流 鬼

流鬼 第21話 カラスと鬼の棲む森(1)

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「上夜千代《かみやちよ》にでも行かれたんですか、お客さん」

人好きのするふっくらした頬にえくぼをつくり、民宿「千鳥」の女将《おかみ》は飛田に微笑んだ。

飛田が部屋に帰ってきてしばらく後、夕食の用意が出来たと呼びに来てくれた時の事だ。

「え……、どうしてわかるんですか?」

「ああやっぱり。飛田さんの車にカラスの糞がたくさんついていましたから」

そうだった、車は悲惨な状況だったと、また一つ厄介ごとを思い出しながら飛田は情けない表情を女将に向けた。

「すごいな、カラスの糞だってすぐにわかるんですね」

「そりゃあね、食べるもんも大きさも、他の鳥と違いますから。特に上夜千代《かみやちよ》はハシブトガラスが多いし、タチが悪くてワザとそんな嫌がらせをするんですよ」

「女将さん、上夜千代に詳しいんですか?」

「私も主人も元々は少し離れた下夜千代《しもやちよ》の生まれなんです。小さな頃から上夜千代《かみやちよ》には近づくなって年寄りによく言われました。今そんな事を子供に言うと大問題ですけどね。差別だなんだって」

「あの……」

それは思いがけない情報源だった。飛田は前のめりになって女将ににじり寄った。

気を回されるのが嫌で、今まで一度も根岸の事に触れなかったのだが、飛田は思い切って、自分がここに来た事情を女将に話すことにした。

友人が15年前この宿に泊まり、その翌日夜千代村で亡くなった事、そして自分はその死を不審に思い、もう一度彼の足跡をたどっている事もすべて。

女将はすぐに思い出してくれたようで、あの時は警察の人もここにきて、結構な騒動だったと話しに乗ってくれた。

「でも事故だったんですよね? 15年前にも警察の人に、そのお客さんに思いつめたような様子が無かったか訊かれたんですけど。そんな風に見えなかったし、それに須雅神社の正面のあの崖は、飛び降りて死ねるような険しい崖じゃないらしいし。遺書みたいなものも、結局見つからなかったみたいだし……」

「警察は自殺だとでも思ったのかな。そんなことあるわけないのに」

咄嗟に失笑してしまった飛田だが、すぐにその笑いをひっこめた。
根岸の最後のフィルムに写り込んでいた飛田への奇妙なメッセージが刹那脳裏に浮かんだのだ。

『飛田 いるんだ、鬼が。もう…… オレ、だめだ。ヤバい事になりそう』

遺書と呼べるものではない。どちらかというとSOSにも取れなくないメッセージだった。

あれをもし仮にあの時警察が見つけていたとしたら、何か違った捜査がなされていたのだろうか。
否、それは無いなと、僅かに笑って不毛な「もしも」をかき消す。

「カラスじゃないかと思うんです」

思い切って飛田は切り出してみた。

「え?」
女将が、愛嬌のある丸い目をさらに丸くした。

「根岸の体にはまだ生きているうちにつつかれたような損傷が無数にあったと言う事なんです。あの村のカラスは人を食いますか?」

思いがけない質問に驚いたのか、女将は飛田の顔をじっと見つめて来たが、けれどすぐに表情を緩め、飛田を思いやるように親身に答えてくれた。

「そうねえ……。確かにカラスは雑食だし、あそこのカラスはよそのカラスより気が荒いとは聞くけど、そんな話はまだ聞いたこと無いですねぇ」

「ねえ女将、なぜ上夜千代のカラスはあんなにも気が荒いんでしょう。神社の眷属だから大事にされて来たせいで、どんどん数が増えて行ってるって言うのは分かるんですが、行動パターンがよそのカラスと違うような気がして、やけに気味悪いんです」

ああ、と女将は笑ったあと、これは主人が教えてくれたことなんですけどね、と前置きをしながら話してくれた。

「上夜千代村には昔、クスノキの繁る森がたくさんあってね。一時期、村ではそのクスノキを原料にして樟脳《しょうのう》を生成したり炭を作ったりして生計を立てる人が多かったんです。
ご存知でしょう? 防虫剤として使われる樟脳。カンフルとも言われて、興奮薬にも使われていた成分なんですよ。それの生成の過程でね、どうしても流れ出してしまう製油とか、不要チップの焼却で出てしまう僅かな成分で、カラスが異常に興奮状態になった時期があったらしいんですよ」

「樟脳……ですか」

米田教授の話にも出て来た、150年ほど前の夜千代村の主力産業だ。

人夫《にんぷ》として移住者の数家族を受け入れ、そして仲たがいし、村人が結束してその移住者たちを焼き殺してしまったという凄惨な過去話を思い出しつつ、飛田は女将の話を聞いた。

樟脳がカラスを刺激したという話の信ぴょう性はさておき、それはそれで興味深かった。

「もともと山に食料が豊富で多かったカラスが、更に神社の眷属なんで駆除もされないわけでしょ。そうやってどんどん数の増えて来たカラス達が、カンフルの作用か何かでそんな異常行動するもんだから、余計に村の人たちはカラスを恐れて、手出ししないようになって行ったみたいですね。

今では大きな工場も潰れて、その産業もほとんど廃れてしまったけど、クスノキチップや木炭は普通に使われ続けているし、須雅神社のお祭りにも必ずクスノキの炭を使うし。
もちろん科学的に検証したわけじゃなくて、勝手に想像してるだけなんですけどね。
うちの主人なんかはね、あそこのカラスの気が今でも荒いのは、そんな過去の記憶とか気性とかを血の中に受け継いで育ってるからじゃないのかって言うんです。人間がカラスを恐れて駆除もしないから、人間を馬鹿にしてるところもあるだろうし」

飛田は良く動く女将の舌に感心しつつ、そしてその推論に共感した。

一歩離れた場所から上夜千代を見て来た人間の視点は、村に住む者よりもきちんと物事の本筋を捉えているのかもしれない。

飛田は更に深いところまで探ってしまいたくなるのを止められなくなった。

「じゃあ、鬼は……」

「え?」

自分が発した鬼という言葉が妙に滑稽に思えたが、もうひっこめられない。
村の外でしか得られない、新たな情報が欲しかった。

「鬼です。須雅神社はカラスと共に鬼も祀られていると聞きました。死んだ根岸もそのことに興味を持っていて、埼玉県の鬼鎮神社のように、ここもまだ知られていない言い伝えなんかあるんじゃないかって調べていたんです」

「ああ、流鬼のことね」

それです、と叫びそうになるのを飛田はぐっとこらえた。

女将が流鬼を知っていてくれたことをは思わぬ幸運だ。けれど慎重に行かなければ。ここは流鬼の情報を何も持たない者として聞いた方が、新たな情報を得られる確率が高い。
根岸が残したメモの事を先に話さなかったことも、正解だったかもしれない。

「流鬼……。それってどんな鬼なんですか」

「あの村に古くから伝わる伝説の鬼ですよ」

「普通の、日本話によく出てくる鬼とは何か違うんですか? 神社に祀られてるくらいだし」

女将は少し眉尻を下げながら、控えめに笑った。

「根岸さんにも同じ事を訊かれたんですよ。飛田さん、その時の根岸さんの表情にそっくり」

無意識に握り締めていた手が、じっとり汗ばむ。


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