出した焼き付けプリントは、撮った順番に重ねられていた。
公園の生け垣の紫陽花は、肉眼で捉えたものとは明らかに違う深みを持っていた。
雨粒は一つ一つ世界を映し、淡い紫系の花色は、モノトーンの世界を柔らかく彩って、ほっとさせてくれる。

「綺麗だね。よく撮れてるよ」
正晴さんは目尻に皺を寄せて褒めてくれる。嬉しかった。けれど、とてつもなく怖かった。

1枚1枚、写真をめくっていく。

違う角度から撮った紫陽花。濡れた路面に逆さに映し出される街路樹。通りかかった子供の黄色い傘。

「カメラが良いからね。修一が、いろいろ教えてくれた」
雨の音がする。湿度が重い。正晴さんの返事は無かった。空気が急に冷えていく。

震える手で、最後から3枚目の写真をめくる。紫陽花が綺麗に映っていた。その向こうには、誰もいない。
肩で息をしながら、次をめくる。紫陽花と、その向こうの景色の写真だ。
最後の写真をめくる。

修一の姿はどこにもなかった。

「最後の3枚ね、紫陽花と修一を一緒に撮ったの。おかしいよね……。現像した人、なんかミスしたのかな。こんなのって、無いよね」

正晴さんは何も言わず、静かに写真を見つめていた。
その沈黙こそ、答えだった。

「ずっと話、してたのに。いいカメラだねって。いっぱい撮ったらいいよって。ずっと修一と話してたのに。なんで何も映ってないの? ねえなんで?」

もうわかってる。正晴さんに訊いたってどうしようもない事。
おかしいのは私なんだ。今朝から、いや、ここ最近ずっと。おかしいのは私の方だった。けれど認めたくなんかなかった。もう、修一がこの世界のどこにもいないなんて事。

私はテーブルの上の写真を手で叩き落として、大声をあげた。

今朝までは忘れられていたのに。何故またこんなことを思い出してしまったのか。
このまま一生思い出せずにいたかった。

修一は死んでしまった。1か月前、バイク事故に巻き込まれ、突然、この世からいなくなった。

「意味ないじゃない。修一がいないのにこんな世界、こんな自分、何の意味もないじゃない。修一がいないのに!」

テーブルを激しく何度も叩く。痛みは感じないのに音が耳に痛かった。
自分の立てた音にすくんだ私の手は、そのまま大きく温かい手に包み込まれた。
その手はとても力強く、私は振り払う事が出来なかった。そのままぐいと引き寄せられて、私は正晴さんにすっぽり抱き留められてしまった。

私の中の悲しみの濁流は収まる事はなかったが、私を抱きしめてくれるその力が、何を意味しているのかは、別の部分で確かに理解が出来た。

『夕夏はぜんぶ、ちゃんとわかってるんだよね。何が良くて、何が良くないのか』
耳の奥に、修一の言葉が蘇る。
あれは修一の言葉なんだろうか。それとも、自分の奥底にある、自嘲の言葉なんだろうか。

『だからもう、何も言わない。ただ、本当に大切なものを、見逃さないで』
大切なもの……。

「夕夏、ごめんな。呑気にカメラなんか貸して。そのせいで余計辛い事を思い出させたのかもしれない」
私の肩を抱いたまま、正晴さんは涙声で続ける。

「でも、何もないなんて言うな。絶対言うな。夕夏は夕夏で、もうそれだけで大切な存在なんだから」
大の男が鼻声で泣いている。ものすごく、気恥ずかしい事を言いながら。
けれど、きっとこれがこの人の本気の優しさなのだろう。今は素直にわかる。
修一がいなくて死にそうに寂しいけど、それだけは分かる。修一が、見逃さないでって言ってくれたもの。大切な事。

ねえ、修一。こんな時、笑ったらいい? それとも泣いたらいい?

肩の力を緩めた途端、私のお腹がきゅるると鳴った。
よりにもよって、そう来るか。

「お腹空いた。ごはん作って、お父さん」


      ***

7月の後半、写真部に復帰した私は、作品展の準備に追われていた。

「一眼レフってなに? って訊いて来た子の写真とは思えないね」
写真部の部長はパネル張りした私の作品を眺めながら、唸るように言った。

私の6枚の作品のうち、4枚は、あの雨の日に、修一と一緒に撮った写真だ。
私の自慢の作品なのだ。

「なにしろカメラが良いですからね」
「さすがライカ」
「否定しないんですか、ひどい」
拗ねる私に部長も先輩たちも笑った。

「戻って来てくれて嬉しいよ。夕夏ちゃん。何か……本当に、うれしい」
部長が言うと、この作品展を最後に引退する3年生や、同じ学年の仲間を失った2年生の部員が、皆パネル張りの手を止めて、こちらを見た。

「もちろんです。修一に、写真の面白さを伝授されましたから」
私がガッツポーズで笑って言うと、皆優しい笑顔で頷いてくれた。

込み上げるものがあったけれど、もう私は泣かないと決めた。
絶対に笑顔でいる。そしてもう何も忘れようとなんてしない。忘れるなんて、とんでもないことだ。勿体なさ過ぎて、涙が出る。
私はとても、欲張りなのだ。

結局、あのライカは拝み倒して、私のものになった。正晴お父さんは、新しいライカのモデルを買うのだと意気込んで、お母さんにおこずかいの交渉中だ。

夏休みは3人で、どこか撮影旅行に行く計画もある。何かと忙しい。
晴れるといいねとお母さんは言うけど、雨なら雨で、更にもっといい写真を撮る自信がある。

「あ、あれ?」
私が最後に仕上げたパネル張りを見て、部長が声を漏らした。

「どうかしました?」
微かに、嬉しい予感。

「いや、ごめん。何か、その紫陽花の向こうに、修一が……」
「見えましたか、部長。最高です」
私は部長の手を取ってぶんぶんと振った。
「え……」

時々、ほんの時々、あの日撮った紫陽花の向こうに、修一がいるような気配がする時がある。
もう、それだけで心が温かくなる。

心配性の修一の置き土産。

あの雨の日の、奇跡。

お父さんのカメラはあの雨の日、本当にいい仕事をしてくれたと、私は思うのだ。


   (了)




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~ Comment ~

NoTitle 

執筆、お疲れ様でした。

うん、これは好きなお話だなぁ。
最初のうちは、夕夏がたんなる病み上がりだと思って読んでいましたが、そっかぁそういうことだったのか。
途中からなんとなく筋書きの予想ができるし、そしてそのとおりの展開になるのに、感動させられてしまうんですよねぇ。このあたりの書きぶりが、ほんとうに上手い。
夕夏をとりまく人物たち、正晴さんも、修一くんも、クラブのみんなも、いいひとばかりで。なんだかほっとします。

雨、アジサイ、銀塩カメラって、なんかいいコンビだなぁ。
Leica M2、いいカメラですよね。F5.6で焦点距離は5メートルに固定か。35ミリ高角なら、ほぼパンフォーカスですかね。雨なら光量は少ないけど、1/125秒ならぎりぎり手ブレせずに、かつ明るく撮れそうだし。
でも、いきなりLeicaなんか使っちゃったら、もうほかのカメラ、使えないんじゃ……でも、維持費、たいへんだよ(笑)

銀塩の味わい、たしかにありますね。それに銀塩だからこそ、写るはずのないものでも写し取っているかもしれない。そんなふうにも思います。

夕夏、辛かっただろうに、受け入れるべきことを受け入れ、自分を思ってくれる人を大事にして、もちろん自分も大事にして、ちゃんと前に向かって歩き出しましたね。

limeさんの作品らしい、優しさと温かさを感じる読後感でした。
受賞もうなずけます。

TOM-F さんへ 

TOM-Fさん、丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。
こういう話の展開は、きっとよくあるだろうし、私自身、あまり好きでは無いんですが、このテーマとカメラを合わせた時、どうしてもこういう展開に行きついてしまって。
選評にも、TOM-Fさんが書いてくださった事と、同じ事が書いてありました。
在り来たりな展開だとしても、人物たちや心理描写を丁寧に描けば、充分使えるんだという感触を掴みました。
(文字数が8000までという規定があるので、最後の展開がどうしても急になっちゃって、そこはすごく残念なんですが。)

おお、さすがTOM-Fさん、カメラに詳しい!
実は私はライカは使った事ないのです。でも、私の憧れのアーティストさんが、ライカが大好きで、私もぜひライカを小道具に使ってみたいと思い、少し勉強しました。(ただのミーハー)
うん、本当にものすごく味わい深い写真が撮れるのがわかりました。でも、初心者にはなかなか使いこなせそうにありません( ;∀;)
夕夏は、センスが良かったと言う事で><

エブの妄想コンって、本当に難しいです。
いい作品だと思っても(あ、他の人のね)、テーマをうまく生かせてないと審査で落とされたり。
そして、自分の中に響かないテーマでは、まったく書けないし……。(これは私が未熟なだけなんだけど)
考えすぎて深みにはまって、書けなくなる。
……でも、その、悩む期間も修行なのかもしれませんね。

最近はエブにもほとんど顔を出していないのですが、
自分の気持ちにしっくりくるお題が見つかったら、またチャレンジしてみようと思います。

NoTitle 

あ~。サキはまったく予想てきていませんでした。
最後の3枚に修一の姿がなかったという部分を読んでも、まだ『なんでだろう?』なんて、呑気に考えていましたよ。
ですから、ちょっとショックでした。
鈍感にもほどがありますよね。
サキはこういう超常的な心理状態については、まずあり得ないと思っていて、そして、出来ればそういう(たとえば主人公の恋人が亡くなっているとか)哀しいことはおこってほしくないと思っているんです。
ですから変な予備知識無しに読み進めていると、なかなかそこへ思いが行かないんでしょうね。
自分で書く時のことはさておいて、勝手なものです。

思春期の心の揺れを抱えた夕夏。彼女と正晴さんや修一とのやり取りを少し心配しながら眺めていたサキは、夕夏の心の揺れの真の理由が解った途端、ストンと納得がいったと同時に、それを予想していなかったためにショックを受けたんです。
limeさんそうくるか~。でも作者がlimeさんということをうっかり意識してなかったなぁ・・・。

でも、正晴さんとも新たな関係のキッカケを得たみたいだし、何よりも彼女の消化器官が何かを吹っ切ったみたいです。
前に向かって歩き始める様子が嬉しかったです。
お父さんと呼び始めたのかな?
“お父さんのカメラ”いい仕事してますね!

そうそう、ライカM2って完全なアナログカメラですよね。スイッチをオンにする事なんてあるのでしょうか?このカメラの事はよく知らないのですが、少し気になりました。

山西 サキ さんへ 

サキさん、読んでくださってありがとうございます。

そして、すごくいい指摘をありがとうございます。
本当だ、なんで気付かなかったんだろう。M2はスイッチなんかないですよね。
たくさんの人が読んだのに、誰にも指摘されたかったと言う事は、やっぱりこの機種は知る人ぞ知る、だったんですね……。
でも、気付けて良かった。訂正しておきました。

そうか、サキさんは、あの話の先に何があるか、予想せずに読んでくださったんですね。
本当はそれが一番うれしいのです。
写真をめくるまで気が付かないでいてほしいというのが本音で。
私は、人間の脳内には、自分の感覚を変えてしまう脳内麻薬のようなものがあるんじゃないかと、勝手に思っているので、弱さゆえに、自分の記憶を捻じ曲げてしまう夕夏のキャラを描くことは、すごく自然でした。
実際に、多重人格になって、悲しみから逃げてしまう人もいますし、人間の脳って、計り知れないな……と、思ってしまうんです。
ああ~、でも、サキさんに哀しいショックを与えてしまったのなら、これは、悲しい事なのかな。
私は、心地よい切なさを、物語で描いて行こうとしてるので、ただ哀しい物語になってしまったのなら、失敗なのです。
心地よい切なさ……。これはこれからの、私の課題ですね。
ひとつの物語でも、読む人によっていろいろなんだと、こうやって感想を貰うと、分かってきますね。
すごく有難いです。
ラストは、ちょっと強引なハピエン展開に持って行ってしまいましたが、もう少し長く書けたら、丁寧に描写をしたかったです。
8000文字は、キツイ(笑)
とにかく、貴重なご意見と、そしてご指摘、ありがとうございました。
エブの方は、もういいや、放置(笑)

NoTitle 

こんばんは。

そうそう、limeさんは写真畑(?)にいらしたことがあるんですよね。描写が玄人だわーって感心しました。ほんのわずかな書き込みなんですけれど、全く手をつけたことがない人は書けない文ってあるんだよなと思います。

そして、起承転結でいうところの転の展開、全く予想していなかったので「やられた」と思いました。入部してからあまり顔を出していなかった理由もただの「病」じゃなかったのかと、納得。それにいくら彼氏でも撮影現場に偶然で修一が通りかかったことも、ほとんど引っかかっていなかったし。それにリードに引っかけられて、主題は義父との葛藤の解消にあるのかと勝手に思い込んでいましたし。上手いな。

いなくなったことを受け入れられなくて、心が別の状況を作り上げてしまうのって、わかります。大人なら別れが次々とあり、そこまで心が抵抗することは少なくなると思うんですけれど、それでも時々「全部が間違いだったのでは」と勝手な感覚が支配するとこがありますものね。

単純などんでん返しではなくて、ちゃんと希望の持てる結につなげているところが、さすが準大賞受賞作だなと思いました。期待される内容を全て含めて、さらに自分らしさも出せる作品を書くのって、大きな才能ですよね。

堪能させていただきました。

八少女 夕さんへ 

夕さん、ありがとうございます。

いやあ~、お恥ずかしい。私、大学でもちゃんと授業受けたのに、本当に写真のセンス、無いんですよ。
だからカメラを題材にした作品は、なかなか書く勇気が沸かなくて。
(あれ? 雨猫では写真家が出て来たような……。いや、気のせいだ(;'∀'))

でも雨というテーマには、自分の中でなぜだかカメラ・写真が、切り離せなくなってしまって。
この際だから、いつか使ってみたいと思ってたライカを小道具にしてみました。
(ヤバイ間違いをサキさんに見つけてもらって、今朝方こっそり訂正したりしましたが((;'∀')))

ああ~、夕さんは、あそこの時点まで気が付かないでいてくださったのですね。
そうなんです、修一が偶然通りかかったり、妙に霞のかかったような夕夏の思考が、変でしたよね。
私が読者ならぜったい「なんだこのスッキリしない描写~」って、イライラしたと思うんです。
皆さんが辛抱強く読んでくださって、本当に有難かったです。

一か月たって熱を出して、そしてその熱のむこうに、悲しい記憶を置いて来てしまいたいとか……、高校生の女の子なら、思っても不思議はないかな、と感じたのです。
心と脳って、きっとまだ医学で解明されてない部分で、ものすごく密接な結びつきがあるような気がするんです。
いや、もし、そんなのは現実に無いよ、って言われても、そこを描くのが小説ですもんね。(なぜ強気)

最後が、あまり余韻も無く急展開に明るくなってしまったのが、自分的には残念なのですが、8000文字限定なので、これが限界かな……と。こういう物語では、やっぱり明るいラストにしないと、終われないですもんね。
お題小説って、いろいろ悩んでしまいます。悩み過ぎて、書けない。
夕さんは、どんな無理難題のお題でもちゃんとセンスある物語にしてしまうのが、本当にすごいと思うんです。
ブログでは、結局書けなかったら怖いので、お題小説にはチャレンジしなかったのですが、いっぱいやっておけばよかったなあ……。
また、時間を見つけてブログでもチャレンジしてみたいです。
日々、勉強ですね。
コメント、ありがとうございました。

遅ればせながら 

最近はいつもコメントが遅くなって済みません!
いつも拝読してからコメ書くまで間があるので、最初に受けた印象を忘れちゃって、もう1回読み返したときには、あれ? 前はどんなふうに思ったんだっけ?って思い出そうとしても思い出せないって事になっております。
でも、多分最初に受けたイメージは、ストーリーの展開はlimeさんらしいけれど、やっぱり文字制限でかなり苦労したんだろうなぁと思ったのでした。なんか、もうちょっと後半で気持ちを書き込みたかったんだろうなって思ったんですけれど。
文字制限って、削り落としてこそいいものが出来るってのも分かるんだけれど、書いていると物足りなくなることもありますよね。うん

それから、みなさんのコメを拝読して、私は思いきりTOM-Fさんと同じだったので、あれ、サキさんはともかく、夕さんが気がつかなかったというのにちょっとびっくりしました(どんな印象を夕さんに持っているのやら?)。
もしかして、あまのじゃくの私は、いや、もしかするとlimeファンの私は(ちょっと年季の入ったlimeファン)、limeさんはこう来るなって予測しすぎ? ただ、物語の上手さってのはやっぱり落とすところへ落とすのに(短いお話でも)どれだけ気持ちを込められるかってことなんですよね。うん、まさに、神は細部に宿る。それが準大賞の理由ですね。

limeさんの書く少年の印象が強いので、少女ってまだ時々どっち方向へイメージを持ったらいいだろうって思うことがあって、変化球で来るのか、正統派で来るのか、どうかなって構えちゃうんですけれど、今回は直球で来たので、ある意味、読む方もすごく素直に入り込めたんじゃないかなぁと思います。短い中に、人間関係が複数絡めてあるんだけれど、ちゃんと明確になっていて、こういうの、さすがだなぁと思います。

最後の部長のシーン、好きだなぁ。写っていないのもが見える、これって、写真に限らず、芸術が目指しているものの究極の形ですよね。
いつか、音楽でも小説でも、写真でも、そんなものが描けたらいいなぁ。
そんなふうに素直に思えるシーンでした。
楽しませていただきました!

大海彩洋さんへ 

大海さん~、お忙しいのに、読んでくださってありがとうございます!!
さらにコメントまで( ;∀;)、感謝です。

文字数制限~。これね、本当に足らなくて。せめてあと3000文字足せたなら、余韻も心変わりの経過も程よく書けたと思うのに。最後、すごく駆け足になっちゃったから陳腐で><
でも、そこまで文字数を増やす価値のある作品かって聞かれると、う~~ん、なんですよね。
物語には、最適な長さって言うのがあるんですよね。8000文字で、最適な物語。これを描けるかもポイントなんですよね、きっと。

あ、大海さんは気づいた派なんですね。じゃあ今のところ、半々ってところでしょうか。
選評では、「実は○○だったというオチ自体に目新しさはありませんが、ライカを軸に人間関係がきちんと描写されているので安っぽく感じることなく駆け抜けられる内容でした」と書いてあったので、多くの人が察しがついた展開だったのかもしれませんね。(自分でも書いてて思いました)でも、安っぽくなってなかったと言ってもらえてホッとしました。
本当なら読まれる展開の更に先を考えて驚かしたいところなんだけど、読める展開で読ませるって言うのも、テクニックなんだろうなあ……。まだまだ、そこまで到達できてないので頑張らねば。

そう、これ女の子が主人公なんですが、なぜかって言うと……。
あの表紙に使ったイラストをぼんやり見つめていたら、少年を見つめる女の子の切ない物語にしたいなあ~って、思ったわけで、本当にそれだけで、書き始めてしまった物語だったんです。
女の子って、ひねくったらどんどんひねくれて行っちゃうし、これはストレートに行くしかないな、って思ったんです(なんの説明にもなっていない)
私の書く女の子は、ひねくれすぎなんですよね、どれも。でも、世間にうける女子って素直な子が多い。(タッチのみなみちゃんとか代表)私もこれからは、素直な等身大な女の子を描けるように、頑張ろうと思います。(そして男の子は捻くれる・・・?)

この物語の悪い所を自分なりにあげたらきりがないんだけど、丁寧に心理を描写すれば、そこは評価されることが分かって、ほっとしました。
でもね、こっからがボヤキ。
実際、自分がダメだと思ったものが評価されたり、多くの人がすごく評価してくれて、自分もお気に入りの作品が、まったく評価されなかったりすることがあって、実際自分が何か決定的なタブーに触れているのか、それとも作品自体の出来が単に悪いだけなのか、そこが知りたくてたまらなくなります。
実際に、「この展開はタブー」と言うのがあるそうなので、そのあたりも、ぼちぼち学んで行けたらなあ……と、思っています。
(下読みさんに、有料でいいから教えてもらいたいな( ;∀;))
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