流 鬼

流鬼 第27話 畏怖の正体

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方向は分からなかったが、銃声は短い間隔で2発、3発と続いた。

「違う。父さんの2連銃じゃない。宮野のじいちゃんたちだ。……今頃慌て出しても遅いのに」
苦々しげに和貴は言う。

確かに飛田も、これほどまでに増え、気の荒くなったカラスに銃で対処するのは焼け石に水だと感じた。
頭上では尚も高く低く、騒がしい黒い煙と化して乱舞している。

「祭りの日に守り神のカラスが暴れ出して氏子を襲うなんて、シャレになんないな」

「シャレなんかじゃないし、よそ者はさっさと帰れよ」

和貴は冷ややかに吐き捨てると、坂を上り始めた。飛田は慌ててその後に続く。

「すまなかった。けどさ……、こんな参道近くで銃をぶっ放したら危なくないか? 小菊さんたちや秋人だってこの周辺にいるかもしれないんだぞ」

「小菊は鬼だから平気だろ」
10メートル先を歩く和貴が睨むように振り向いた。

ためらいなく小菊を呼び捨てにする和貴の目には、ありありと嫌悪が浮かんでいた。いや敵意だろうか。

「和貴、本気で言ってるのか? ちょっと落ち着けよ。秋人のお母さんだぞ」

「あんたこそいったい、俺の話の何を聞いてたんだよ。あんたの友達は小菊に殺されたんだぞ。怖いとか憎いとか思わないのか? そっちこそどうかしてる」

「じゃあ、100歩譲ってその話が本当だとしてだ、和貴は小菊さんも秋人もカラスと同じように駆除すればいいと思ってるのか?」

思わず口を突いて出たその質問に、和貴は黙ったままじっと飛田を見つめた。

飛田は胸の冷えて行くのを感じた。すぐさま否定すると思っていたのだ。

父親から聞いた、根岸の最期の様子は相当なショックだったのかもしれないが、それでも秋人はほんの少し前まで一緒に通学していた友人だ。その友人にまで、そんな冷徹な決断を下せるのだろうか。

飛田は小一時間前まで車のシートの助手席に座り、足首に赤い紐を巻きつけたままにしていた秋人を想った。親愛の印なのだと少年は言ったのだ。

たとえ15年前にこの山で起きたと言われることが事実だったとしても、秋人には何の罪もないではないか。

「和貴、待てよ」

呼び止めたと同時くらいに麓の方で2発、3発と銃声が響く。空へ向けられたものだろうが、背筋が冷たくなった。

「父さん、きっとこの山のどこかに居る。小菊たちも須雅神社に向かったんだよね。鉢合わせるかもしれない。だから俺、行かなきゃ」

和貴はそう言うと細い参道を一気に駆け上がって行った。健造に加勢をしなければ、という意味に取れた。

頭上のカラスたちは依然、黒々と群れを成して飛び、せわしなく鳴き続けている。昼中だというのに陰気な雲が低く垂れ込め、まるで夕刻だ。

根岸が死んだ同じ日に、一体何が起ころうとしているのだ。

飛田はひとつ大きく息を吸い込み、不安を押し殺しながら和貴の後を追った。

              ◇

カラスが須雅山の上空で群れを成し、厚い雲の下を旋回し続ける。

古ぼけた祠を照らすのは、とろとろと燃える4台のかがり火。そしてその前には生成りのゆったりしたワンピースを着た小菊が佇んでいた。

健造は少し距離を置いた木の影に身を隠し、祠の前の小菊を見つめていた。
小菊の傍にはキヨも寄り添っていたが、健造の目は小菊しか捉えていなかった。

小菊は12歳の少女ではなく、腹に子を孕むが故に不完全なシルエットを浮かび上がらせていた。けれどその美貌は目を反らせぬほど妖艶で、見る者の気持ちを揺さぶり、腹の膨らみさえも淫靡に思えた。

健造の網膜にはこの間かんも、15年前男とまぐわった時の小菊の姿が二重写しとなって映り込み、しだいに息が上がった。
猟銃を握る手が汗ばみ、滑り落ちぬようにぐっと力を入れる。

―――悪さをせぬように祠に閉じ込められたにもかかわらず、再びこの世に湧き出て悪さをし始めた流鬼の末裔、小菊。お前などに蔑まれる筋合いはない。化け物め。お前たちの血は絶やすしかない。村のためにも悪しき鬼は狩らねばならないのだ。

小菊もキヨも、健造には気付く様子もなく、ゆっくりとかがり火に照らされながら祠に近づいて行く。

まるで何か特別な決まり事でもあるかのように小菊が祠に向かい両の手を差し出し、抱く様に広げる。

12歳のあの日とさほど変わらない細い肢体でありながら、胸は生まれ出る子のためにふっくらと膨らみ、その腹と共に、白く薄い衣を突き上げている。
その奇妙なバランスが余計に妖艶で、美しければ美しいほど恐ろしさも増し、健造の体を震わせた。

ガンベルトから弾倉を抜き取り、銃に充填すべくトップレバーを倒す。
カラスを撃つのと同じ手順で、それは無意識に行われた。

けれど先台を戻す衝撃音は無情にも木々に反響し、恐ろしいほど大きな音を立ててしまった。
全身が痛みを伴って発汗した。

小菊とキヨがこちらを振り向く。

しかし2人よりも先に健造めがけて威嚇を仕掛けたのは、上空を舞っていた無数のカラス達だった。
急降下してきたそれらの鋭いくちばしや爪が容赦なく何度も頭をかすめていく。

健造は痛みと恐怖で声を上げながら木の影を飛び出し、小菊たちの10メートル手前に転がった。

「健造!」

鋭く叫んでキヨが小菊の肩を抱き、退くのが見えた。

けれども健造は絶え間なく襲い掛かるカラス達を追い払うのに必死で、対峙どころではなかった。

銃身を振り回し、情けない声を張り上げながらその場からヨロヨロと走り出し、振り返ることもできずにそのまま参道を下った。

目にする何もかもが恐ろしく、羞恥さえも消し飛び、何を考える余裕も無かった。

よろけて走りながら闇雲に引き金を引いたが、一発目は何ものにも当たらず、2発目は塊の中のたった一羽を撃ち落としただけだった。

ほんの一瞬カラスがひるんだ隙を見計らって弾を充填する。けれど埒があかない。こんなことを繰り返している間に食い殺される。脳裏には15年前の血濡れた惨劇が広がっていた。

恐怖に手が震え、地面に落としてしまった弾倉を拾おうとしたときだ。聞きなれない子供の声が健造を呼んだ。

「おじさん。和貴のおじさん!」

小菊にどこか面影の似た顔を青ざめさせ、走り寄って来るその姿は紛れもなく小菊の息子、秋人だ。

けれど健造にとって救世主などではなかった。

「くそったれ! カラスをどけろ。こいつらを何とかしろ!」

「ねえ母さんは? おばあちゃんと母さんを見なかった?」

健造の頭上に群がるカラスを手で追い払う仕草は見せたが、あの鬼の身を案じるこの子供に腸が煮えくり返った。

「知るかそんなもん! あいつらこそこのカラスどもに食われちまえばいいんだ! くそっ!」

カラスを払いのけていた秋人の手が止まり、その表情が泣きそうに歪んだ。
唇をかみしめてひとつ健造を睨むと、そのまま何も言わずに坂の上へ走りだした。

絶え間なく襲い掛かるカラスに再び狙いを定めたはずの銃身が、無意識に走り去る少年の背を捉える。

けれど引き金に指を掛けた瞬間、その手にくらいついてきた小柄なカラスがあった。

力任せに払いのけると、その手は空を切ったが、バサリと飛び立った鳥の足に巻かれた赤い紐が僅かに見えた。

「くそったれめが!!」

懲りずに二度三度襲い掛かって来た数羽のカラスを銃身で追い払うと、ようやくそれらは一旦身を引いた。
手の裂傷から流れる血を舐め、健造は再び血走った目を少年が走り去った参道に向けた。

思考は錯乱し、ぐらぐらと視界がゆがむ。
ただひたすら、煮えたぎるほどの怒りに身も心も支配されていた。


「父さん!」

興奮した声で何者かが自分の腰に激しく抱き付いてきたが、ただそれが自分の子供だったかもしれないと微かに思ったただけで、それ以上の感情は湧いて来なかった。

カラス同様、その子供の手も力任せに払いのけて健造は歩き出した。

人間を常に脅かし、手前勝手に殺していく鬼畜どもを消さない限り、この狂った日々は終わらないのだ。

「もう血だらけじゃないか父さん。もういいよ、死んじゃうよ、帰ろう! ねえ!」

そう言って再び腰に抱き付き引き止めてくる声が死ぬほど煩わしい。

肘で突き飛ばして地面に転がした後、その鼻先に銃口を突きつけると、その餓鬼は途端に大人しくなった。

青ざめて自分を見上げるのはもはや見覚えも無い顔で、見ているだけで耳鳴りと眩暈が酷くなった。

小菊のせいだ。そして小鬼のせいだ。この村が狂って行くのはぜんぶあいつらのせいだ。

健造は腹の中で罵りながら、秋人が向かった方向へ再びヨロヨロと歩き出した。


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~ Comment ~

NoTitle 

本当に終わりに向かって、
それがどんな結末になるのかともかくとして、
色々な事が終わりに近付いていますね~。
和貴ももう秋人に対して友人のそれではなく、
あくまで流鬼の子供という認識に切り替わってしまったようですし、
和貴の秋人への友情も終わってしまったのかと思うと少し悲しいですね。

「カラスどもに食われちまえばいいんだ!」と言われて、
秋人も泣きそうになっていたみたいですし、
やっぱり愛されていないとしても、
母親には間違いないですしね。
ちゃんと親子として向き合えていれば変わったのもしれませんが、
小菊は小菊でもう出産の事しか頭にないっぽいですしね(><;)

ツバサさんへ 

ツバサさん、おはようございます~。

はい、じわじわと、いろいろ終焉へ向かっています。
和貴がねえ……、本心は語っていないんですが、飛田から見たら完全に健造とおんなじ方向に走ってる感じで。
父親と同じで、切れやすいところがあるのかな。
でも、このあとも注意深く見てやってください^^

秋人も、いろいろさんざんですよね><
健造の大人げなさったら。
恐怖心って人間を壊しちゃうのかも。パニック映画見て思うんですが。

そう、そこなんですよね。
小菊と秋人の親子関係がもっとマトモだったら、まだ秋人にも救いはあったかも。
なぜこうなったか……。それも、じわじわと分かっていくはずです。

いつも読んでくださって、ありがとうございます(*´▽`*)

NoTitle 

360度色んな展開がまだまだ考えられますが、物語は明らかにひとつの終わりに向かっているんですよね。
何がどう絡んで完結するのか楽しみです。(*^^*)

Ichiiさんへ 

Ichiiさん、続きを読んでくださってありがとうございます。
Ichiiさんは、どんな展開を予想されるのかなあ。(どきどき)

はい、終焉に向かっています。あまりいい展開にはならなさそうですが……><

最後、謎が解けていろんなものが見えてくるはずですが、読者様の反応がちょっと怖いこの頃です(*´Д`)

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NoTitle 

秋人も和貴が来たのに、建造止まらず………><;
これはもう、飛田さんに頑張ってもらうしかない感じでしょうか?w

次回は秋人と小菊の回っぽいので楽しみです^^

^^ 

小菊の描写が妖しくて美しいです。
(紅い寒天の底を見るような感じ)
って。意味わからんimageが湧いてきました。

効果音くれ。^^)/

夢月亭清修さんへ 

夢月亭さん、おはようございます。

止まりませんでしたね><健造w もう理性がどっかに飛んじゃったみたいで。
この後も暴走は続きそうです。
飛田に……。
いや、飛田が一番頼りなさそうです(爆)

はい、次回はほぼ全員が総出演です。そして、もしかしたら謎が解けるきっかけが埋まってるかも。
慌ただしくなってきますが、またどうぞお立ち寄りください(*´ω`*)

waravinoさんへ 

waravinoさん、読んでくださってありがとうございます。

はい、小菊を描くのが楽しいです。
ほんとうはもっと怪しさを前面に出していきたいのですが、バランス的に抑えめにしてあります。
waravinoさんの小菊の表現も独特で美しい~。
小菊って深い赤のイメージ、ありますよね。
絵に描けたらいいのにな……。

効果音、めっちゃ騒がしいですよ(笑)

NoTitle 

二人の少年に注目しています。
和貴は小菊に対しては憎しみのような感情を抱いているようですが、秋人に対してはちょっと違っているように思っています。
和貴が黙っていたのは、秋人を切り捨てたのではなく、心の中に迷いがあったからだと思っています。
秋人は人間と流鬼の間に挟まれて混乱の中に居るようですし、このあと二人が相対する時に何が起こるのか、limeさんがどのように決断されたのか、楽しみに待っています。
今回は健造に「しっかりしてよ」と言いたいのですが、やっぱり普通の人間なんですね。
でも、健造を責める気にはなれません。
小菊は益々おどろおどろしくなって、サキのイメージをはみ出してしまいました。

NoTitle 

こんばんは。

秋人の立場が一番やるせないかもしれませんね。
小菊からは「愛しい我が子」とも「まともな流鬼」とも認めてもらっていないみたいだし、村人、特に仲良くしていた和貴からは「鬼」として排除されかけていて、守ってくれようとするのはカラスのロクだけですものね。

カラスって一匹だけでも若干怖いところのある鳥ですけれど、それが異常増殖してしかも襲ってくるとなると、恐怖もマックスですよね。小心者の建造が錯乱するのはわかるなあ。

流鬼と人間が憎み合うばかりで共存できない根本的な理由がまだ見えていないのですが(だって人間とこれだけ交雑していたら、そのうちに人間になりそうなものじゃないですか)そこらへんの秘密も含めて、二人の少年達の命運を見守りたいと思います。

山西 サキさんへ 

サキさん、おはようございます~。

少年たちに注目してくださってありがとうございます。
和貴は健造の話を聞いてから、更に流鬼を敵対視しちゃうようになりましたが、秋人には……?
あのほんの少しの間に、和貴の迷いを読み取ってくださったサキさん。作者的にとてもうれしいです。
和貴が、秋人への感情を認めるかどうかは、また別なのですが……。

秋人も、今の行動が全部芝居でないとしたら、結構つらい立場です。
少年たちの今後、見てやってください><

健造はカラス達の攻撃(ほぼ、反撃ですねw)にビビって錯乱しちゃっていますが。
小心者ですので、ここまでは仕方ないかなあ。
相手はあの小菊ですもんね。このままただ、やられちゃうのか。

次回はいろいろ、驚きの事実が発覚する……予定です。
もしかしたら、今までのキャラへの感情がいろいろひっくり返るかも。

予定ではラスト3話。大詰めです><


八少女 夕さんへ 

夕さん、おはようございます~。

そうですよね。まったく夕さんの書かれている通りで。秋人は今一番辛い立場かも。
カラスのロクだけが一番の味方>< 他のカラスは、秋人など眼中にないでしょうから。

この作品を書くにあたって、カラスの生態や異常行動を沢山調べたんですが、生活環境によっては人を襲ったり生き血を吸ったりするカラスは多数いるらしく。
この村のカラスだけじゃないのね ((((;゚Д゚))))
まあ、カラスは置いといて、
小心者の健造がビビって我を忘れてしまうのも仕方ないかな、と、(きっと彼ってどこか元々病んでそうだし><)

>流鬼と人間が憎み合うばかりで共存できない根本的な理由がまだ見えていないのですが
夕さんの目の付け所がするどい。
「鬼だから仕方ないじゃん」ってことでスルーされがちですが、秋人のような流鬼ならば、人間との共存も可能なのに。

いったい流鬼とは何なのか。ここにすべて集約されるんですが、それを語ってくれるのはいったい、誰でしょう。
次回、答えの片鱗が見えて来るかもです。

ラスト3回。(後半は一話がめちゃくちゃ長くなりそうだけど、年内に終わらせたいです><)

もうしばらく、お付き合いくださいませ。

NoTitle 

ピースが近づき、フラグが揺れまくりです。
一同が会した時、何が起こるのか。
誰がどうなるのか。
物語の輪が濃くなってきました。

けいさんへ 

はい、このあたりからどんどん加速していきました。
こっちの親子は、一体どこに落ち着くのか。
(微妙な親子でもありました)
フラグ、むやみやたらに立てています><
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