流 鬼

流鬼 第24話 問い(1)

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夜が明けて、9月末日の早朝。
和貴は納屋の前で自転車チェーンの修理に取り掛かった。

休日なので、時間は充分あった。それこそ考えたくないことまで想像し、思い巡らせてしまうほど。

垂れさがったチェーンを引き抜き、不自然に溶けた部分をチェーンカッターで切り落とした。
工具箱から予備の古いチェーンを取り出し、長さを調節しながらつなぎ直す。小学校の頃に、健造が教えてくれた工程だ。
無事繋がったチェーンをホイールにはめ込んで、20分ほどで作業は終了した。

工具箱を片付け、機械油で黒くなった手を石鹸でこすって洗いながら和貴は、先刻父親から聞いた14年前の衝撃的な場面を、何度も何度も思い出していた。

それは鮮明で生々しい映像になって定着し、もう和貴の頭を離れていくことは無さそうだった。
旅行者と出会い、そしてまぐわい、不要になると殺して残骸をカラスに食わせ、そして13で秋人を生んだ。流鬼の繁殖周期にそって。

そしてそれから13年が過ぎた。
―――帰巣。
そんな言葉が和貴の中に浮かび上がる。

あの8月の末の小菊との出来事は誰にも決して言わないつもりだったが、まるでスルスルと口からこぼれおち、気が付いたらすべて健造に話してしまっていた。

話しながら体が震えた。
もしかしたら自分は、秋人の父親と同じ末路を辿っていたのかもしれない、と。

和貴の告白を聞いた後で唸る様に息を吐き、和貴の頭をギュッと抱え込んだ健造の力の強さが、まだしっかりと感触として残っていた。
確かにこの人は自分の父親なんだと、肌身に染みて感じた。


「今日、祭りが終わるまでに片を付ける」
布団の中で、健造は低く唸った。

「何をするつもり?」
「そうだな。カラスを全部撃ち殺す」
「無理だよ」
冗談めいたその言葉に、和貴は少しだけ安堵し、少しだけ落胆しながら布団に入った。
けれど興奮は冷めず、一睡もできなかった。

何かが起こる。何かを起こさねばならない。
自分たちの生活を脅かす鳥や獣は排除して然るべきなのだ。ましてや鬼など。

和貴は体を突き上げる武者震いのような感覚にじっとしていられなくなり、修理の終わった自転車で外に飛び出した。
遠くの山で乾いた銃声が二つとどろき、いつものようにカラスが慌てふためいて騒ぎ立てる。健造の銃だ。
すぐ先の森の上に煙る様に湧き立つ黒い鳥。鳥、鳥。

あんなものが守り神のはず、ないじゃないか。
鬼にしろカラスにしろ、悪しきものを崇めて鎮めたつもりで放置するから、増殖して手が付けられなくなるんだ。
祟られるから腫物に触るように守り、あげくに増殖されて、そして食われる。
いつかきっと手遅れになって泣きを見るに決まっている。
正しいのは抵抗しようとしている父さんなのだ。

自転車を走らせながら和貴は左手をピストルのように構え、煙のように湧き立って飛び交うカラスの群れに狙いを定める。

突如、バサリと羽音がしてその左手に黒い影が飛びついた。
和貴は凍り付いて情けない声を上げ、咄嗟に黒い影を力任せに振り払った。
腹から突き出た足に赤い紐。ロクだ。

「和貴、おはよう」

振り返ると、田圃のあぜ道に立つ秋人が、穏やかな笑顔で和貴を見ていた。その肩にゆっくりとロクが舞い降りる。
いつの間にか和貴は秋人の家の前まで来ていたのだ。

「危ないだろ! そのカラス」
「ごめん。和貴と遊びたかったんだよロクは。あ……、自転車直ったんだね」

昨日の気まずい別れ方を忘れてしまったかのような秋人の呑気な表情に、和貴は苛立ちを覚えた。
「お前がやった癖に」
小さく喉の奥でつぶやいたが、聞こえなかったのかその声に秋人は反応しなかった。

「ねえ和貴。聞きたいことがあるんだ」
「……なんだよ」
「昨日の飛田って人、母さんの写真を持って探してたんだろう? それってどんな写真?」
予想外の質問に、和貴は少々面食らった。

「どんなって……、普通に12歳くらいの、昔の小菊さんだよ」
「おなかが大きかった?」
いったい何を言わせたいのか分からぬまま、和貴は首を横に振った。

「そんな訳ない。その写真は、飛田さんの友達がとった写真で……」
和貴はそこで改めて飛田の事を思い出し、ハッとした。

あの12歳の小菊の写真を撮ったのは、ちょうど14年前ここに旅行に来た秋人の父親なのだ。
写真を撮った後日、その男は小菊と交わり、そして殺された。
あの飛田という男は、友人の壮絶な最期も知らずに、小菊を探しているのだ。

けれど和貴をゾッとさせたのは、その後の秋人の反応だった。

「そっか。……そういう事なんだ。飛田さんは、あの旅行者の知り合いだったんだ…。僕には教えてくれなかった。
民俗学の研究とか、ぜんぶ嘘っぱちなんだね。僕また、騙されちゃった」

俯いたまま秋人は、自嘲気味に小さく笑った。
その姿は和貴が知っている、闊達でどこか幼げな秋人とはまるで別人に見えた。

「なんでみんな嘘をつくのかな。飛田さんも、おばあちゃんも、母さんも」
「何がだよ。知らないよそんなこと。何が嘘なんだよ。俺に訊かれたって分かるわけないだろ!」
不可解な恐れは和貴の中で次第に苛立ちに代わり、そして猛烈な怒りに代わっていく。

「ああ、もういい。行けよ和貴。僕が直接飛田さんに会って訊くから。何が目的で僕らに近づくのかって」
冷ややかに言い放ったあと、秋人は何かに気づいたように視線を左手の農道に移す。
飛田の白い自家用車がこちらにゆっくり向かって来るのが見えた。

―――なんでこのタイミングに。
和貴の背筋に冷たいものが走った。

「殺すのか?」

自分の口から思わずこぼれた言葉に、和貴自身が凍り付いた。
笑い飛ばすと思っていた秋人の目が見開かれ、じっと和貴の目を見つめる。

「殺さないよ。なぜそんなことを?」
「腹を……立ててるみたいだったから」
「僕が腹を立てたら、人が死ぬの? どうして?」

いったいどこまでこの狂った会話を続けなければならないのだろう。
和貴は血が沸き立つ様な興奮と恐怖とで、体が強張るのを感じた。
飛田の車がすぐそばまで近づいているのに、秋人は和貴から目を離そうとしなかった。

「秋人は……。お前は知ってるんだろう、全部。小菊さんの事、自分の事、……自分の父親の事」
「もう行けよ和貴。話は終わったから。僕は飛田さんに用があるんだ」
「何だよそれ! 勝手だよな。こっちの質問には答……っ、わっ!」
突然威嚇するようにロクが和貴の頭をかすめ、和貴は総毛立ちながら手で頭を庇った。

「もう行けったら和貴! 僕が人を殺すところを見たいなら勝手にすればいい。だけどこれ以上僕を怒らせたらどこまで飛び火するか分からないからな!」

初めて聞いた秋人の怒声が刃物のように体に突き刺さり、和貴は自転車のペダルを我武者羅に踏み込んでその場から逃げ出した。

――化け物だ! やっぱりそうなんだ、あいつ等は流鬼なんだ。秋人は全部知ってて何食わぬ顔でここに戻ってきたんだ。

恐れと共に秋人にしっぽを巻く形になったことが悔しくて、情けなくて、和貴は心の中で叫び声を上げた。


               ◇





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~ Comment ~

NoTitle 

和貴、ついに健造と腹を割って話したんですね。
例の件まで話しちゃったんだ。
健造はどんな思いで秋人の告白を聞いたんでしょう。
これでなんだか2人に奇妙な連帯感が生まれてきたように見えます。

そしてうわぁ!ついに秋人が本性をあらわしたんでしょうか?
全く躊躇しないように思えるその言動に驚いています。なんとも不気味な。
小菊と秋人の関係が気になりますが、秋人と和貴、この2人の人間関係ももう修復不可能のように感じられます。
どうしようもないのでしょうか?つらいです。
秋人、やけっぱち?それとも和貴を遠ざけようとしているの?
いったい飛田はどうなるんだろう?
いよいよ流鬼の正体が明らかになるんでしょうか?

NoTitle 

みんな! ダマされちゃいけないぞ! 必ず、この裏にまだ何かきっついどんでん返しがあるぞ!

limeさんのパターンから行くと、絶対、秋人「よい子」だぞ!(そういう読み方をしてはいけない(笑))

NoTitle 

こんばんは。

お、意外。和貴も建造も、自分の性衝動の件を打ち明けたんですね。そこだけはお互いに隠したがると思っていたので。

秋人は、やはり、和貴より上手なのか、あっさりと必要な情報を手にしていきますね。そして、来るなというのは、和貴の安全を守りたいという意志があるように感じます。この辺から、秋人の立ち位置が見えないかなと思ったのですが、なんかやっぱりさっぱりわかりません。

私はミステリー読みではないので、どんでん返されてもOK。普通に続きをお待ちしています。

あ、もっともこの流れだと、なんか「建造が危ない!」って感じがする。それこそ二時間ドラマの流れだと(笑)

山西 サキさんへ 

サキさん、早速読んでくださってありがとうございます!
はい、健造がすべてを話してくれたことが嬉しかったのか、安心したのか、それとも甘えたかったのか、和貴のあの夏休みの事を離しちゃいました。
健造はそれこそ「小菊め~~!」でしょうね。
そうなんです、ここで親子の連帯感が生まれますが……。それがいいのか悪いのか。(ふつうなら、感動的親子の関係修復なんでしょうが)

そして、秋人。
だんだん、開き直ってきましたねw 言動がヤバくなってきたかも。
和貴が自分側から寝返っていくのを感じたんでしょうね。

秋人の言葉は一つ一つ意味のある事なので、この先じっくり聞いてくださると嬉しいです。
次回は飛田視点のパートになります。

ようやく、方向性が見えて来るかな……?

いつもありがとうございます!(´▽`*)

ポール・ブリッツさんへ 

ポールさん、おはようございます。

たぶんねえ、どんでん返しは無いと思うんですよ。この物語、嘘をついてる人は一人もいません。みんな欲望に忠実。みんな本気w(え、嘘つきなのは作者か)

次回、秋人と飛田のシーンで少し展開が見えてくるかもしれません。
秋人、本当はどういう子なんでしょうねえw

どんでん返しは無いけど、ああ!っていうアハ体験はできるかもしれません^^


八少女 夕さんへ 

夕さん、おはようございます^^

>お、意外。和貴も建造も、自分の性衝動の件を打ち明けたんですね
↑これねえ、説明のしようが無かったんですが、健造は自分の性衝動の事には当然全く触れません(´▽`*)
言う必要もないと思ったしね。(私が健造でも、言わないw)

和貴は、その旅行者(根岸)と自分に重なる部分を感じて、そしてちょっと甘えもあって、言ってしまったんでしょうね。
恐ろしい事になるところだったと。

うん、秋人がだんだん本心を見せ始めたというか、無理に取り繕う事をやめた感がありますよね。
ここから秋人が喋る一言一言にいろんなヒントがあると思うので、注目してみてください^^
(それでも、秋人の立ち位置は分かりにくいかなあ……)

この物語はミステリーというより、ドキュメント感覚で眺めてくださった方が楽しめるかもしれません。
トリックも何もないんです><
みんなそれぞれ、自分の欲望に正直で、嘘をついてる人はいませんし(笑)

健造って、真っ先にやられそうですよね。
なんでこんなに放置されてるのか。

……小物だから? ←ぼそっと、真実を言ってみるw

次回、飛田と秋人の対峙シーンです(´▽`*)

コメント、ありがとうございます!

NoTitle 

>ああ!っていうアハ体験

それを

どんでん返しと

いうんじゃい!
(^^;)

ポール・ブリッツさんへ 

え? あ……。 そう?

…………あは(*´∀`)ゞ

NoTitle 

秋人と和貴の間にあったはずの友情と信頼の歯車がずれてしまったようですね修復するといいけれど…。
どんなに結末の状況が悲惨でも、最初の頃の、お互いを信じ守りたいという想いにまた戻れることを願っていますが、はたしてlimeさんの冷酷さがピュアな友情の息の音すらも滅するのか…
物語の展開も気になりますが、ミステリ小説家とlimeさんの人間性が気になってきました。

Ichii さんへ 

Ichiiさん、引き続きご訪問ありがとうございます(;_;)

少年2人、やばい感じにこじれて行ってしまいました。このあとはもう、え、そんなことになるか普通!というツッコミを覚悟のうえで進めていきます (>_<)

ふふふ。ピュアなものばかりを書くと思ったら……的な展開になるかも。
limeの人間性は、創作においては参考にならないので。「もうlimeさんたら鬼畜」とかいう罵声もお待ちしています。
(でも読後感の悪いものは書きたくないんですよね~><)←激しく矛盾

NoTitle 

お久しぶりですー!

せっかく和貴と建造の親子関係が修復(?)したのに、なんだか建造が危うい感じてみてて怖い……
和貴と秋人の関係は、なかなか戻れないところまで来てしまったのでしょうか。秋人と話しているときに、ここまで心の中で色々考えちゃうようになったら難しそう……
秋人は穏やかに話せば話すほどなんだか怖いですね(笑)
飛田さん、どうなっちゃうんだろう……そして建造……
このお話の成人男性、なんだかみんな死にかねない感じでひやひやします(*_*;

スカイさんへ 

スカイさん、ごぶさたしています!
続きを読んでくださって、とっても嬉しいです(;_;)

そうなんです、健造、ここで和貴と親子のきずなを取り戻したように見えるんだけど、なんかすごくやばい感じで。
その辺に気づいてくださってうれしいなあ。
秋人と和貴は、もう修復不可能な感じになって来ちゃいました>< この後どうなっていくのか。
秋人はまだ内面を見せないので謎が多いですよね。
次回、飛田との対峙で少し語ってくれるでしょうか。
不気味な秋人、そして一番ヤバそうな成人男子(笑)

無事では済まないかんじですが、……また良かったらお立ち寄りください。
コメント、ありがとうございました!(*´▽`*)

NoTitle 

飛田さんが死んじゃったら、一回しか登場していない助手の子が困るだろうなぁ……笑
でも一応、心の準備しておこうかな。
合掌!

夢月亭清修さんへ 

おお~、よくぞあの助手を覚えてくださってた(作者がわすれてた>< もう出てこないだろうなw)

なんかいっぱいフラグ立ってる飛田さんですが(笑)

……合唱 ←作者もか!

NoTitle 

祭りが終わるまでに片を付けるですか……。
過去の光景を息子である和貴に話したり、
和貴と小菊にあった事を知ってしまったから、
余計に小菊やカラスに対する排除の念が強まっていそうですね。
親子の絆は壊れていなかったと再確認できたものの、
小菊の逆鱗に触れて死ぬなんていう事がないといいですが……。
それにしても、秋人がここまで怒りを露わにするというのも珍しいですが、
本当に飛田にも命の危険が迫っているかもしれませんね^^;

ツバサさんへ 

そうそう、9月30日は本祭。
この祭りが終わるまでに片をつけるって……健造いったい何をするつもりでしょうね。
村中のカラスを撃つつもりでは無さそう。

このあとの健造親子の行動に注目してください。
もう、だれにも止められない感じで……。

この後本当に危険なのは、いったい誰なんでしょう><

こんばんはああああん(´Д⊂。・゜・。 

また1ヶ月経っちゃった~~(´Д⊂。・゜・。
記事なら広告出ちゃうとこですよ~~~~(泣)
全然コメントに来られなくてごめんなさいm(;m;)m

二人の仲は決定的に壊れてしまいましたね・・・・・
可愛がってくれているキヨも完全には味方でなく
母に愛されていないと知っている秋人の
たぶん、心の支えであったはずの和貴が
もう自分の元に二度と戻って来ない・・・
普通の仲たがいとは違いますもんね。
とてつもない孤独に支配されている秋人の絶望を想像すると
心が痛みます・・・・・

かじぺたさんへ 

いえいえ、かじぺたさん、こちらこそすっかり読み逃げばかりの日々で!
ちゃんとお邪魔できなくてごめんなさい(;_;)
もう、最近はやりたいことがいっぱいで←遊びほうけているだけじゃねえか!
(某K-POPグループにどっぷりハマっちゃいましてね。コンサートチケットが当たったので狂喜乱舞してYouTubeの日々なんです)←バカ

そうなんです、ここへきてじわじわと、秋人の孤独が見え始めました。
まだ正体不明の秋人なんですが、根は普通の子供のようですね。
そうなると、和貴に完璧嫌悪の対象とされた秋人の心理が、ちょっと予想出来てしまうかも。
ドラマはここからです><(え、ここから?)



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