流 鬼  《連載中》

流鬼 第21話 カラスと鬼の棲む森(1)

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何がきっかけになったのか、突如周囲の木々から無数のカラスが舞い上がり、夕暮れの空に散らばった。

飛田は咄嗟に襲って来た幾重もの恐怖心から喉の奥で言葉にならない声をひとつあげ、路肩に停めた車に乗り込むと急発進させた。

舗装道路に入りバックミラーの中から由良の家が消えても、胸の動悸は少しも鎮まらなかった。
カラス達の異常な行動が怖かったのか、それとも小菊が自分にささやいた一言が怖かったのか。

―――また、わたしを写すの?

しっかりと覚えていたのだ小菊は。 13年前に飛田が腹の大きな小菊を無断で撮り、逃げ帰った日の事を。
まさか、その半年前に須雅神社で小菊を撮った、根岸と勘違いしているのではあるまいか。
そうも思ったが、どちらを想定しても、恐怖で体が震える。

あんなに無害そうな、華奢な女なのに。
あの女はいったい本当に人間なのだろうか。あの小柄な体から滲みだす妖気に似たモノは一体何なのだろうか。

飛田は汗ばむ手でハンドルを握り、とりあえず気持ちを落ち着かせようと、全てを後回しにして篠崎町の宿に車を走らせた。

          ***           

「上夜千代にでも行かれたんですか、お客さん」

人好きのするふっくらした頬にえくぼをつくり、民宿「千鳥」の女将は飛田に微笑んだ。
飛田が部屋に帰ってきてしばらく後、夕食の用意が出来たと呼びに来てくれた時の事だ。

「え……、どうしてわかるんですか?」
「ああやっぱり。飛田さんの車にカラスの糞がたくさんついていましたから」

そうだった、車は悲惨な状況だったと、また一つ厄介ごとを思い出しながら飛田は情けない表情を女将に向けた。
「すごいな、カラスの糞だってすぐにわかるんですね」
「そりゃあね、食べるもんも大きさも、他の鳥と違いますから。特に上夜千代はハシブトガラスが多いし、タチが悪くてワザとそんな嫌がらせをするんですよ」

「女将さん、上夜千代村に詳しいんですか?」
「私も主人も元々は少し離れた“下”夜千代の生まれなんです。小さなころから“上”夜千代には近づくなって年寄りによく言われました。今そんな事を子供に言うと大問題ですけどね。差別だなんだって」

「あの……」
それは思いがけない情報源だった。飛田は前のめりになって女将ににじり寄った。

気を回されるのが嫌で、宿泊手続きのとき女将に伝えていなかったが、実は自分は14年前、上夜千代村で変死した学生の友人で、その死を不審に思って調べに来たのだと、飛田は思い切って言ってみた。
友人がその時泊まったのが、この宿であることも合わせて。
女将はすぐに思い出してくれたようで、あの時は警察の人もここにきて、結構な騒動だったと話しに乗ってくれた。

「でも事故だったんですよね? 14年前にも警察の人に、そのお客さんに思いつめたような様子が無かったか訊かれたんですけど。そんな風に見えなかったし、それに須雅神社の正面のあの崖は、飛び降りて死ねるような険しい崖じゃないらしいし。遺書みたいなものも、結局見つからなかったらしいし……」

遺書という言葉に、飛田は反応した。
根岸の最後のフィルムに写り込んでいた飛田への奇妙なメッセージが瞬時に蘇ったが、あれを遺書と呼べるかどうかは分からなかった。

『飛田 いるんだ、鬼が。もう…… オレ、だめだ。ヤバい事になりそう』
SOSにも取れなくないメッセージだった。……正常な精神状態だったかは別として。

「カラスじゃないかと思うんです」
思い切って飛田は切り出してみた。
「え?」
女将が、愛嬌のある丸い目をさらに丸くした。

「根岸の体にはまだ生きているうちにつつかれたような損傷が無数にあって。……ここのカラスは人を食いますか?」

思いがけない質問に驚いたのか飛田の顔をじっと見つめた女将は、そのあと気の毒そうに答えた。

「さあ。確かにカラスは雑食だし、あそこのカラスは気が荒いとは聞くけど……まさかそんな」
「ねえ女将、なぜ上夜千代のカラスはあんなにも気が荒いんでしょう。神社の眷属だから大事にされて来たっていうのは分かりますが、あまりにも気味が悪くて」

ああ、と女将は笑ったあと、これは主人が教えてくれたことなんですけどね、と前置きをしながら話してくれた。

「夜千代村にはクスノキの繁る森が多くて。そのクスノキを原料にして樟脳を生成したり炭を作ったりして生計を立てる人が多かったんです。ご存知でしょう? 樟脳。カンフルとも言われて、興奮薬にも使われていた成分なんですよ。生成の過程で流れ出した製油とか、不要チップの焼却とかで、カラスが異常に興奮状態になった時期があったらしいんです。

元々食料が豊富でカラスの数は多かったそうなんですけど、異常行動するカラス達に村人が恐れをなしてしまったらしいです。カラスが神社の眷属になったのが、それより前か後かは分からないんですけど。
今では大きな工場も潰れて、その産業もほとんど廃れてしまったけど、クスノキチップや木炭は使われ続けているし、須雅神社のお祭りにも必ずクスノキの炭を使うし。

まあ、これらは検証したわけじゃなくて、あの村をよく知る年寄りたちが言ってる事なんですけどね。カラスの気が荒いのはそんな血を受け継いで育ってるからじゃないのかって、主人なんかも言うんです。人間がカラスを恐れて駆除もしないから、人間を馬鹿にしてるところもあるだろうし」

飛田は食い入るようにその話を聞き、そしてその推論にも一理あるなと共感した。
そして一歩離れた場所から上夜千代を見て来た女将に、もっと深くいろんな視点から聞いて見たい欲求があとからあとから湧きだす。

「じゃあ、鬼は……」
「え」
飛田は米田教授に聞いた伝承の事は伏せて、聞いてみた。新たな情報が得たかった。

「鬼です。須雅神社はカラスと共に鬼も祀られていると聞きました。死んだ根岸もそのことに興味を持っていて、埼玉県の鬼鎮神社のように、ここもまだ知られていない言い伝えなんかあるんじゃないかって調べていたんです」

「ああ、流鬼のことね」
それです!と叫びそうになるのをぐっとこらえる。

「女将、それはどんな鬼なんですか」
「村にいたらしいんですよ」
「だからそれって……」

女将は笑った。

「飛田さんも根岸さんと同じような表情するのね」



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今回、女将の話がとても長くなるので、中途半端なところで切ってしまいました( ;∀;)
コメントもしにくいと思うので、コメント欄は閉じておきますね。

次回は1週間後。
女将は、なにかヒントをくれるのでしょうか……。


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