小説ブログ「DOOR」

いらっしゃいませ。右側の目次はシリーズ毎に帯の色分けがしてあります。【あらすじ】だけでも覗いて見ませんか?★切なくスリリングに登場人物たちの心の葛藤を描いて行きたいと思っています★イラストや漫画も時々更新♪

(イラスト・観劇)NACS本公演と大海さん 

☆雑記・四方山話

すっかりブログの方がご無沙汰になってしまいました。

皆さんの所にもあまりお邪魔できなくてすみません。今、ちょっと裏で締め切りのある中編を書いていて、そちらに時間を取られてしまって。
でも、広告を出したくないので、今日は楽しかった昨日の記事と、そして少し前に書いたイラストを置いて行こうと思います。

昨日、ブログでもおなじみの大海彩洋 さんと一緒に、NACSの舞台を観に行ってきました。
毎回ファンクラブを通してチケットを確保していたんですが、今年はそれでもチケットが取れず、悲しんでいたところ、なんと大海さんが一枚譲ってくださったんです。

ワ~イ(*ノωノ)。
もう、NACSよりも大海さんに会うのが楽しみになってしまいました

駅で待ち合わせして劇場近くのカフェで2時間半もいろんな話をしました。楽しかったです(*´ω`)
創作の話、映画や本や仕事の話。
2時間半はあっという間でした( ;∀;)

興奮して、なんかすごく恥ずかしい話もしちゃったような気がするんだけど(笑)、そこは忘れてくださいね!!(;'∀')←思い返して悶絶。
なかなか創作の話ができるリアル友達がいないので、とても有意義な時間でした。



NACS本公演

一緒に見た今回のNACSの舞台は、史実を元に作られた、とてもシリアスなものでした。
「伝えたいことがあるんです」と、誠実に、熱く、観客に語る森崎さんの声が聞こえるようで。
エンタメとは言えないこの作品を上演するのは勇気がいっただろうな、と思いますが、今のNACSだからこそできる舞台なんじゃないかな、とも感じました。
合間に挟まれる笑いが、ほっとさせてくれて、そして泣かせてくれました。

次の本公演は何年後か分かりませんが、その時はガラッと変わって、また本気のエンタに取り組んでくれるんじゃないかなあと思っています。
次回もまたピロティーしましょう!(←関西人しか分からない(笑))

そして改めまして、大海さん、ありがとうございました。またおしゃべりしたいですね(*´ω`)←もう「見て見て~」って押しの子の写真無理やり見せませんから(;'∀')

           ***

最近はイラストもなかなか描けていないんですが、少し前に依頼されて描いた表紙絵を置いて行きますね。

依頼をくださったのはエブ仲間の朱里コウさんで、角川文庫から何冊もラノベを出しているかわいい作家さんです。
絵の依頼は受けていないんですか、プロフにそう言う表示をしていなかったので、じゃあこれが最初で最後という事で……と、書かせてもらいました。(これはエブの中だけの中編小説)

人様の作品の表紙絵を描くってドキドキしますね。
未熟ではあるのですが、気に入ってもらえてよかったです。


あいの表紙字無しブログ

3月の中旬までブログに顔を出す時間が減ってしまうと思うのですが、また戻ってきますので、その時は遊んでやってください(*´∀`*)ノ


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(scriviamo!2018参加イラスト)リュックにゃんこ☆追記:2月4日 

☆妄想らくがき・企画

scriviamo.png

今年も夕さんのscriviamo!に、イラストで参加してみました!(^^)!

昨年は天使、その前は狐女。
女性がメインに入ってたのですが、今年は青年です (。>д<)
……あ、にゃんこもいますが。

何も考えずに書くと、どうしても男の子になっちゃって。(そしてパーカー多め)
ああ、何の呪縛。

書きにくいなあ~と夕さんを悩ませてはいけないと思い(なんて優しいlime)、イラストの背景を2パターン用意しました。
背景が変わるだけで、ぐっと印象が変わってきますよね♪

どちらを使ってもOKです! 夕さんの紡ぐ物語を、楽しみにしていますね(*´ω`)


リュックにゃんこ・パターン①
3リュックburogu


リュックにゃんこ・パターン②
リュックと猫burogu


※《追記:2月4日》
★八少女 夕さんの『scriviamo! 2018 』企画からの、お返し掌編
さあ、早くもscribo ergo sum の夕さんの、scriviamo!企画のお返し掌編が更新されました。

毎回私が想像していないような設定で楽しませてくださるのですが、今回も、もうその設定とキャラの性格だけでニマニマしちゃいます。男の子と、その背中のリュックの中の白猫の関係性がもうドラマ(笑)
やっぱりSSにとって、その設定は命ですね。改めて思います。
さあ、一体どんな関係性なのか。どうぞ、夕さんのところでじっくり、お楽しみください。
夕さんの掌編はこちら






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(イラスト)2018年戌年♪ 

☆イラスト・マンガ・水彩画

明けましておめでとうございます(*ノωノ)

昨年は、超スロー更新だったにも関わらず、長編にお付き合いくださって、本当にありがとうございました。
思い返せば昨年はほぼ11カ月、ずーーーっと流鬼でした!(@_@)
ああ、なんて重くて寒々しい1年だったんだ(笑) 今年はもう少し、ご機嫌な作品を書きたいぞ。

本当は流鬼をスタートさせると同時に、その続編をいろいろ模索していたのですが、結局思うようなプロットが立たず、諦めモードに入っています。
(あの長い流鬼が、その、本当に書きたい作品の、ただの前章だった……って言ったら、笑われちゃうかなあ(。-_-。))
↑そんなものに1年かけたのか><

長編を書くって、主題や帰結点をどこにするのかが、本当に難しいものだなと、昨年は改めて思いました。
流鬼は、色々課題の残る作品ですが、それでも、今までと違うものにチャレンジしたという点では、書いて無駄では無かったなと思っています。

皆さんのコメントで気づかせてもらったことも沢山あり、そう言う意味でも収穫が多かったです。
意見を寄せてくださった皆様に感謝です^^

2018年は、長編を発進するめどは立っていないのですが、エブで書いた短編をいくつか、分割して更新して行こうと思っています。本数はあまり多くないのですが、入賞した作品や、入賞しなかったけど妙に気に入っている作品も入っているので、ガッカリはさせないレベル……だと思うんです (*'‐'*)

今、拙作『電脳ウサギ――』の大幅改稿も裏でやっているので、更にブログの更新回数は減ると思うのですが、今年もゆるーい感じで、お付き合いくださるとうれしいです(*´ω`)

さて、2018年。今年は戌年。

もう、何でもありの(笑)うちの水色ネコが、ご挨拶。^^


戌年ブログ用


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流鬼 最終話 夜明け前、そしてエピローグ 

流 鬼  《連載中》

「おおー。和貴もあんたも、無事か?」

飛田がうっすらと目を開けると、自分を覗き込んでいた宮野老人と、その横の数人の男たちが安堵の声を漏らした。
手に猟銃を持ったその男たちに揺さぶり起こされるまで、飛田は意識を失っていたのだ。

焦げ臭い匂いにむせ返りながら、鈍く痛む頭を起こして周囲を見回した飛田は、愕然とした。
周囲一帯の木々は葉を焼き尽くされ丸坊主になり、そこにあったはずの祠は石の台座があるのみだ。自分と和貴が無事でいられたことが逆に不自然なほど、辺りは変貌していた。

「飛田さん、一体何があった。煙が上がったのを見て皆で山家事かと思って来てみたが、この周辺だけが何かに囲われたみたいに火柱が立っとって。あんな火の出方は初めて見たよ。こりゃもうそん中に居たもんは助からんだろうって皆で話しとったんだが、あんたらが無事で……」

「秋人!」
飛田は一瞬のうちに先刻のすべてを鮮烈に思い出し、宮野老人の言葉も無視して立ち上がろうとしたが、先に叫んで走り出したのは、同じく飛田の横で意識を取り戻したらしい和貴だった。

男たちを掻き分け、先ほど秋人が倒れていた祠の横に走って行く和貴を、胸がつぶれる思いで飛田は目で追う。
腕時計の時間が正確ならあれから2時間ほどしか経っていないのに、何かに意図的に沈静されたかのように火はすっかり収まっていて、すべてが遙か昔の惨劇のように思われた。

周囲を見渡したが、小菊やキヨの姿がない。健造の姿もだ。

幻。そうだ。夢か幻を見たのに違いない。秋人のあの最後もすべて。
どこか狂気じみた笑いを自分の中に感じたが、秋人の名を呼びながら、祠の土台の傍まで走って行った和貴の仕草が、それを打ち砕いた。
焼け焦げた地面を見下ろし、言葉を失い、体をこわばらせたのだ。

「おい待て。見ん方がいい」
鋭く言ってがたいの大きな男が和貴に近づき、その場から離そうと肩を掴んだが、その手を叩き落として和貴はまた立ち尽くした。

「来た時にゃあ、まだ人の形して燃えてたってぇのに、こんなわずかな時間に、人がそんなふうになっちまうもんなのかね。気味の悪りぃ話だが……。その子はあれか? 小菊んところの子だったのか」
肩に猟銃を担いだままの宮野老人が、和貴になのか、飛田になのか、そう問いかけた。

その言葉を聞きながら飛田は、すべてが終わってしまったのだと、体中の血が抜け落ちてしまうような言い知れぬ脱力感に襲われた。
どこかで痛めた足首を引きずりながら飛田は、呆然と立ち尽くす和貴の元にゆっくり歩み寄る。10メートルほどがやけに遠かった。

宮野老人の声が取り繕うように和貴に再び投げられた。
「和貴、だが安心しろ。お前の親父さんは無事だ。ついさっき若いもんに担がせて山を下ろしたから。火傷は少しあったが、なに、すぐ元気になるさ」

だが宮野老人の言葉は、じっと地面を見つめる和貴を少しも救ったとは思えなかった。
逆に、「なんも悲しむことは無い。損失は最小限だ」とでも言わんばかりの軽い声色が、飛田の中にある、何かとてつもない憤りにつながる導火線を燻らせた。

「和貴」
蒼白になり目を見開く少年の肩にそっと手を置き、飛田も足元に視線を落とした。

黒く焼け焦げた土の上には凄惨な肉体の燃え残りがあるわけでもなく、それでも先刻目にした悲劇は夢でも幻でもないのだと物語る為だけに、その悲しい名残りは、そこに有った。

まるで背を丸めて眠るおさな子のように、あの少年はただ静かに穢れの無い白い灰と化して、焦土に横たわっていた。
実体を残すことも拒絶するかのように、それは白い灰でしかなかった。

宮野老人が言ったように自然発火でこんな風に人がすっかり燃えてしまうなどとは考えられなかった。
飛田は、今すべてを受け入れることに、何の抵抗も無くなった。どんな講釈も必要ない。これが秋人の力なのだ。

ずっと押さえ込み、どんなに迫害されても他人を攻撃することをギリギリまで耐えて来た異能。
その本当の威力を、あの少年は結局、自分自身をすっかり燃やし尽くすことに使ったのだ。

「和貴……。秋人は健造さんを殺さなかったよ」

飛田の言葉で和貴は崩れ落ちるようにその場にへたり込み、まるで糸を切られた操り人形のように肩を垂れた。
けれど眼だけは見開き、その目の前の事実をじっと見つめた。

飛田が見守る先で、その手はやがて何かに導かれるように延ばされ、真っ白な灰の端に落ちていた、赤いものを摘み上げた。
秋人の足首に巻かれていた赤い組みひもだ。
真っ先に燃えてしかるべきその柔らかな紐は、信じられない事に鮮やかな色のまま、ほぼ完全な状態で残っていた。

掌の上でそっと撫でながら、和貴が声を震わせた。
「秋人……、これ……」

「和貴が夏休みにイタズラして、秋人の足に結んだんだろ? 自分がロクに結んでやったのと同じで、なんかその事が嬉しくって、ずっとつけたままにしてるんだって秋人が言ってた。赤い紐は親愛の証なんだよって―――」
言い終らぬうちにその紐を握り締め、うずくまったまま拳を焦土に叩き付け、和貴は体を震わせながら嗚咽を漏らし始めた。

子供のように手放しで悲しみを吐き出すのとは違う、自分の罪を思い知り、悔やむ、もうこれ以上底は無いと思われるほどの慟哭だった。
飛田自身も、もう立っていることさえ叶わず膝から崩れ落ち、和貴の肩を抱きながらいつの間にか自分も同じ嗚咽を漏らしていた。
悲しみを通り越し、取り返しのつかない罪への憤りに、胸がつぶれそうだった。

「じゃあやっぱり燃えちまったのは小菊んところの子供なのか。秋人って言ったな。いったいどうやったらこんな有様になっちまうんだ? 火をつけたのは秋人なのか? 祠を焼いちまったのも。なあ和貴、お前一緒にいたんだろ? いったい何をやらかしたんだ、この鬼の子は」
宮野の急いた質問攻めは飛田を極限まで苛立たせた。
立ち上がって老人の傍まで行き、声を殺しながら威圧するように懇願する。

「今はそっとしておいてやってください。和貴には親友だったんだ。説明は後で私から……。それより小菊さんとキヨさんは? 誰か下山させてくださったんですか?」
「小菊とキヨさんだって? おい、誰か見たもんはいるか?」
他の3人の男も首を横に振ったが、そのうちの一人が気色ばんで言った。

「そうか、やっぱりあの女の仕業か。小菊が全部の元凶なんだ。カラスを狂わせたのだって健造を狂わせたのだってあの女さ。祭りの前に流鬼を封印した祠を燃やして、この山まで全部燃やそうとしたんだろ」
「じゃぁあれか? 勢い余ってうっかり自分の子まで燃やしちまったってのか?」
「秋人が出来損ないだから次の子を孕んだって、うちのババアが噂聞いたらしいが、まさか本当だったのかよ」
「だから俺が言ったろ、13年周期で次の流鬼を生むために戻って来たんだってさ」
「じゃ、次の流鬼生むために喰われたのはだれだ?」
「要らねえ子供は殺して次を生むってか? ひでぇ化けもんだ」

「殺したのはあんたらだ!」

予期していなかった飛田の怒号に、その場は一瞬水を打ったように静まった。
誰もが口を開くよりも先に、ただ飛田を凝視した。

「過去にどんな言い伝えがあったって、祠で拾われただけで小さな餓鬼の戯れ言のように鬼だ何だのって、いったいあんたらは何なんだよ! 小菊さんも秋人も人間だよ。人間だったよ。少なくとも、あんたらが小菊さん達を馬鹿らしい伝説に絡めて追い詰めるまでは! 頭イカレてんのはあんたらの方だ。秋人を撃ったのは健造だが、この上夜千代の人間全部が秋人たちをここまで追い込んだんだ! あんたらが秋人を殺したんだよ!」

「よそもんが知った口きくな。小菊が今までに何人殺したと思ってんだ。ちょっと小菊をからかったってだけで十にもならん子供が頭かち割られてんだぞ。鬼じゃなければ化け物だ。それとも小菊のせいじゃないってぇのか?」

先ほど和貴を止めた浅黒い大男が泡を飛ばし、肩に掛けた猟銃がガチャリと音を立てた。

「小菊さんは確かに普通の人間にはありえない、説明の出来ない力を持っていたんだと思うよ。秋人もキヨさんもそう言ってた。だがそんなもの普通に人間らしく暮らしてりゃ表に出すことなかったろうよ。陰湿なイジメがどんどんそれを制御不能にさせてったんだろうが。まだ幼い小菊さんはそうやって身を守るしかなかったんだよ。他の方法を知らなかった。あんたらの馬鹿げた噂が一人の女性の人生を狂わせ、尊厳を奪い、とうとうその子供を殺しちまったんだ! 鬼みたいな力を持って生まれて来たことと、鬼だって事は全く関係ない!」

矢を放つような飛田の憤りに満ちた言葉にしばし男たちは言い淀んだが、宮野老人の落ち着いた声がその間合いを埋めた。

「じゃあ飛田さん。あんたの友人が昔ここで死んだのはどう見るんだい。遺体の状態から見て俺は小菊の仕業だと思ってる。何の罪もないあんたの友人が殺されたんだぞ? 殺されてカラスに食われたんだぞ。カラスはあの女の使い魔のごとく動く。村のもんがそう思い込んで警戒したって仕方ないだろう。みんな自分がかわいいんだ」

「根岸は……。僕の友人は、制裁を受けても仕方ない卑劣な事をしたんだ。あいつは―――」


その後に飛田が続けた言葉を聞き、男たちは息を呑み、しばし口を閉じた。

《飛田、俺どうしよう。とんでもないことしちまいそうで。鬼が--------》

あのメッセージも写真も、飛田に見せるつもりで用意されたものではなかったのだろう。
12~3で子を産む怪しげな鬼が存在し、自分はその魔力に抗えないのだという自分勝手なストーリーに、あの頃の根岸は酔いしれた。
根岸の撮った小菊の写真には、もうすでに性的に魅了された感が色濃く浮き出ていた。
村中に鬼として虐げられている少女だと知り根岸は都合のいい洗脳に身をゆだねたまま、卑劣な行為に走ってしまった。
確信犯なのだ。

「小菊さんにちゃんと話しをしようと思ってる。根岸のやった事も含めて。そして人として生き直してもらいたいと思ってる。そんな事をしても小菊さんの生きた苦渋の時間も、秋人も、もう帰って来やしないけど」

「そんな話を蒸し返したら、それこそ小菊に殺されるぞ」
宮野がボソリという。

「それでもいい」

飛田がグイッと顔を上げ、宮野を見た時だった。坂の下から上ってきた中年の男が青ざめた顔で告げたのだ。

「下も酷ぇ事になってたよ。由良の家の庭であんまりカラスが騒ぐから覗いてみたら……」
その場にいた誰もがその先を促す様に一斉に男を見た。

「小菊が死んでたんだ。血だらけで。うちの嫁も一緒だったんだが、ありゃぁあの場で子を産んだんだろうって」
みぞおち辺りを殴られたような不快な衝撃が飛田を襲った。

「赤ん坊は? キヨさんは?」
「家ん中も周りも探したがどこにもいやしねえ。カラスが恐ろしいほど騒ぎまくってたし、赤ん坊は食われたかもな。あたりにゃあ血やらはらわたやら散らばって、もう目も当てられん酷いありさまだったし」

「そんな……俺、探しに……」
走りだそうとした飛田の肩をグイと掴んだのは宮野老人と傍にいた別の男たちだった。

「いい。俺らが行くから。……たぶん赤ん坊もダメだろうが。小菊をそのままにしたら狂ったカラスに食われちまうかもしんねえだろ。小菊はカラス使いなんかじゃなかったようだし。……最期くらいちゃんとしてやんなきゃあな。俺ら、夜千代村のもんの手で。
飛田さん、あんたは和坊を頼む。あんたに任せるのが一番いいように思うし。……すまないが」

最後にもう一度だけ秋人の灰の横たわる焦土に無言の視線を投げ、宮野老人や男たちは山を下りて行った。

まだ僅かに煙の立つ、焼けただれた空間に残されたのは、飛田と、まだ肩を震わせてむせび泣く和貴だけだった。
弔いとも取れるその声をかき消さぬように、飛田は自分自身に問うように、小さく言葉をこぼした。

「村の創設時の伝説の鬼も、100年ほど前に居たって言う流鬼ももしかしたら、小菊さんや秋人のように少しだけ特別な力を持って生まれてしまった、普通の人間だったのかもな。人間はなんで、異端を憎んで、排除してしまうんだろう」
「鬼だから」
「……え」
問うと、泣きはらした和貴の目が、まだ涙を滴らせながら飛田を見上げた。

「人間こそが鬼なんだよ。俺も父さんもあんたの友達も村の大人も子供もみんな鬼なんだ。500年前も100年前も、今も鬼ばっかりなんだ。人間が鬼なんだよ。でも秋人は……違うのに。本当に良い奴だったのに。鬼は、俺らの方だったのに。なんで秋人が居なくなっちゃうんだ」

悲痛な嗚咽が和貴の喉の奥から絞り出され、堪え切れずに飛田はただその震える背中をしっかり抱いた。
どんな言葉を掛けることもむなしく、やり場のない憤りと悲しみが飛田を突き上げ、思わず空を見上げた。
そしてゾッとする。

今もなお夥しい数のカラス達が我が物顔で、上空を旋回しながら飛び交っていた。
まるで地上に蠢くちっぽけな人間を高みから監視しでもするように。
否。もしかするとこのカラスこそ、この台地、神の化身であり、地上の者たちの愚行をひっそり傍観し、時には黒い羽根で悪行に誘いながら、嘲笑っていたのかもしれない。

けれどもそれならそれで、カラスどもを恨むのは筋違いだった。人の愚かさが天に暴かれただけの話。

ただ、ここで自分の愚かさを悔いて泣く少年と、愛を得ようとしてもがき、その果てに幼くして消えてしまったもう一人の少年の魂だけは嗤わないでやってほしいと、飛田は願った。

「和貴……。秋人を小菊さんの所へ連れて行ってあげよう」
そう言って、まだ震える和貴の肩をなでてやると、少年は何度かしゃくりあげた後、小さく頷いた。

その手には、秋人の白い燃えがらと、鮮やかな赤い組みひもの切れ端が、慈しむようにそっと乗せられていた。


        
           ― エピローグ


全てきれいに洗い流し、衣服も着替えて来たというのに、生臭い血のにおいが消えない。
けれど単にそれは自分だけの錯覚なのかもしれない、とも思った。

現に電車の中の客は大きな布袋を提げ、髪をふり乱したままのキヨを、気にする様子もない。都会の人間の無関心は、キヨにとって何よりも好都合だった。

もうあの呪われた地には二度と戻らぬつもりでキヨは身支度を整え、とりあえず以前暮らしていた街へ向かった。
けれど、どうしても捨てていくことが出来なかった荷物が大きな布製の手提げ袋の中にまだあり、それがずしりと重い。
足元に置いた布袋をそっと覗くと、つい数時間前に小菊の腹から出てきた嬰児が穏やかな表情で眠っているのだった。

あの時、耳と肩に散弾を受けたうえ、秋人の死を目の当たりにして半分意識を失った小菊を、キヨは負ぶうようにして山を下りた。
街に住む間も、自分を阻害する他人に危害を与えてしまう小菊に、キヨは既に恐れしか無く、親としての愛情は失くしてしまっていた。
けれどあの状態のまま小菊を山に放置して行かなかったのは、破水しながら秋人の名を呼び、血を流す小菊が、ほんのわずかに不憫に思えたからだった。

自分は愛されていないのかもしれないと嘆き、愛欲しさに母の言いなりに身を差し出し抱かれ、そしてそのトチ狂った母親を守って死んだ秋人。
今ならば言ってやれるのに。お前はそれでもちゃんと母親から愛されていたのだと。最後の最後に小菊は、お前のために涙を流したんだと。
その皮肉にキヨは顔をゆがめ、苦しげに笑った。

産婆の経験のあったキヨは、家の手前の藪での出産となった小菊の子は取り上げることは出来たものの、弱り果てすでに大量に出血していた小菊を救う事は出来なかった。
小菊の弔いは集まってきたカラスどもに任せ、嬰児の身を清めて処置した後、嬰児と必要最低限の金品だけ持って、キヨは村を飛び出したのだ。

陽がすっかり沈み、半年前まで住んでいた街の駅で電車を降りたキヨは、まるで季節を飛び越えてしまったかのような寒さに身を縮めた。
半年前、あの村の須雅様の前で、今度こそ本当の強靭な流鬼を生むのだという小菊の願いに渋々賛同し、この街を去った。この街は流鬼の住むところではないと、小菊は嫌っていたのだ。
キヨにしても何の愛着も無い街であったし、もう一度あの村の連中の青ざめる顔を見るのも悪くないと思った。

結局、あの村も小菊達の存在を許さなかった。
すべてを失い、キヨはまたこの猥雑な埃っぽい街に舞い戻ることになってしまった。

少なくともこれからは自由に生きていけるという安堵を抱えて村を出たはずなのに、寒さのせいだろうか、1人で生きていく不安がぐっと胃を軋ませ、思いがけず気を滅入らせた。
住むところを探さねば。仕事もだ。なるべく早く。そう焦る毎に布袋の重みが苦痛になった。

そうだ。自分はなぜこんな厄介な荷物を大事そうにぶら下げて来たのだ。小菊と秋人の血を受け継ぐ、生粋の化け物ではないか。
小菊の力も秋人の力も、結局キヨを脅かし、行く先々で生きにくくしただけで、救ってくれるものではなかった。
全ては誤算だったのだ。化け物の力など無用の長物。
いったい自分は何をやっていたのだろう。どこで人生を間違えてしまったのだろうか。

散々歩き回り、薄着の体が冷え切った頃、頭上でバサリと音がした。
見上げると一羽のハシブトガラスが梁のように渡された鉄柱に止まり、街灯を黒羽に反射しながらキヨをじっと見下ろしている。
ハッとして周囲を見渡すと、いつの間にかそこは見知らぬ駅の高架下であり、キヨのすぐ横には古びだコインロッカーの無機質な扉が並んでいた。

―――そうだ。あの祠の扉からだったのだ。

キヨは心の中で頷き、そして布袋の中から、泣きもせず薄っすらと目を開けてキヨを見つめている嬰児を取り出した。

あの扉の中から小菊を拾ったのがそもそもの始まりだった。
ならば再びその化け物の血を扉の中に還えせばいい。それですべてが終わる。

小菊や秋人によく似た黒々とした眼から、キヨは目を反らし、木綿の生地に包まれた小さな体を、冷たいそのスチールの箱の中にそっと押し込んだ。そしてガチャリと扉を閉める。

「お前が生きたいなら生きればいい。あの時小菊が私を呼び寄せたように、心の声で誰かを呼ぶといい。そうやって生き延びることが出来たなら、それはそれで何か意味のある事なのだろうから。
私にはもう、その濃すぎる化け物の血を手元に置く気力も自信もないんだ。悪いね小菊。すべてをこの赤ん坊の力に託すよ。……恨まないでおくれよね、秋人」

コインロッカーの前から立ち去る前に、聞こえるはずの無い赤ん坊の声が小さく聞こえた気がしたが、キヨはもう二度と振り返ることもなく、街の雑踏の中に消えて行った。


     -了-



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
長い間この物語にお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
最終話は切る場所が見つからず、長くなってしまって申し訳ないです。

そして、きっとこのラストは、皆さんが期待したものではないと思うし、賛否両論あると思うのですが、私が描きたかったテーマは、拙いながらも込めることができたかもしれないと、今は思っています。(説明不足が目立つなあと、読み直して焦ってはいるのですが)

村八分に込められるような、悪しき感情って、いったい何なのか。鬼とはいったい何なのか。そんなものを思ううちに、生まれた物語です。とても地味で、とても単純な物語でした。
もっと壮大な展開に出来てたかもしれないし、それを期待する読者様もいらっしゃったようなので、そこは本当に申し訳ないのですが。

あ、途中で質問をいただいたのですが、自分の体から何度も発火したインドの少女、というのは実在します。
秋人はその記事で得た情報から生まれました。

そして、エピローグ。
私の過去作品を読まれた事のある方は、もしかしたら「あ」、と思われたのではないでしょうか。

この事件のあったのは9月30日。
そして『NOISE』の第1話が、10月1日です。 (*´ω`*) はい。

さてこの物語……、本当に鬼だったのは、誰なのでしょうね。……(゚ω゚:)

最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!!

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流鬼 第29話 遅すぎた想い 

流 鬼  《連載中》

母親ほどの歳であるにもかかわらず、飛田は思わずキヨに声を荒げていた。
怒号に似た問いかけになったのは、その、貧相な女の口から出て来るであろう回答に、言い知れぬ恐れを抱いていたからに他ならない。

有ってはならないその推測が杞憂であることを、飛田はどこかでずっと願いながら、この数日を過ごしてきたのだ。
けれどその願いはあっけなくキヨに砕かれることとなった。

「14年前、あの男は12歳の小菊に興味を持ち、写真を撮り、翌日つけまわした揚句、この場所で小菊を襲ったのよ」

キヨはあまりにも平然と、そう言ってのけた。
訊いたのはあんたよ。そうでしょ? 言葉を失くして目を見開いた飛田に、キヨはそう言いたげな視線を投げた。

「まさか……そんな……」
飛田はやっとの思いでそれだけ絞り出したが、それに続く言葉は出て来なかった。
キヨは膝に付いた枯れ葉を払いながら、続けた。

「小菊はこの祠から拾われたってだけで、村の連中から流鬼と呼ばれていたからね。気分次第で人を喰らい、殺し、カラスの供物にする鬼。その根岸って男も流鬼の事を少しは聞きかじってたんだろうよ。小菊が流鬼だって噂を知ってた。その上で小菊に興味を持って、つけまわしてたんだ。そして、喰らった。
自分が犯すのは人間の女なんかじゃない。鬼だ。お前は人を殺めたことがある鬼なんだろう? って。実際そんなことをほざいていたらしいよ。小菊を襲いながら」

キヨの言葉は耳を覆いたくなるものだったが、それを真っ向から否定する言葉は出て来なかった。
飛田の脳裏にあったのはただ、自分の推測が当たってしまったのだという苦い衝撃だ。
思えばそれは、この村に来る前から飛田の中に生まれていた。

飛田の事務所で初めて根岸が残した小菊の写真を見た時、根岸の欲情の視線はその画角の中に鮮明に浮かび上がっていた。
もしかしたらそれは、13年前に飛田自身が撮った、小菊の写真と同じ類のものだったのかもしれない。

飛田も根岸も、同じ理由で小菊の写真を撮ったのだ。
そして根岸は実際の小菊を目の当たりにし、その衝動を抑えられなかったのだ。小菊の魅力に捕り込まれた。

考える事すら卑劣なそんな思考が飛田の中に瞬時に浮かび、慌ててかき消す。
身勝手なのは男の方だ。それなのに一瞬、その非が小菊にあるように思ってしまった自分に寒気がした。

「小菊が根岸に襲われたことを私に打ち明けたのはもう腹の子が簡単には堕ろせないところまで育ったころだったから。気付かない私も私だけど、小菊も忘れようと必死で隠したんだろうね。
その男が死んだのは自分とは関係ない、カラス達が勝手に食ったんだろうって、最初の頃ずっと言い張ってたけど、腹の子の事を打ち明けて来たとき、全部一緒に話してくれたのよ。自分が殺したって。もっと早く殺しておけば良かったって」

「……でも、……殺したって、どうやって」
飛田の問いに、キヨはフッと嘲るような笑みを漏らした。
「小菊が恐ろしい力を持って生まれた子だからに決まってるだろ」
「じゃあ」

「あの子は赤ん坊の時から癇癪を起すと周りのモノを手も使わずに飛び散らせる妙な力があったよ。最初こそ私も手を焼いたし、本当にこの子は鬼なんじゃないかと思ったけど、私が言う事は素直に聞いたし、物心つく頃にはその力も引っ込めて、よそ様に怪我を負わせたりするような事は一切なかった。
けど村の年寄りたちは、須雅神社で拾われ、人形じみた容姿の小菊の事を流鬼だと噂し、毛嫌いしたんだ。そんな噂をガキどもが放っておくわけがない。村八分ってのは知能の低い獣どもの本能だよ。異端を迫害することで自分たちを優位に立たせようとする。鬼なんてものが現代に居るか居ないかなど関係ない。奴らはただそうやって毛色の違う小菊を迫害することで団結し、楽しんだんだ。
でも、相手が悪かったよね。小菊はただのひ弱な捨て子なんかじゃなかった。私が苦労してなだめたあの力は、あっけなく自分を愚弄し攻撃する他人に向けられたよ。
殺すのなんて簡単さ。相手の脳の血管をいくつか引き裂けばいい」

眉間に皺を寄せながらも、口元に奇妙な笑みを浮かべながら喋るキヨを、飛田は今度こそ言葉を失くして凝視した。
喉はヒリヒリと痛むほど乾き、倒木のむこうの小菊や秋人の事を気にしつつも、話に聞き入り、続きを切望した。

「流鬼が復活した、子供が4人も崇り殺された。村の連中は恐れると同時に、そら見た事かって歓喜して村の外までそんなバカげた噂を流してさ。それを聞きつけて、興味本位でこの村に来たのが根岸って男さ。あれが小菊を襲ったのが14年前の今日ってのが、偶然過ぎて馬鹿らしくて反吐がでるよ。
小菊が、初めて泣きながら自分の腹を見せたのが翌年の春先だ。12歳の子に産むか堕ろすかなんて冷静な判断はできっこないよね。ちゃんとした知識もないし。
大丈夫、自分は産婆だし、産み月になったらちゃんと取り上げてやるし、その赤子はすぐに絞めて土に埋めてやるからって、言ってやったんだけどさ。小菊は次第に膨れる腹に怯え、学校にも行けず引きこもるようになった。
そこからだよ。小菊が鬼になる事を決めたのは」

―――鬼に、なる。
その言葉が意味することの残酷さに、飛田は脳天を殴られたような衝撃を覚えた。

キヨはタガが外れたように、そのまま喋りつづけた。

「流鬼って言う化け物は13年ごとに増殖し、自分の力を伝えていくんだって子供の頃に聞きかじってたもんだから、そこに何の矛盾も無くて、むしろこの流れは必然だったのよ。流鬼を封印した祠で生まれ、人を想いのままに殺める力を持ち、そして13で子を産む。あれは辱めを受けたわけではない。神薙ぎなんだ、自分は新たな流鬼を生むために男を利用し、貪り、使用済みの目障りな男は頭をかち割り、カラスに食わせてやった。そう思う事で小菊は自分を保ち、そして生まれて来る秋人を自分の血を受け継ぐ鬼だと受け入れようとした。
小菊の強情っぷりは育ての親の私でも恐ろしいくらいでね。本当に小菊は流鬼なんじゃないかって思いながら、今日まで傍で見守って来たわ。ある種の自己防衛本能何だろうけど、呆れるほど完璧な流鬼だったよ。
だけどやっぱりね。秋人を受け入れるのは難しかったみたいよ。その辺やっぱり人間は脆いね。小菊が子を産み落としてすぐに秋人の首に手を掛けたりして暴れて、なだめるのに大変だった。秋人を殺すのは簡単だったけど、そこで自分を流鬼に仕立てる小菊の欺瞞も終わってしまうでしょ。秋人は、小菊が望んでこの世に生み出した、流鬼の末裔でなけりゃならなかった」

飛田は淀みなく平然としゃべるキヨの言葉を聞きながら、なすすべもなく打ちのめされた。
信じられない話してはあったが、今この女が嘘を語っているとは微塵も思わなかった。ここにすべての真実があるのだ。
そして改めて途方に暮れる。あまりにも多くの感情や疑問や怒りが、自分の中に煮えたぎって来るのをどう処理していいか分からなかった。

数メートルほど横で健造の傍にへたり込んでいた和貴も、キヨの言葉が耳に届いたのだろう。気付くと血走った視線をこちらに向けていた。和貴が睨んだ先にいるのはキヨだったが、怒りをぶつけたい相手は他に居るように飛田には思えた。

倒木の向こうは煙幕で隠され、小菊や秋人の様子は全く分からない。
そしてこちら側は依然として炎の恐怖にさらされていた。

退路を塞ぐ炎はまるで煙のむこうの秋人たちの感情を表す様に、広がりもせず衰えもせず、こちらを伺ようにそこに留まっている。
一発触発の気配を感じたが、身動きが取れない。そして動くつもりもなかった。
まだもう少し余裕があるなら、今この時に、キヨの中にある情報を全て引き出したかった。

「秋人はどう思ってるんだ。本当の事を知ってるのか?」
キヨは話し疲れたのか、少し面倒くさそうに眉根を寄せた。

「秋人を出産したのも12歳まで育てたのもこの村じゃなかったけど、母親が鬼だってすり込まれて育ってるから、自分は神薙によって生まれたんだと信じ込んでる。小菊に恐ろしい力があるのを知ってるから、微塵も疑っちゃいないよ。
小菊自信も、早い段階ですっかり自分を洗脳して流鬼になり切ってるし、秋人にも、なぜお前には私のような能力が無いのかと罵ったこともあるよ。人を殺せるくらいの力がないと出来そこないだってね。人間にない強い力を持ってこそ価値のある流鬼だと小菊は思い込んでるから」
「でも秋人には……」

「そう。秋人には小菊とは違って、炎や熱を放つ力がある。これがいったい何の因果なのか、あるいは本当に小菊が伝説の移民の末裔なのか。その辺は調べようがないんだけどね。とにかく、小菊が流鬼なら、秋人にはまるで須雅神社の主神、カグツチのような力があった。
でも、あの子の性格なのかね。その力を必死で隠し続けて来たから小菊は気づいてもいないよ。秋人を育てた私しか知らない。秋人は鬼にはなりたくないってよく泣いてたよ。普通に人として学校に行き友達を作って大人になって仕事をして。当たり前な、普通の願いだけど、切実だったんだろう、秋人には。

実際新しい土地でも、近所で何人か小菊の仕業かもしれないと思う不審死が幾つかあったし。今までどこに行っても母親の奇行や噂に妨害されて、街の学校でもいじめられ続けてきたからね。
だからこっちに越してきた春、和貴が友達になってくれたんだって言って凄く喜んでたよ。この村を好きになりたいって言ってね。
更に強靭な流鬼を生むべく、腹には秋人の子を孕んでいたし、小菊もしばらくは大人しく引きこもって、秋人が願うように穏やかに過ごせるって思ったんだけど。
そうもいかなかったね。何の因果か、和貴は健造の息子だって言うじゃないの。運の無い子。ほんと、笑うに笑えない」

「何でだよ。何で今更そんなこと言うんだよ!」
和貴の吐き出すような怒号が飛んできた。いつの間にか仁王立ちしてキヨを睨みつけている。

「鬼だって! そう言うから俺だって父さんだって! それに父さんは本当に14年前その男と小菊の一緒にいるところを見ちゃって、それで怯えておかしくなっちゃったんだ。仕方ないじゃないか! 男が殺されて血まみれになるところ見ちゃったんだから! 仕方ないじゃないか! 今更鬼じゃないなんて、襲われた被害者だなんて言われたって!」
和貴が喉が張り裂けんばかりの勢いでキヨに叫ぶ。

けれどやはりキヨは戸惑う素振りもなく、冷笑さえ浮かべて事も無さげに言った。
「健造は全部分かってたわよ。気づかないはず無いでしょ」
「うそだ!」

「小菊は心ん中で必死に健造に助けてって言ったの。けれど健造はその男と一緒に小菊を犯したのよ。ずっと視姦しながらおっ立ててよだれ垂らして。小菊はすべてをまだ覚えてるはずよ。体が解放されて、恐怖心が怒りに代わってようく男だけは始末したけど、もう健造に構うほどの余力も気力も残っていなかったらしい」
「ウソだ!」

「あんたらはみんな都合のいいように見たものや記憶を書き換えるからね。本当の事だからこそ今まで後ろめたくて健造は誰にもこのことを言わなかったんじゃないの? その癖、小菊の恨みを買ってる事だけは認識してて、復讐を馬鹿みたいに恐れてさ。醜いッたらありゃしない。根岸を殺したのは小菊だけど、あの時小菊を鬼に変えたのは、その男と健造なのよ」

その時ゴッという音が響き、カラスが数羽、秋人たちがいるはずの祠の裏手の繁みから湧き立つように飛び立った。
今まで耐えるように佇んでいたご神木のクスノキの一部分が突如、勢いよく火柱を吹きあげたのだ。

「秋人! 小菊さん! ……なんであっち側に火が上がるんだよ。秋人は火を操れるんじゃないのか?」
飛田がキヨに詰め寄った。
「未熟だったね。制御はできなかったか」
キヨが嗤う。気でも違ったのかと爆発寸前の怒りを抱えながら、飛田は無我夢中で先ほど倒れたクヌギの方へ駆け寄った。その向こう側、クスノキの近くに二人は居るはずなのだ。密集した藪と崖に囲まれて、退路があるとは思えない。

「秋人! 小菊さんを連れてこっちへ来い! もう何も心配いらないから!」
叫びながら飛田は進もうとするが、しかし何をトチ狂ったのか、それとも守る気でいるのか、次々襲い掛かるカラスどもに阻まれて一歩も進むことができない。

「秋人! こっちに来い!」
再び叫びながら手でひたすらカラスの攻撃を防御したが、その暴徒の数は更に増えていく。

「くそっ!」そう叫び闇雲に手を振り回したタイミングで、当たった感触もないのにギャアと声を上げてカラスが弾き飛ばされた。
飛田が振り返ると、カラスを太い木の枝でめった打ちに追い払っている和貴が目に飛び込んだ。
顔は先ほどの炎で焙られ赤らんでいたが、少年の目は今初めて正気を取り戻したかのように見開かれ、ギラリと異様な光を宿していた。
そして力の限り叫ぶ。
「秋人! 秋人、大丈夫なのか? 動けないんなら待ってろ。俺、そっちに行くから!」

けれど和貴の声をかき消す勢いでカラス達は鳴きわめき、飛びかかり、祠の近くに行く人間を阻んだ。
「やめろっ、このクソガラス! お前らいったい何がしたいんだよ!」
喚き散らしながら飛田も手でカラスの攻撃を払いのけていく。飛田の手はすでにひっかき傷だらけで、視線を移すと和貴は更に腕からも額からも血を滴らせていた。

「和貴、お前はいい。俺が行くから」
そう言う端から飛びかかってきた一羽の足をひっつかみ、地面にたたき落した。その時だった。
和貴が祠の方を見ながら叫んだ。
「秋人!」

倒れた大木を乗り越え、煙幕のむこうから秋人が姿を見せたのだ。
自分と同じくらいの背格好の、身重の小菊をしっかり支えこちら側にゆっくり歩いて来る。

「ああ……。秋人。良かった」
和貴が心からの安堵の声を漏らした。カラスはまだ行く手を阻んで激しく飛び交うが、もう急ぐことは無い。飛田は全身の筋肉が弛緩し、その場にへたり込みそうになった。この2人を確保できれば、あとは何とかなる。いや、何とかして見せると思った。

カラスを払いのけながら我慢できずに秋人の元に走り出した和貴も叫んだ。
「秋人、秋人ごめん!ほんとにゴメン! 帰ろう、小菊さんも一緒に」
語尾が震えている。心なしかクスノキの炎がスッと勢いを緩めたように飛田には見えた。

小菊を支えながら、秋人がゆっくり顔を上げる。
その表情は蒼白かったが、両の目は真っ直ぐに和貴を見つめ、そして秋人もまた言葉に言い表せない安堵の表情を見せた。

―――もう大丈夫だ。そうだろう、秋人。 きっとすべて修復できる。やり直せる。ここから。
嗚咽に似た熱い塊が喉元まで込み上げ、飛田も鉛のような足をゆっくり2人の元へむけ、踏み出した。

けれどたった一発の乾いた銃声が、それらすべてを一瞬にして掻き消した。

カラスが一斉に狂ったように鳴き、視線の先にあった白い服が瞬間赤い飛沫を噴いた。
小菊を支えていたはずの少年の姿は気づいた時にはもう地にうずくまり、その横で膝を折る小菊の服や頬は鮮血に染まっていた。

和貴も飛田も刹那戦慄し固まった。直後その空間に響いたのは、狂ったように怯えて叫んだ絹を裂くような小菊の声だ。

いったい何が起きたのか瞬時に理解できぬまま動かした飛田の眼が捉えたのは、口から泡を吹きながらも仁王立ちになり、猟銃を構えている健造だった。
すでに常軌を逸していた健造の血走った眼は、狙ったはずの小菊が無傷なのを確認すると手慣れた様子で弾を充填し直し、再び構えた。
小菊は腹を押さえ、数歩その場から退いたが、銃口は小菊を捉えて離さない。

「やめろ!!」
力の限り叫んだ和貴の声は無情にも無視され、発射された散弾の一部が今度は小菊の耳を貫き、弾き飛ばした。
小菊の悲痛なうめき声があたりに響く。
「やめろ!父さん!!」
再び和貴が血を吐きそうな声で叫んだが、動くものは息子でさえ撃ち尽くす勢いの狂人に、その言葉は通じるはずも無かった。
健造はまるで何かに憑りつかれた様に尚も弾を込めていく。

けれど耳から血を流した小菊に再び銃口が向けられる前に、影が動いた。
シャツの肩から腹までを真っ赤に染めながら、信じられない余力で立ち上がった秋人が、泡を吹きながら猟銃を構えようとする男を渾身の力で睨みつけたのだ。

ボッという音と共に健造の上着が火を噴き、うめき声を上げてその屈強ながたいが地面に転がった。
放り出された銃は暴発してカラス一羽を撃ち落とし、健造の火に引火して燃え落ちて行った。

「秋人!」
飛田と和貴が再び地面に倒れ込んだ秋人の元に駆け寄ろうとしたが、今までトロトロと燃えていたかがり火が4台とも突如火柱をあげ、まるで秋人の意思のように他者を拒んだ。
ついにその火柱は龍のようにうねって須雅神社の祠に引火し、その上空を覆うクスノキの葉を燃え上がらせた。けれど、もう秋人はピクリとも動かない。

「あきと」
消え入りそうな声で泣きながら、小菊は秋人に歩み寄ろうとするが、祠からの熱風に吹き付けられ、秋人の体から数歩後退していく。
飛び出した飛田が、火の粉を浴びながらそれでも秋人に近づこうとする小菊を抱き留め、その場から一気に引き離した。飛田の中に小菊への恐怖心などもう微塵も無かった。

「和貴、小菊さんを―――」
そう言って和貴に託そうとしたが、飛田より先に和貴は秋人の元に駆け出していた。

「秋人! 秋人! 一緒に帰ろう、秋人!」
声にならない声で叫ぶが、かがり火台も祠もまるで聖域を守るかのように激しく炎を噴き上げ、そしてやがてもう動かなくなった秋人の体をゆっくりと呑み込んで行った。

「秋人!」
尚も飛び込もうとする和貴の体を飛田は胸の張り裂ける思いで抱き留めた。和貴まで死なせるわけにはいかない。

秋人の体はもう完全に炎に包まれ、どうすることもできなかった。
何度も何度も和貴が秋人の名を呼ぶ。
その声はあまりにも悲痛で、飛田自身、体の震えと怒りと悲しみで気が狂いそうだった。
自分の父親の事はもうその存在を意識から捨て去ることで最悪の制裁を下したように見えた。
その証拠に、燃えてしまっただろう健造の事を和貴は振り返りもしなかった。
あまりにも悲壮で救いの無い現実だった。

けれどただ一つ。目の奥に焼き付いた光があった。
炎に包まれる前に、横たわった秋人の頬が、僅かに微笑んだように見えたのだ。
それは錯乱して気がどこかおかしくなっていた自分の目の錯覚だったのだろうか。けれど確かにそう見えた。
小菊が秋人の名を泣きながら呼んだ、その少し後だったろうか。

この瞬間も、秋人の元へ行こうともがく和貴の体を、飛田は力づくで抑え込む。
目の前のあまりにむごい光景に目を向けることなど出来ず、自分こそこの惨劇と怒りに震えながら、飛田は和貴を組み伏せる腕に、渾身の力を込めた。

目の端で小菊に歩み寄るキヨを確認し、ひとまず安堵はしたが、息もできないほどの熱と煙が押し寄せてくる中、やはり動くことも力を抜くこともできない。
そのうち、狂ったように暴れていた和貴の体がふっと動きを止め、そしてそれは痙攣に代わった。

「ひもが……」
和貴が打ち震えながら、茫然とした声で言った。
「足に、あいつ、まだしてた……」

秋人のいたほうを振り返ったがもうそこに生前の秋人の姿を見ることはできず、飛田は力なく崩れ落ちる和貴をただ抱き留めた。

和貴は目をそらさずに見届けていたのだろう。秋人が燃えていく様を。
そしてその足首に、和貴が友への戯れとして結えた紐を見つけてしまったのだ。
友情の証だとして、秋人が外さずにずっとつけていた、赤い組み紐。

どうして今なのだろう。もっと早く、秋人たちの本当の姿を見つめることができていたら。

けれどもう何を思うのにも遅く、そして飛田の気力も限界に来ていた。
煙を吸い込んだ体は思うように動かず、震え続ける和貴の背を抱いていてやることだけで、精いっぱいだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
長い長い29話にお付き合いくださって、本当にありがとうございます。

あまりにも短い時間に、5人の人間の感情を凝縮したので、取りこぼした説明(表現)があったかもしれません。
(この部分は、今後も修正を重ねると思います(;'∀'))

今回は重要な部分でしたが、とても中途半端なところで終っています。
だから、コメント欄を閉じておこうと思います。
(拍手コメは開けておきますので、もし何か、分かりづらい所とか、疑問がありましたら、教えてください(*´ω`*))

次回が最終話になります。
エピローグと合せて更新しますので、かなり長いと思いますが、お時間のある時に、お立ち寄りくださると嬉しいです。

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流鬼 第28話 業火 

流 鬼  《連載中》

「和貴!」
低木の藪を曲がったところでようやく追い着いた飛田が和貴に触れると、その肩はガチガチに固まり、震えていた。

「和貴、どうした。健造さんの声がしたように思ったけど」
「父さんが……」
「どうした」
「俺に銃を向けた」
「まさか」

「俺の事が分からなくなったみたいな顔して、俺の顔に銃口を向けたんだ。カラスに襲われて頭も顔も血だらけで、……もう普通じゃなかった。小菊に何かされたのかもしれない。もう頭を掻き壊されて、狂っちまったのかも。だってあんなの、父さんじゃない」

半泣きで震える和貴を落ち着かせるために一度強く肩を抱き、ここに居ろと言い含めて飛田は走り出した。待って、と叫ぶ和貴に構う余裕もない。

息子の顔面に猟銃を向けるほど理性を失った男が、小菊や秋人に何をしでかすか、考えただけでも恐ろしかった。
今ばかりはカラスの暴徒化を有難く思った。カラスはどうやら健造を敵と認識して襲っているようだった。
あの男を食い止めてくれ。そう祈りながら飛田は足場の悪い山道を登った。

あと少しで祠のある平地だ、という所で突然、複数のカラスの激しい声と一発の銃声が轟いた。
駆け上った飛田が目にしたのは頭や顔を血まみれにして銃を構えている健造だった。
その足元にはどうやって叩き落としたのか、5、6羽のカラスの死骸が転がっている。

小菊やキヨや秋人は近くに身をひそめていると思われるが、身を隠せる場所と言えば祠か、その数メートル後ろのクスノキくらいしか見当たらなかった。
健造は忌々し気にカラスの死骸を蹴散らし、銃口を祠の方に向けてにじり寄っていく。
飛田は青ざめて叫んだ。
「健造さんやめろ! あんた自分が何やってるか分かってんのか」

けれど叫び終わらないうちに健造の銃口はくるりと飛田の方を向き、何を思う間もなく銃声が轟いた。
どっと全身から発汗し、飛田はその場にへたり込んだ。
脇腹を風圧がかすめていった感覚が鮮明に感じられ、無傷なのは分かっていたが急に体に力が入らなくなった。
心臓が無意味に激しく鼓動し、そのくせ足腰は萎えてガクガクと震え、立つことも叶わない。
完全に恐怖に支配されていた。

健造はすぐさま弾を詰め替え、もう飛田のことなど眼中にない様子で祠の方ににじり寄っていく。
一瞬見えた健造の目は血走り、視点が定まっていなかった。理性など消し飛んでいるに違いない。
―――秋人! 
飛田は叫ぼうとするが声が出ない。
けれど突如、健造は激しく唸り声をあげ、頭を掻きむしり、その場に倒れ込んだ。カラスが襲ってきたわけではない。

「母さん、やめて!」
祠の後ろから飛び出した秋人が、クスノキの影に向かって叫んだ。
祠から数メートル離れたご神木から姿を現したのは、キヨに寄り添われた小菊だった。見ようによっては怯えたキヨが小菊の影に身を隠しているようにも見える。
小菊のその表情は怒りのためか身重(みおも)の体調ゆえか、紙のように白く、血の気が感じられなかった。

ゆっくり歩み出た小菊は銃の横でのたうち回る大男を蔑むように眺め、小さく吐き捨てるように言った。
「お前など早くに潰しておけばよかった」

「母さんやめて。その人は和貴の父さんなんだよ!」
「だから?」
「だからやめてあげて、お願い!」
小菊は馬鹿らしいとでもいうように鼻で嗤った。
「母さん!」

秋人の叫びと共に祠の傍で僅かに揺れていたかがり火台の炎が突如ゴウと勢いよく火柱を上げ、祠周辺に火の粉を散らした。
「秋人! やめなさい!」
叫んだのはキヨだった。
今まで小菊の影で気配を消していたキヨが顔を引きつらせ、秋人を諌めたのだ。

飛田は体を硬直させたまま、呼吸も忘れてその場に立ち尽くした。
このほんの20秒足らずのやり取りは、今まで由良家の周りで起きたすべての事件の憶測がもはや妄想ではないことを示唆し、飛田は背筋の強張る思いがした。

口から泡を吹きながら顔をゆがめ、狂ったように呻く健造を間近に見、胃液がせり上がる。
この健造の姿は、14年前の根岸の姿なのだ。
ひとつ呼吸をしたあとようやく我に帰った飛田は、ぐっと腹に力を入れ、後先考えずに大声で叫んでいた。

「小菊さん、やめろ! もうやめてくれ。あんたはそうやって14年前の今日、同じように根岸を殺したのか。儀式の供物にしたのか? なんで根岸だったんだよ。この村とは何の関係もないじゃないか。あんた分かってんのか? 自分で自分の首を絞めてんだよ。そうやって簡単に人を殺したりするの、もういい加減やめろよ。いくら言ってももう根岸は帰ってこないけどさ、でももうやめろよ。どこ行ったって苦しいだけだろ。あんたが鬼だってなんだっていいよ。それはもう仕方のない事なんだろうし。でももう人を狂わせたり供物にしたり殺したりするのはやめてくれよ。この時代に生きていくんだったらさあ。自分のためにも、秋人のためにも――」

「飛田さん……」
秋人が祠の横から歩み出て、神妙な表情で立ち尽くす。

飛田は人形のように表情を失くして佇む小菊をそれでも睨み続けたが、にわかに顔をゆがめたと思った小菊の口から漏れてきたのは甲高い笑い声だった。

「何がおかしい! 俺の言ってることが可笑しい事なのか?」
抗議の声をあげた途端、唐突に耳の奥に激しい衝撃を感じ、飛田はそのまま平衡感覚を失って地面にもんどりうった。
肩、ついで額を地面に打ち付け、鼻の奥にきな臭い匂いが広がった。
カラスでも飛びかかってきたのかと眼球を動かすが周囲には何も変化がない。左耳の奥が激しく疼き、幕が張ったように周辺の音がくぐもる。
秋人が「やめて!」、と小菊に懇願する声が遠くに聞こえた。

―――そうかこれが小菊の力なのか。
死の恐怖を漠然と感じたが、ここでくたばるつもりは無かった。

もういい。秋人だけ連れてここから離れよう。相手は人間の感情を理解できない鬼だ。
力を振り絞って立ち上がり、秋人の方に歩み出た時だった。飛田の後方に視線を走らせた秋人が目を見開き、固まった。

殺気を感じて振り向くと、転がったままの男の脇に和貴が立っていた。和貴が父親譲りの逞しいその腕に構えているのは、健造の散弾銃だった。
構え方は健造のものと寸分たがわず、どこかでしっかり教え込まれたのだと瞬時に感じた。
その指はしっかりと引き金にかかり、そして銃口が向けられているのは秋人の斜め後方に立つ小菊だった。
あまりに信じがたい光景に飛田は咄嗟に固まった。動いたのは秋人だ。

「和貴!」
ひと声叫んだ秋人が小菊の前に飛び出して立ちはだかり、飛田は全身が総毛立った。
もうやめてくれ!
声にならない叫びと共にバサリと羽音を響かせた黒い影が飛田の前をよぎった。

短く鋭い和貴の声と共に乾いた銃声がさっきまでくぐもっていたはずの鼓膜を激しく震わせた。無数に中空に舞い散る黒い羽根。
そして数メートル弾き飛ばされバサリと地に落ちてきたカラスの足には、血かと見まごう鮮やかな赤い紐が巻かれていた。
無数の散弾を呑み込んだ体はもうピクリとも動かない。

「ロク!!」
喉から絞り出した秋人の叫びが聞こえた瞬間、地面がゴウと揺れた。
同時に目もくらむ光がその空間を満たした。否、光だと思ったのは突如噴き出した炎だった。和貴の後方のクヌギの枝が数本、爆発するかのように燃え上がったのだ。

訳も分からぬまま熱風に襲われ、銃を取り落した和貴はふたたび叫んでその場から退いた。
その和貴を秋人の視線が追う。それはつい数時間前までの穏やかな少年のものではなかった。
いきなり理不尽な戦場に放たれ、絶望を突き付けられた人間の目だ。

「和貴! なんでだよ!」
秋人は喉が裂けるのではないかと思うほど悲痛な声で叫ぶ。
激しい火柱におののき、木の根に躓いて倒れ込んだ和貴のすぐ横の木が、次なる秋人の叫び声と共に、一気に燃え上がった。
今度こそ飛田はその瞬間を目の当たりにした。青々とした木の葉が突如着火し、唸りながら激しく燃え上がる様を。

秋人の叫びと同時に蒼白い閃光が見えた。それはまるで落雷の前の放電のようでもあり、莫大なエネルギーの放出のようでもあった。

伝説の鬼? ―――本当にそうなのか? 
あまりに壮絶な光景を目の当たりにして飛田は、逆に頭の芯が冷え、冷静になるのを感じた。

今目の前で起こっている説明のつかない現象を、不可解だからと安易に昔話の中に投げ入れてしまってもいいのか。
いや違う。そんなことではないのかもしれない。
そしてそう思うと同時に、ある記憶が目の前の現象と重なった。

激しい感情を制御できず、その体からエネルギーを放出させてしまう人間―――。
そうだ、十年以上前、自分の体から発火して、家を全焼させてしまった幼児がいた。あれはインドの少女だったか。
その不可解な火事を報じる記事をきっかけにその手の能力者の話に興味を持ち、飛田は科学雑誌を読み漁った事がある。
もう10年ほども昔の話であったため、記憶の隅に追いやられていた。

パイロキネシス。
まさしくその力に酷似して見えた。秋人はサイキックなのか。それならば小菊は何なのだ。この母子は一体……。

飛田は地を這う木の根に足を取られた和貴を、火の粉の中から引っ張り出し、秋人に向き直った。
「秋人、話をしよう。違うんだ、きっと何かがどこかで狂ってしまったんだ。俺たちは、なにかとんでもない間違いをしているのかもしれない!」

けれど秋人は何も耳に入らぬ様子で、地に落ち、ただの黒い塊になったカラスの死骸を震える手で掴み、ひしと胸に抱いた。
秋人の腕を赤い血が伝い落ちていく。

「和貴、なんで? なんで母さんに銃を向けた? なんでロクを撃った?」
「うるさい! 父さんを殺そうとしたバケモノのくせに! お前も小菊も腹の子も、みんな流……っ」

飛田は和貴の口を咄嗟に手で封じ、地面に押さえつけたが、その言葉が秋人の逆鱗に触れたのは明らかで、今しがたのぼってきた参道脇の木立にも閃光が走った。
乾燥していた初秋の木々は音を立てて炎を広げ、緑一色だったその境内を瞬く間に煙で包み、見る間に変容させていく。

先刻は秋人だけを連れて山から下りるつもりだった飛田も、もはや次にとる行動を見失った。
和貴だけを引きずって山を下りるか。怒り狂う秋人、そして煙のむこうに身を隠してしまった小菊たちに気を回す余裕は無かった。下手をすれば自分の逃げ道も断たれてしまう。

少し痛みのおさまった頭に手を当て、飛田が周囲を見渡した時だった。
飛田の十数メートル離れたクヌギの木立に火の玉となった枝が落下し、ぎゃあという声とともに、身をひそめていたキヨが煙の中から飛び出してきた。
そしてその直後、まるでタイミングを計ったかのようにクヌギの大木が根元から倒れ込み、どさりと音を立てて境内を二分したのだ。
小菊と秋人の姿は激しく燻るクヌギの煙幕のむこう側に一瞬にして消えてしまった。

飛田は反射的に地面に倒れ込んだキヨだけを抱き起こし、まだ火の回っていない崖の斜面に避難させた。
和貴は飛田の元から一旦離れ、健造の元に駆け寄った。グッタリしてはいるもののまだ呼吸は確かな事を確認した後、同じく斜面の方までその体を引きずり、炎から遠ざけた。
けれど体は限界のようで、和貴自身もその場にへたり込んだ。飛田の10メートルほど先だ。

「小菊さんは? あっち側に火は回ってないのか?」
まだわずかに息の弾んでいるキヨに飛田が大声で訊ねると、キヨは奇妙な事にさほど驚愕したふうでもなく、膝の土を手で払った。
その様子はまるで、迷惑をかけられたことに憤慨している通りすがりの他人のようにも思えた。

「さてね。火は秋人が制御するだろうけど、小菊は随分取り乱していたから、生きてたところであんたが下手に近づくと今度こそ取り殺されるよ」
そのキヨの言葉はギリギリのところで保たれていた飛田の冷静さを、瞬時に叩き壊した。

「キヨさん、あんたいったい小菊さんの味方なのか敵なのかどっちなんだ! 俺、今思ったんだが、あの二人はもしかしたら鬼とかそんなバカげたものじゃないような気がするんだ。なあ、違うのか? あんたは本当の所どう思って―――」
「ええ、分かってますよ。全部分かってますとも」
飛田に肩を掴まれたままキヨは薄く嗤う。

「分かってるって、いったいどういう事なんだよ!」
「怒鳴らないでよ、野蛮だね、男ってのは。どうもこうもないわよ。こうなったのはぜんぶ村の人間たちのせいよ。そして何処からか湧いて出た根岸って男のせい」

思いがけず出てきたその名に、飛田はゾクリと体が粟立つのを感じた。

「なんだよそれ。どういう事だよ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今年中にこの物語を終わらせようと思い、すこし1話が長くなってしまいました。
残すところ、あと2話。
次回は更に長くなります(>_<)  そして最終話はもっともっと長くなりそうです。ごめんなさい。(≧Д≦)  

次回はこの物語のクライマックスといえる部分になります。
そして最終話で、この物語が何だったのかを語ろうと思うのですが、……クライマックスの後が長いのがネック( ´ ^ `。)。
皆さんが飽きずにお付き合いくださるといいのですが。

今回も、長い一話にお付き合いくださって、ありがとうございました。(´▽`*)
※1日午前中に、かなりの個所を修正しました。

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流鬼 第27話 畏怖の正体  

流 鬼  《連載中》

方向は分からなかったが、銃声は早い間隔で2発、3発と続いた。

「違う。父さんの2連銃じゃない。宮野のじいちゃんたちだ。……今更。遅いのに」
苦々しげに和貴は言い捨てた。

確かに飛田も、こんなに増えすぎ、気の荒くなったカラスに銃で対処するのは焼け石に水だと感じた。
頭上ではでは高く低く、黒い煙のようにカラス達が乱舞している。

「カラスを祀る神社の本祭で、守り神のカラスが暴れ出して氏子に狩られるなんて、笑えない惨事だな」
「よそ者は笑っていればいいよ」
和貴は再び不機嫌そうに言い、坂を上り始めた。飛田はその後に続く。

「けど、こんな参道近くで銃をぶっ放したら危ないだろう。小菊さんたちや秋人だってこの周辺にいるかもしれないし」
「小菊は鬼だから平気なんじゃない?」
もう10メートル先に行っていた和貴が振り向く。
あくまでも小菊を呼び捨てにする和貴の目には、『人間以外』の血族への敵対心が強く浮かんでいた。

「和貴、それって本気で言ってるのか? ちょっと落ち着けよ。秋人のお母さんだぞ」
「あんたこそいったい、俺の話の何を聞いてたんだよ。あんたの友達は小菊に殺されたんだぞ。小菊は流鬼で、秋人はその子供なんだ」
「じゃあ、100歩譲ってその話が本当だとしてだ、和貴は小菊さんも秋人もカラスと同じように駆除すればいいと思ってるのか?」

思わず口を突いて出たその質問に、和貴は黙ったままじっと飛田を見つめる。
飛田は胸の冷えて行くのを感じた。すぐさま否定すると思っていたのだ。

父親から聞いた、根岸の最期の様子はそれほどまでにすさまじく、相当なショックだったのかもしれないが、それでも秋人はほんの少し前まで一緒に通学していた友人だ。その友人や家族に、そんな冷徹な決断を下せるのだろうか。

飛田は小一時間前まで車のシートの助手席に座り、足首に赤い紐を巻きつけたままにしていた秋人を想った。親愛の印なのだと少年は言ったのだ。
例えもし14年前にこの山で起きたと言われることが事実だったとしても、秋人には何の罪もないではないか。

「和貴、待てよ」
すぐ後ろで2発、3発と銃声が響く。空へ向けられたものだと分かるが、背筋が冷たくなった。
「父さん、今日はこの周辺でカラスを撃つって言ってた。小菊たちもいるんだよね。鉢合わせるかもしれない。俺、行かなきゃ」
和貴はそう言うと細い参道を一気に駆け上がって行った。
健造に加勢をしなければ、という意味だったのだろう。

頭上のカラスたちは更に群れを成して飛び、せわしなく鳴き続けている。風がゴウとうなり、昼中だというのに黒い雲が垂れ込みまるで夕刻のようだ。
根岸が死んだ同じ日に、一体何が起ころうとしているのだ。
飛田はひとつ大きく息を吸い込み、不安を押し殺しながら和貴の後を追った。

              ◇

カラスが須雅山の上空で群れを成し、厚い雲の下を旋回し続ける。
古ぼけた祠を照らすのはとろとろと燃える4台のかがり火。そしてその前には生成りのワンピースを着た小菊が佇んでいた。

健造は14年前と同じくクスノキの影に身を隠し、祠の前の小菊を見つめていた。
小菊の傍にはキヨも寄り添っていたが、健造の目は小菊しか捉えていなかった。

小菊は12歳の少女ではなく、腹に子を孕むが故に不完全なシルエットを浮かび上がらせていた。けれどその美貌は目を反らせぬほど妖艶で見る者の気持ちを揺すぶり、腹の膨らみさえも隠微に思えた。
健造の目にはこの間も、あの14年前の、男とまぐわう小菊の姿が二重写しとなって網膜に映り込み、しだいに息が上がった。
猟銃を握る手が汗ばみ、滑り落ちぬように手に力を入れる。

息子の和貴に話したことに嘘偽りは無かった。けれどその時自分が同時にその光景に魅せられ、欲情してしまった事には一切触れなかった。

―――目の前で組み敷かれている少女は流鬼だ。流鬼が旅の男を喰らっているのだ。その捕食を見た俺がどんな感情を抱こうとも小菊に対して背徳を覚える必要ははない。
悪さをせぬように祠に閉じ込められたにもかかわらず、再びこの世に湧き出て悪さをし始めた流鬼の末裔、小菊。お前などに蔑まれる筋合いはない。化け物め。

由良家が越して来て以来夜ごと見る悪夢が、次第に自分を狂わせていくのを感じていた。悪夢が自分を殺す。小菊が怒っているのだ。
小菊と対峙する勇気など健造には無く、ここ半年無意味だと知りつつもひたすらカラスを狩った。
けれども、答えは出ている。災いの元は消すしかないのだ。村のためにも悪しき鬼は狩らねばならないのだ。


小菊もキヨも健造には気付く様子もなく、ゆっくりとかがり火に照らされながら祠に近づいて行く。
まるで何か特別な決まり事でもあるかのように小菊が祠に向かい両の手を差し出し、抱く様に広げる。
12歳のあの日とさほど変わらない細くしなやかな肢体でありながら、胸は生まれ出る子のためにふっくらと膨らみ、その腹と共に、白く薄い衣を突き上げている。その奇妙なバランスがさらに妖艶で、美しければ美しいほど恐ろしさも増し、健造の体を震わせた。

ガンベルトから弾倉を抜き取り、銃に充填すべくトップレバーを倒す。
カラスを撃つのと同じ手順で、それは無意識に行われた。

けれど先台を戻す衝撃音は無情にも木々に反響し恐ろしいほど大きな音を立ててしまった。全身が痛みを伴って発汗した。
小菊とキヨがこちらを振り向く。

しかしそれより早く健造めがけて威嚇を仕掛けたのは、上空を舞っていた無数のカラス達だった。
鋭いくちばしや爪が次つぎに頭をかすめて行く。
健造は痛みと恐怖で声を上げながら木の影を飛び出し、小菊たちの5メートル手前に転がった。

「健造!」
鋭く叫んでキヨが小菊の肩を抱き、退くのが見えた。けれども健造は絶え間なく襲い掛かるカラス達を銃で追い払うのに必死で、対峙どころではなかった。
銃身を振り回し、情けない声を張り上げながらその場からヨロヨロと走り出し、そのまま参道を下った。

目にする何もかもが恐ろしく、もう何を考える余裕も無かった。
よろけて走りながら引き金を引いたが、一発目は何ものにも当たらず、2発目は塊の中のたった一羽を撃ち落としただけだった。
ほんの一瞬カラスがひるんだ隙を見計らって弾を充填する。けれど埒があかない。こんなことをしている間に食い殺される。
絶望を感じたその時だった。聞きなれない子供の声が健造を呼んだ。

「おじさん。和貴のおじさん!」
秋人だった。

小菊にどこか面影の似た顔を青ざめさせ、走り寄って来るその姿は紛れもなく小菊の息子、秋人だ。
けれど健造にとって救世主などではなかった。

「くそっ! カラスをどけろ。こいつらを何とかしろ秋人!」
「でも、僕にはとても……。ねえ母さんは? おばあちゃんと母さんを見なかった?」
健造の頭上に群がるカラスを手で追い払う仕草は見せたが、あの鬼の身を案じるこの子供が猛烈に憎らしかった。

「知るかそんなもん! あいつらこそこのカラスどもに食われちまえばいいんだ! くそっ!」
カラスを払いのけていた秋人の手が止まり、その表情が泣きそうに歪んだ。唇をかみしめてひとつ健造を睨むと、そのまま何も言わずに坂の上へ走りだした。

絶え間なく襲い掛かるカラスに再び狙いを定めたはずの銃身が、無意識に走り去る少年の背を捉える。
けれど引き金に指を掛けた瞬間、その手にくらいついてきた小柄なカラスがあった。
力任せに払いのけると、その手は空を切ったが、バサリと飛び立った鳥の足に巻かれた赤い紐が僅かに見えた。
あの少年のカラスだ。赤い紐をつけたカラスは撃たないようにと、和貴に言われたことがあった。

「くそったれめが!!」
手の裂傷から流れる血を舐め、健造は再び血走った目を少年が走り去った参道に向ける。
思考は錯乱し、自分が今から何をしようとしているのかも分からなくなっていた。
ぐらぐらと視界がゆがむ。あるのはただひたすら体中の穴から噴き出しそうなほどの怒りのみだ。

「父さん!」
興奮した声で何者かが自分の腰に激しく抱き付いてきたが、ただそれが自分の子供だったかもしれないと思ったただけでそれ以上の感情は湧いて来なかった。
カラス同様、その子供の手も力任せに払いのけて健造は歩き出した。
人間を常に脅かし、自分勝手に殺していく鬼どもを消さない限り、この狂った日々は終わらないのだ。

「もう血だらけじゃないか父さん。もういいよ、死んじゃうよ、帰ろう! ねえ!」
そう言って再び腰に抱き付き引き止めてくる声が煩わしくて、その鼻先に銃口を向けると、その餓鬼は途端に大人しくなった。
青ざめて自分を見上げるその餓鬼が次第に誰なのか分からなくなり、耳鳴りと眩暈が酷くなった。

小菊のせいだ。そして小鬼のせいだ。
この村が狂って行くのはぜんぶあいつらのせいだ。

健造は腹の中で罵りながら、秋人が向かった方向へ再びヨロヨロと歩き出した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
慌ただしくなって来ましたが、またコメント入れにくい回でごめんなさい(;´Д`)
(あ、コメントは気になさらないでくださいね。読んでくださるだけで有難いのです)

さて。ここはきっと耳が痛くなるほどカラスがうるさいと思います。
効果音を流せないのが悲しいけど……そんな効果音、いりませんよね(;'∀')



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流鬼 第26話 納得できない真実  

流 鬼  《連載中》

健造の銃声が聞こえなくなった。
移動しているのか、休憩しているのか。別段不思議ではないのに、和貴はなぜか胸騒ぎがした。

空を覆うカラスの乱舞が、和貴を更に不安にさせる。
夜千代村のカラスは常に群れ、そして気が荒かったが、これほど低空で騒ぎながら飛び交う姿を見たのは初めてだった。
健造が殺気立っている様子が目に浮かぶ。

目を凝らすと、特に黒くけぶっているのは須雅山の上空だ。
胸騒ぎはおさまらず、和貴は家へ向かっていた足を須雅神社に向け、走った。

山裾の鳥居を少し入ったところで和貴は、1人で喚いている老人に出くわした。猟友会部落長の宮野だ。
「何じゃこのカラスは。どっから沸いてきた」
老人は飛びかかって来る数羽のカラスを木の枝で追い払っている。

「宮野のじいちゃん!」
助けようとした和貴にも2羽のカラスがとびかかって来て、慌てて拾った小枝で応戦した。須雅神社に近づくほど、カラス達は攻撃的になっていくように感じた。

「おお和貴。これ見ろ、空にも腐るほど沸いて出た。ここのカラスはついに狂ったか?」
「ここのカラスはとっくに狂ってるよ。だから父さんが撃ちまくってるんだ。ここのみんなが父さんを変人扱いして、自分らは何もしなかったからだ」
「けど去年まではこんなことは無かったぞ。こんな虫みたいに湧いて出て凶暴になりおって、いったいどうしたってんだ」
「由良の3人が引っ越して来たからだよ」

和貴は自分の言った言葉に自分が驚きながら、その事実を噛みしめた。
自分の奥底に「言ってはいけないと」無意識にしまい込んでいた本心だったのかもしれない。けれどタガは容易く外れてしまった。

「流鬼が帰って来て力を増したからだよ。そうなんでしょ? そう最初に俺に言ったのは、ヨシ江さんや宮野のじいちゃんや、村の人たちだよ。ただ根拠のない噂話を言いふらしていたわけじゃないんでしょ?」
「いや、……そうなんだが。まさか、本当にここまで奇妙な事になるとは……。なあ。とにかくワシは銃を取りに家に戻る。このあと神主連れに行って本祭の締めの準備するつもりだったが、こりゃあカラスを先に何とかしないとどうにもならん。和貴は家に戻れ。これから役場に声かけて猟友会のもん集めるし、畑や田圃で誰か見かけたら危ないから山には近寄るなって声かけてくれ」

宮野は泡を食って家の方へ走って行ったが、和貴は引き返す気などさらさらなかった。
飽きずに騒ぎ立てる夥しい数のカラスを睨みつけ、更に頑丈そうな木の枝をひとつ拾うと、神社に続く参道を登って行った。

銃声は途絶えているが、父親はこの山のどこかにいる。
祭りの当日なのに、須雅山付近で駆除をすると言って出かけて行った健造の気持ちが和貴には分かる気がした。

健造の目の前で、少女の姿をした鬼が、交わった男を惨殺し、カラスにその体を食わせたのは14年前のこの日なのだ。
鬼は無理でも鬼の傘下にある血に飢えたカラスを、この祭りのさ中に殲滅したいと思ったのだろう。不可能なのを承知で。

―――鬼は無理でも。
その言葉を噛みしめた瞬間、自分の中にある種の悔しさが滲んだことに、和貴は密かに身震いした。

              ◇

低く呻いて、健造は体を起こした。

体は斜面に生えた細い木の幹で、かろうじて食い止められている。ここで止まっていなければ、今頃ははるか下の岩の上に叩き付けられていただろう。
幸い猟銃は体の傍に転がっており、健造はそれを握って落ち葉で滑る斜面を登り始めた。

けれどもじっと木の上から様子を伺っていたらしいカラス達は、まるで何かに号令を掛けられたかのように再び健造の頭めがけ、飛びかかってきた。
「くそっ!」

健造を崖から突き落としたのも、この暴徒と化したハシブトガラスたちだった。須雅山に健造が入るのを拒むように、鋭いくちばしと爪で襲い掛かってきたのだ。

カラスを振り払いながらなんとか細い山道まで上り、銃を構えるふりをするとカラスは一斉にあたりの木々の中に隠れた。
まさかカラスが祭りの日を知っているとは思わないが、この狂い方は異常だった。
肩で息をしながら一旦茂みに身をひそめ、健造はミロク銃に弾倉を込めた。

恐怖心が怒りに変わっていくのを感じながら、健造が茂みから出ようとした時だった。緑の中に、白く揺れる影を見た。体中の血がゾクリと湧き立つ。
小菊。そしてキヨだ。

実のところ、恐れるあまりに村に帰って来てからの小菊をその目で見るのは初めてだった。
けれど小菊はすぐにそれと分かった。その容姿は12歳のあの日からさほど年月を感じさせず、まるで少女のままに見えたのだ。
その可憐さは逆に魔物じみてさえいた。

しかし、健造を心底驚愕させたのは、その可憐な細身の女の、不自然なまでに突き出た腹だ。
帰ってきた小菊が子を孕んでいるという噂は訊いたことが無かった。

ひと月ほど前に息子の和貴が、あの旅行者の二の舞にされるところだったと語ってくれたのは今朝方の事だが、その時の子のはずは無かった。
その腹はもう、いつ生まれてもおかしくないほどに膨れ上がっている。
和貴はただ遊ばれただけか、それとも自分への挑戦状のつもりだったのか、そのどちらを思っても震えるほどの怒りが再び込み上げて来た。
そしてそれと同時に健造は、なぜ今頃また小菊たちが夜千代村に戻ってきたのかをようやく理解した。

奴らは新たな鬼をこの地で産み落とそうとしているのだ。『帰巣』なのだと。
身の毛もよだつ嫌悪と不気味な興奮に打ち震えながら、健造は銃を握り締め、足音を忍ばせて小菊とキヨを追った。

                 ◇


半分だけ開けていたサイドガラスから、身を絞り出すようにして車の外に出た飛田は、秋人を追って山道を辿った。
雲の流れは更に早くなり、山の上空を飛び交うカラス達の声は凄まじかった。
クスノキの炭や薪を焚く祭りの期間は、その成分に触発されてカラスが騒ぐと聞いたが、この状況は異常としか思えなかった。

なぜ自分が秋人を追うのか分からぬまま飛田は、山のふもとの鳥居を抜け、緩い坂を登っていく。
参道に入ったあたりから、カラス達が数羽、威嚇するように頭をかすめて飛んでいった。足元の石を拾って投げてみたり、小枝を振り回すうちに、しばらくはその気配が遠ざかった。ホッとして、額の汗をぬぐいながら更に進む。
カラスの異常行動が不気味ではあったが、ここで引き返す気にはなれなかった。

見通しのいい曲道に出た時、遠くに少年らしい人影を見つけ、飛田は叫んだ。
「おい秋人! 待てったら」

けれど振り向いた少年は秋人ではなかった。
「あんた……飛田さん。なんで秋人を?」

飛田が追いついて来るのを待って、和貴は鋭い目つきのまま訊いてきた。手には頑丈そうな枝を握り締めている。
「さっきまで秋人と色々話をしてたんだけど、突然山に行くって走って行ったから。小菊さんやキヨさんを探すんだって言ってたし、俺もちょっと心配になってさ。小菊さん臨月だし」
「臨月って……小菊が?」
弾かれた様に目を丸くする和貴に、飛田は違和感を覚えた。

「知らなかったのか? 秋人に聞いてない? もう、すぐに生まれてもおかしくない」
「鬼って……2か月くらいで子を産んだりしないよね」
「は? なんの冗談だよ」
微妙な笑いを浮かべて飛田は和貴を見たが、その目はふざけている様には見えなかった。友人の親を迷わず鬼と断定した言い方が、やけに辛辣に響く。

「小菊さんは1か月や2か月で子を産んだりしないよ。どうした? 和貴」
「そうだよね。……いや、8月に見た小菊さんは、全然そんな風に見えなかったから。……ああ、そうだよ。秋人だって生まれたのは9か月後の6月だし」
記憶を辿るようにしきりに目を動かしながら、和貴は自分を納得させるようにつぶやく。その言葉に飛田は反応した。
「何から数えて9か月後?」

和貴が飛田を見つめる。空を覆う雲とカラスの影を映したように顔面は青黒い。飛田の鼓動が早まった。

「なにが。……何でもないよ」
「9月30日。ちょうど14年前の今日、俺の友人が須雅神社の下の崖で死んだ。これは前言ったよね。その体はカラスに食われた。祭りのかがり火が焚かれていて今日みたいにカラスが興奮してたから、カラスが根岸を襲って殺したんじゃないかって俺は思ってる。根岸が小菊さんの写真を撮ったのは前日だし、小菊さんとは何の関係もないよな」

和貴に「そうだ」と言ってほしかった。たとえ推測でも。秋人が語った事はすべて妄想だと思いたかった。

『根岸は神薙ぎに利用され、用済みになったから殺された』と秋人は言ったが、小菊がそんな鬼だとも、秋人がその果てに生まれて来た子鬼なのだとも思いたくなかった。
そんな事はあり得ない。狂っている。なにより根岸が哀れすぎる。

「飛田さんは、どっちの味方なの?」
和貴が、ひどく静かな声で飛田に訊いて来た。その目は今までにないほど真剣で、覚悟を決めようとしているようにも見えた。
「俺は何が真実なのかを知りたいだけなんだ。伝説とか根拠の無い噂とか誹謗中傷とか、もうたくさんなんだ。本当の事が知りたいし、知らなきゃならないと思ってる」
和貴がにやりと笑った。
「じゃあ教えてあげる。父さんが14年も黙っていた事だけど、本当の事は伝えなきゃならないと思うから」
「……なんだそれ」

「父さん、14年前の今日、ぜんぶ見ちゃったんだ。小菊が旅行者の男をたぶらかして誘って、用が済んだら頭ん中吹き飛ばして殺して、カラスの餌にした。流鬼は13歳で増殖するんだ。そのためにあの根岸って人は利用された。考えてみたらこの村で小菊と交わろうなんて思う男はいないもんね。かわいそうに。その結果生まれたのが秋人なんだ。秋人も人間なんかじゃない。鬼だよ。学校で秋人をからかった先輩が殺されかけた。あいつを怒らせると殺されるんだ。
小菊はまた子を産むんだろ? 化け物が増える。そしてまた人が死ぬ。この村はきっとそのうち鬼以外、居なくなるよ」
和貴は喋りながら、怒りなのか恐れなのか拳を握って小刻みに震えていた。

「和貴はそれを信じてるのか? 秋人は友達だろう?」
けれどこの状況で、その言葉はただ白々しく響いた。
和貴にしても、面白半分で語っているわけではないのだ。そして飛田自身も、それを一掃する言葉など持たなかった。

なにより、秋人の言葉とすべてが一致している。
やはりそうなのだろうか。小菊は流鬼で、根岸は供物になり、そして秋人が生まれた。
けれど小菊は秋人の力の弱さに落胆して、更なる力の流鬼を生み出そうとしている。
愛の結晶などではない、これはおぞましい血族の増殖なのだ。

暗澹たる思いの中で、飛田の脳裏に疑問が一つ生まれた。

「和貴。一部始終を健造さんは見たって言ったよな。なんで今まで黙っていたんだろう。そんな恐ろしいことが起こっていたんなら、まず誰かに言うだろ。根岸の死体が見つかった時、なぜすべて話してくれなかったんだろう。警察では信用しなくても、村の人なら理解してくれただろうに」
「そんなの、報復がこわかったのに決まってるだろ。小菊の恨みを買うことがどんなに怖い事か、あんたには分からないんだ」

本当にそれだけだろうか。
「だけどさ……」
飛田が続けた言葉を遮るように森の中で銃声が響いた。上空を覆うカラスが波打つようにうねり、口々に鳴く。

「今のあれ、健造さんだよな」
飛田が問うと、和貴は獣のように耳をそば立てた。




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今回はいわゆる、照合の回でしょうか。
和貴が鬼の妊娠期間を聞いた裏には、いろんな不安があったわけですが。
飛田視点なので全部説明できなかったのが残念。
(あの時は未遂だったから心配するような事じゃないのに、鬼だからもしかして……とか、脳裏によぎった和貴のおぼこい焦りとか^^)←妙に細かく説明したい衝動に駆られる作者

物語はじわじわと、佳境に入っていきます。

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(雑記・イラスト)そしてハロウィン 

☆雑記・四方山話

みなさまこんばんは~。
本当に雨や台風ばかりの10月ですね。週末もお天気が心配……。

そんな荒れ模様の10月。
私の中でも、すごく悲しい事があった半面、ずっと夢見てたコンサートに行けたりと、感情揺さぶられて大変な月でした。(あ、まだ終わってないけど)

今日は、楽しかった思い出をちょこっと載せてみます(*'‐'*)←バカだなあ~って笑ってやってくださいw

14日、すっかりハマってしまったヒップホップグループ、BTSの京セラドームコンサートに行ってきました^^
最高のダンスパフォーマンスと楽曲で世界中に愛されているK-POPグループなのです。
どれだけ彼らに心酔してるかを書くと、きっと引かれてしまうので、ここではぐっと我慢 ( ;`Д´)

でも、本当に夢と涙と感動の、最高の2時間でした。
10代~20代のファンの女の子たちに混ざって、いっぱいはしゃいで来ました。
終わった後はまた抜け殻になっちゃいましたが、行けてよかった(*´ω`*)

ドーム1

ドーム2
最高の歌とダンスと愛をありがとう (゚´Д`゚)゚。



さて、それでは10月末恒例の、ハロウィンイラストを置いて行きますね(´▽`*)

久々の水色ネコ。今日は黒猫コスプレで、ちょっと不敵な笑みww

あ~あ、緑ネコが、あんなことに…… (´゚∀゚`;)


ハロウィン水色ネコ1200






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流鬼 第25話 神薙ぎ 

流 鬼  《連載中》

「根岸が父親。……小菊さんがそう言ったのか?」

飛田はやっと手に入れた真実をどう受け止めようか狼狽えながらも、あくまで静かに秋人に尋ねた。
本題はここからだ。訊きたいことは無数にあった。

「つまり14年前小菊さんが根岸と出会って、その……」
「神薙ぎなんだ」
「え?」
「必要な神事なんだって。母さんが母さんであるために。……だって13歳になっちゃうから。新しい力を生んで繋げなきゃいけない。一人だと、とても弱いから」

「なあ秋人、13歳になるまでにって、何なんだ。それは流鬼だからなのか? そういう決まり事なのか?」
「そうだよ。村の人もキヨもみんなそう言う。母さんだってそう言った。でも何の決まり事なのか僕にはわからない。もしそんな決まり事があったとしても、じゃあなんで神薙ぎの相手を殺さなきゃならないの! なんで母さんは僕を嫌うの!」

秋人の膝のロクが主の興奮を受け取ったかのように、ひと声鳴いた。

妙な納得と共に、ある種の嫌悪が体中に広がり、じわりと発汗した。
車内の温度が異常に上がっているように感じられた。

「秋人。14年前のその儀式の一部始終を君は聞いたんだよな。それは確かなのか? 誰が言った?」
秋人の膝のカラスが瞬幕を瞬き、口をあけて威嚇の体勢を撮ったが、秋人はすぐさまそれを抑え込み、大きくひとつ呼吸をした。

「人間は不浄だし、不浄なものに神薙ぎの記憶を持たせたまま生かしては置けないって。……母さんとキヨがそう言った。でも、じゃあなんでそんな人間を儀式に使うんだよ。不浄な人間なんか使わなきゃいい。僕なんか産まなきゃいい。
そんな人間なんか使うから僕みたいに何の意味もない子が生まれるんだ。僕だって流鬼なんかなりたくて生まれてきたわけじゃない!」

ロクが今度こそ制御不能に暴れて羽ばたき、フロントガラスに体を打ち付けた。車内には何故か焦げたような匂いが充満し、滝は慌てて窓を全開にした。ロクはそれでも車外に出て行かず、またすぐに秋人の膝の上で飛田に威嚇ポーズをとる。

心臓がバクバクする。情報を処理しきれずに、次第に胃のあたりが不快になって行くのが分かる。
この少年に対する恐れなのかもしれない。

「落ち着けって。秋人くらいの子供は大なり小なりみんな親からの愛情に疑問を持つもんなんだって。きっとどこかに間違いがあるんだ。もしかしたら全部が間違ってるのかもしれない。
いいか、この科学の時代にそもそも鬼なんてものが存在するって思う方がおかしいんだ。昔話や都市伝説なら面白いかもしれないが。どこかの時点で間違ってるんだ。全部迷信で、思い違いなんだよ」

そうだ。きっとそうなのだ。そんな残酷お伽噺に紛れて、根岸の死が処理されていいはずがない。これはやはり、殺人事件なのだ。罪があるならばきちんと法に従い償わなければならない。

けれど、現世から切り離されたこの村で、それはどこまで可能なのか飛田には分からなかった。
震える手でクーラーのスイッチを入れ、とにかく呼吸を整えた。
秋人は汗ひとつかいていない。その蒼白い顔を左右に振って、ゆっくり否定の仕草をする。

「母さんは人間じゃ無いんだと思う。簡単に人を殺すんだ。手も触れずに」
「……そんな」
「それが流鬼の力なんだって、キヨが言った。子供の頃に酷いいじめっ子を4人殺した。噂が鬱陶しくて住みにくくなってきたから、僕がお腹に居る間に、キヨが昔いた街に引っ越したけど、行く先々の学校で母さんは他の人と問題を起こして、やっぱり何人も死んだ。だんだんその街でも怪しまれ初め、住みにくくなって……」

「あ……秋人、ちょっと待ってくれ! それって……。そんなことってあるのか? いや、ありえないと思うんだけど。手も触れずにって」
「簡単なんだ。母さんには。頭の中の血管をちょっと裂けばいい」

飛田は絶句するしかなかった。
確かに根岸の時も耳から酷い出血があったと聞いたが、転落の衝撃なのだと誰もが疑わなかった。
納得するどころか逆に今、横に座る少年の言葉すべてが飛田への悪い冗談にしか聞こえなかった。
信じろと言う方が難しい。

「秋人。お前はいったいどう思ってるんだ。自分の家族のこと」
「変な事聞くよね」
秋人は一瞬、泣きそうな顔をして笑った。
「どう思ってたらいいの。二人は、僕の家族だよ。母さんは……母さんでしかない」
「……ああ。うん、そうだよな。悪かった。つい」
咄嗟に飛田は声のトーンを落とした。確かに酷な質問だ。

「僕にも分からない。これからどうしたらいいのか。この村と関係のない飛田さんに、本当の事を調べて教えてほしかった。僕は何者なのか。どうすればいいのか。だから話したのに」
「そうだった。それは分かってる」
「まだ足りない?」
「……そうだな。まだ出会ったばかりだし。秋人とも、小菊さんとも」

ゆっくりと深呼吸しながら飛田は言葉を選んだ。
自分はもしかしたら、とんでもないものに首を突っ込んでしまったのではないかという不安を鎮めるために。

「でももう、悩むこともないのかな」
ふいに秋人は静かな声で、フロントガラスの向こうの曇天を見ながらつぶやいた。

「今夜が須雅様の本祭なんだ。ほら、カラス達が騒ぎ始めてる。母さんのお腹の子も、もう生まれるかもしれない。そしたらきっと僕はもう、用済みになる」
「用済みってどういう意味だよ。一体誰がそんなことを。秋人は小菊さんの子だぞ?」

「根岸さんは殺されたよ」
「でもそれは……。え……」
飛田の中にひらめいた、およそ信じられない考えが体を電流のように貫いた。

「小菊さんのお腹の中の子って、まさか」

バシンと大きな音を響かせて、空からフロントガラスに黒い影が体当たりしてきた。飛田はビクリと体を跳ね上がらせた。
カラスだ。
ロクが狂ったように暴れ、車内で羽ばたいた。

「なんだ!」
ふと空に目を向けると台風接近の余波のせいか、どす黒い雲が恐ろしい速さで流れ、そしていつの間に集まったのか何百何千というカラスが遙か上空を飛び交い、空を更に黒く煙らせていた。
あまりのおぞましい光景に、飛田は喉の奥で低く唸った。

「認めてもらいたかった」
秋人が空のうねりを見上げながら小さくつぶやく。
先ほどの飛田の質問の答えなのだ。飛田は息を止めて秋人を見た。

「強い力がいるんだ。濃い血が必要なんだって、13の冬に母さんが僕に言った。お前の血が必要なんだって。だから」
「だから? 秋人それ……お前正気か? そんなことまでして」
「そんなことまでしても、僕は自分が存在する理由が欲しかった」

「馬鹿げてる。それこそ狂ってる。お前は根岸の子だ。人間だ。そんな真似しなくたって普通に生きればいいじゃないか。婆さんや母親が狂ってるんだったら出て行けばいい。俺でいいなら面倒見てやる!」
「ぼくは人間?」
「当たり前じゃないか! 他に何だってんだ」
何の迷いもなく吐き出した飛田の言葉に、秋人はニコリと笑った。

それは呆れるほど幼くて純粋な、ごく普通の中学2年生の笑みだった。
躊躇う様子も無く秋人はドアレバーに手を掛ける。

「ありがとう。最後に全部話せて良かった」
「……え、おい、どこ行くんだよ。これからちゃんとお前の身の振り方を考えよう。そういう相談所あんじゃん。それなりの手続き取って、生活変えて行かなきゃ……。おいって―――」

けれど秋人はドアを開けてロクと共に外へ飛び出した。
夥しい数のカラスの声と湿った風が流れ込んで来る。

「母さんとキヨが朝、山に入ったまま帰って来ないんだ。僕、探しに行ってくる。母さん、よく貧血で動けなくなったりするから」
「なあ秋人、待てったら。まだ話が終わってない」

「もうすぐ祭りが始まる」

秋人がドアを閉めた途端、風の仕業かカラスの仕業か、フロントガラスに折れた木々の枝や葉が無数に落ちて来て、まるきり前が見えなくなった。
外に出て排除しようとしたが、どういう訳かドアが開かない。
助手席のドアも同じで、まるで溶接したように、びくともしない。

「どうなってんだよ、くそっ!」
飛田は大きく叫び、ハンドルにこぶしを叩きつけた。
                       
            ◇

木の葉の隙間から空を覆いつくさんばかりのカラスを見上げ、さすがのキヨも背筋を凍らせた。

重そうに腹を抱え、ゆっくりと須雅神社への坂を上っていく華奢な背に、キヨは話しかけた。
「もう引き返した方がいいよ、小菊。銃声は聞こえなくなったけど、どこかで健造に出くわす気がする」

かがり火の当番のいない時間を狙って登り始めたものの、すぐそばで健造の散弾銃の音が轟き、二人は暫く参道を外れ、長い時間木陰に身をひそめていた。
けれど少し前に不意に音が止み、そのとたん当たり前のように小菊は山の中腹にある須雅神社を目指して登り始めたのだった。

まるで自分がさも神社の主であるように祭場へ向かう姿にキヨは苛立ちを覚えた。
須雅様に足しげく通ったからと言って、その腹の子が神格化するわけでもあるまいに。どうせ穢れた鬼の子だ。

キヨにしてみれば、小菊に関する感情のほとんどは、ただ空恐ろしい未知なる力に対する、好奇心でしかなかった。
運に見放され、何の富も幸せも縁のなかった自分の、唯一の優越感に他ならなかった。

小菊が秋人を抱いて子を孕んだと気づいた時も、最初はそんな濃い血が腹で育つはずもないと静観していた。
もしもそんな背徳の胎児が育ったとしたら、もう、それこそ計り知れない古の鬼の力の備わった化け物でしかないと。
けれど小菊の腹は小ぶりながらもしっかりと膨らみ、キヨは覚悟を決めるしかなかった。

秋人を育てていて、キヨは薄々気が付いていた。人に非ずは小菊だけではない。
秋人はその身の内に大きな力をひそめている。彼が宿すのは火と熱だ。流鬼を合祀し鎮めていた際神、カグツチのように。

ただ秋人は小菊のように馬鹿ではない。理性を持って今のところその力を抑えている。
その力の恐ろしさをキヨは誰よりも感じ、そして誘発しないように気にかけてきたのだ。

「ほら小菊。かがり火のせいでカラスが興奮してる。空が真っ黒だ。健造は今日はきっと狂ったように狩るよ。鉢合わせするのは嫌だし、やっぱりもう帰ったほうがいい」
けれど小菊は首を横に振った。ゆったりとしたワンピースが汗ばんでいる。

「健造はきっとどこかにいる。わざとどこかに潜んで待っているのよ、キヨ。だから行くの。あの男を、カラスの供物にする」
少女のような唇からこぼれた言葉は、どこまでも冷ややかで残酷だった。

「だけど小菊。健造を殺したら、秋人が悲しむね。仲のいい友達の父親だから」

「わたしには 関係ない」

小菊の声は怒気を強く孕んでいて、キヨはすこしばかり身震いした。



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(雑記)お別れ。なんだかぼんやりしちゃいますね 

☆雑記・四方山話

またもや更新が延び延びに……。
このところ、なかなかゆっくりブログのご訪問もできなくて、ごめんなさい

11日の早朝、我が家のワンコが旅立ちました。
ずっと闘病の日々だったので覚悟はしていたんだけど、やっぱり14年間もいっしょに暮して来た家族なので、寂しいものですね。

家事をしている間、ずーっと傍に座って私を見つめる子でした。
今でも見つめられてる気がして、つい振り返ってしまいます。

おバカで食いしん坊でしたが、家族のアイドルでした。
食べきれずに残ってしまった、大好きなタマゴボーロを持たせて、みんなで見送ってやりました。
向こうでは、転がるボーロを追いかけてw、いっぱい食べてほしいなあ。

なんだか、しんみりした記事になっちゃってごめんなさい(>д<)
いろいろサボってる言い訳を……と(爆)
あ、コメント欄は閉じさせていただきますね。

limeというペンネームはこの子から貰ったのですが、これからは私だけの名前になっちゃうんだなあ。
しばらく、ぼんやりしちゃうと思いますが、またじわじわ復活する予定です。
(あさっての土曜日は、待ち焦がれていた大好きなヒップホップグループのドームコンサートです! はじける予定です(笑))

暑かったり寒かったりで、体調崩しやすい季節ですが、みなさんお気をつけて~(*´ω`*)



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流鬼 第24話 問い(2)  

流 鬼  《連載中》

飛田は細い農道の端に立つ二人の少年に気づき、窓を開けたままゆっくり車を近づけた。
口論しているような険悪な雰囲気に見えたが、この機会を逃すつもりはなかった。

小菊に容易く近づくことができないと分かった今は、自分の求める答えをくれるのは、やはり子供たちかもしれないと思い至り、彼らに会うために先刻宿を出たのだ。

けれど車を路肩に寄せた直後、鋭く発せられた秋人の声に和貴は雷に打たれた様に怯み、すぐに自転車でその場から走り去ってしまった。
その波動が飛田にも伝染し、思わず息をのむ。
内容は聞き取れなかったが、およそ秋人のイメージとはかけ離れた鋭い叫びだった。

「和貴と喧嘩でもした?」

運転席の窓から顔を出し、軽い調子で秋人に声を掛けると、ちょうど舞い戻って来た赤ヒモのカラスを腕に止まらせ、秋人はゆっくり視線を飛田に流した。

中性的で細身の肢体。腕には守り神のカラス。母親によく似たその目元は冷ややかに飛田を見下ろしているが、小菊に感じた恐ろしさは皆無だった。
それは飛田がこの少年の中に友人の血をほぼ確信していたからでもあった。
有り得ない、有ってはならない事ではあったが、そう考えなければ、あの友人の死に様の説明がつかないのだ。

「神社の鬼の伝承を調べに来たなんて、全部嘘なんだね」

秋人は腕のカラスの背を撫でながら静かに言った。
何の抑揚も無い穏やかな声だが、その中に冷ややかな苛立ちを感じた。

「昨日、小菊さんに聞いたんだな、俺のこと。……悪かった。でも全部が嘘って訳じゃないよ。鬼の伝承については真剣に調べてたんだ。13年前半にお腹の大きな小菊さんを思わず写真に撮ってしまったことを、小菊さんが覚えているとは思わなくて、君にも内緒にしていたけど。あの時も、悪気があったわけじゃないんだ。結果的に小菊さんを怒らせてしまったかもしれないけど……」

「母さんを探してたのはなぜ?」
秋人は腕のカラスから、車内の飛田に視線を移した。

「和貴に見せてた写真は、飛田さんが撮った写真じゃないよね。別のだったんだろ? 飛田さんは、ずっと前にここで死んだ旅行者友達で、その人の撮った写真を持って、母さんを探してた。……なぜ?」

飛田を見下ろして来たその目の中には、怒りよりも落胆が見てとれた。
飛田は咄嗟に助手席のドアのロックを解除し、「乗って。少し込み入った話になりそうだから」、と手招きして秋人を誘ってみた。
秋人はわずかに戸惑いの表情を浮かべたが、やがて素直に頷いた。

あまりにスムーズな展開に飛田の方がほんの少し身構えた。自分はこの少年相手に、この後どこまで話をし、どこまで聞き出せばいいのだろうかと。

秋人は内面の見えない硬い表情のまま車の前面を回り込んだが、驚いたことにカラスを腕に乗せたまま助手席に乗り込んできた。
あまりに当然といった秋人の行動が飛田には可笑しくて、声を出さずに笑った。この少年にとっては、カラスは本当にお守りなのかもしれない。
それで秋人が落ち着くならと、あえて同乗者の指摘はしなかった。

一呼吸置き、座席にきちんと座った少年の足元に何気なく目を落とすと、その足首には鮮やかな真紅の赤い紐が巻かれていた。膝に乗せたカラスの足の紐によく似ている。

「それ、何かのおまじない? カラスの足のと同じ紐だよね」
魔よけとか? と言いそうになって口をつぐむ。なんとなくシャレにならない気がした。

「ロクのひもは、犬の首輪と一緒。僕の大事なカラスだって誰にでも分かるように、僕が目印でつけたんだ。でも僕のは……、和貴がずっと前に悪戯につけたんだ。僕が寝てる間に」
「そのままにしてるんだな。邪魔だろ?」
「いいんだ。和貴が、同じ気持ちでつけてくれたのかなって……思ったから」
「秋人がカラスにしたように?」

けれど秋人はもうそれ以上無駄口をきく気はないと言わんばかりに黙り込んだ。
僕の質問に答えろと、その横顔が言っている。飛田ももう一度真っ直ぐ前を向き直り、本題に入った。

「秋人。まずは、ごめん。確かに俺は幾つか嘘をついていた。
2カ月前に和貴に見せた写真は14年前、俺の友人の根岸っていう男が撮った、12歳の小菊さんの写真だ。根岸は写真を撮った次の日に、須雅神社の前の斜面で死んだ。目も当てられないような酷い姿で発見されたよ。死因は急な斜面を転がり落ちて頭部を破損し、そのあと獣か猛禽類に食われたんだろうってことだったんだが、あれから14年経って根岸の荷物の中から、12歳の小菊さんの写真とかメッセージとかが見つかったんだ。メッセージからは、意味深な「鬼」というワードが出て来て、俺は改めていろいろ疑問を感じたんだ。
もしかして、ただの転落死じゃ無かったんじゃないかって」

秋人はカラスの背を撫でながらゆっくりと飛田の方を見たが、やはり落胆に似た表情で再び顔を伏せた。

「僕に嘘をついて近づいたのは、母さんのことが怖かったから?」
秋人は膝のカラスに視線を落としたまま小さく訊く。

飛田は咄嗟にいろいろな答えを想定してみたが、適当な言葉を選んで誤魔化すことに疲れてしまっていた。
もしもこの少年を傷つける結果になったとしても、もういい加減早く、正しい答えにたどり着きたかった。

「そうだ。小菊さんの事もいろいろ耳に入って来たし、下手に刺激しちゃダメな人なのかなと思ってね。だけどこのままじゃ、俺が知りたいことは何も分からない。やっぱり、一度ちゃんと小菊さんに会って話をしなきゃって思い直して」

「飛田さんが本当に知りたいことは、なに?」

「……小菊さんが、俺の友人の死の真相を知っているのかどうかを知りたい」

他にも知りたいことはいくつもあったが、一番掲げやすいそれを提示してみた。
口の中が異様に乾く。秋人は、冷めた目をしてさらりと言った。

「母さんが根岸って人を殺したかどうか、ってこと?」
「いや、何もそこまでは……」
けれど秋人は冷ややかに口の端をクイと上げ、冷笑を浮かべた。
「それなら僕が全部答えられると思う」
「本当か」
思わず飛田は声を上ずらせた。

「でも僕が喋ったって分かったら、今度こそ僕、母さんに殺されちゃうかもしれないから、内緒にしてくれる?」
「殺されるって、そんなバカな」
思わず苦い笑いを浮かべてみたが、秋人は笑い返して来なかった。

「……秋人、お前らはいったい……」
「でも待って。ただでは教えてあげられない。交換条件がある」
「交換条件? あ……、昨日の?」

―――「飛田さんが本当の事を調べてくれるのなら、僕は協力する。母さんは鬼なんかじゃない、普通の人間だってみんなに言ってくれるのなら、協力する。母さんにも会わせてあげる」

つい昨日、飛田の嘘を鵜呑みにした秋人が提示した条件が脳裏に浮かんだ。
昨日は適当に承諾するふりをしたが、今となってはすべてが空しい。そんな約束は不可能だった。

「昨日の約束なら……」
「あれはもういいんだ。忘れて。そんなの出来っこない。分かってる。母さんは鬼だから」
「……」
口の中がさらに乾き、鼓動が早まる。
交換条件の内容うんぬんよりも、核心に迫りつつあるこの状況が、なぜだか怖かった。

「飛田さんの知りたいことを教える代わりに、僕の知りたいことを教えてくれる?」
助手席から見つめて来る黒い瞳が飛田を捉えた。

「なんだ。言ってみろ。何が知りたい?」

「流鬼って、いったい何?」

飛田はあまりに思いがけない直球の質問に、一瞬言葉を失った。そんな質問が秋人から来るとは思ってもいなかった。

けれども、その何処までも深く黒い瞳は強い光を宿していて、改めて吸い込まれるようにその目を見た。
小菊とよく似た目、輪郭、白い肌。けれど別物だ。目の前に居るのは紛れもなく人間の子供に違いなかった。

自分の親を村人の言う「鬼」だと認めつつもこの子は、自分や母親が一体何者なのかが分からずに、不安で堪らないのかもしれない。
不安を抱えていたとしても、秋人にその不安を解消するすべはないのだろう。
村人は母親を恐れ、秋人を疎んじる。友人であったはずの和貴とも、仲たがいしているようにも見える。
まだろくすっぽ正体の分からない飛田に、こんな大胆な提案をしてくるほど切羽詰まっているという事なのか。

飛田はにわかに、隣でそっとカラスの背を撫でる少年が不憫に思えて来た。
そしてもし、本当にこの子が根岸の子であったとしたら、と思うと尚更のこと、情が湧き上がってくる。

「……秋人。小菊さんとは、そんな話は一切しないのか? 流鬼がいったい何なのか、彼女なら教えてくれるだろ? 彼女は秋人の母親なんだ。何でも話せるだろう」
けれど秋人は表情を硬くしたまま、首を横に振った。
「母さんとは、そんな話はしない」
「そうなのか?」
「僕は出来そこないで、あまり好かれてないから」
「そんな馬鹿なことないだろ!」
「いいんだ、キヨが優しくしてくれるから」

“僕が喋ったって分かったら、今度こそ僕、母さんに殺されちゃうかもしれないから”

さっき秋人の口からきいたその言葉は、冗談では無かったのかもしれないと飛田は胸の冷える想いがした。
もしもそれ程息子に冷徹な母親だとしたら、小菊はそれこそ鬼畜だ。

「じゃあ……お父さんは?」

飛田は堪えきれずについその言葉を口にした。
秋人との交換条件を承諾する前だったが、もう訊かずにおれなかった。すべてはそこなのだ。
それを知るために、飛田はここに来た。

「秋人のお父さん、どこかに居るんだろ? その人に相談したりは、できないのか?」

秋人はしばらくじっと飛田の目を見つめていたが、今度は目をそらさずに、やがて真っ直ぐ答えた。
少年の目の中に小さな決心が見える。これは母親への密かな反抗なのに違いなかった。

「その人なら須雅神社の森で、14年前に死んだよ。僕の父親は、飛田さんの友達だった人だ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
飛田、残念ながら無事でしたね(。>д<) ←ん?

ここは二人とも、まだ完全に腹を割っていない状況での交渉なので、すごく悩みました(;´Д`)

秋人が結構飛田に内面や、由良家の秘密語り始めました。(読者さんには既知です><)←新鮮味が……(;_;)
次回も更に二人の会話が続きます。ここで飛田は驚愕の真実を知っていくのですが……。

相変わらずの亀更新ですが、また良かったら、お立ち寄りください(*´ω`*)
コメント等も、どうぞお気遣いなく、お気軽に♪

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流鬼 第24話 問い(1)  

流 鬼  《連載中》

夜が明けて、9月末日の早朝。
和貴は納屋の前で自転車チェーンの修理に取り掛かった。

休日なので、時間は充分あった。それこそ考えたくないことまで想像し、思い巡らせてしまうほど。

垂れさがったチェーンを引き抜き、不自然に溶けた部分をチェーンカッターで切り落とした。
工具箱から予備の古いチェーンを取り出し、長さを調節しながらつなぎ直す。小学校の頃に、健造が教えてくれた工程だ。
無事繋がったチェーンをホイールにはめ込んで、20分ほどで作業は終了した。

工具箱を片付け、機械油で黒くなった手を石鹸でこすって洗いながら和貴は、先刻父親から聞いた14年前の衝撃的な場面を、何度も何度も思い出していた。

それは鮮明で生々しい映像になって定着し、もう和貴の頭を離れていくことは無さそうだった。
旅行者と出会い、そしてまぐわい、不要になると殺して残骸をカラスに食わせ、そして13で秋人を生んだ。流鬼の繁殖周期にそって。

そしてそれから13年が過ぎた。
―――帰巣。
そんな言葉が和貴の中に浮かび上がる。

あの8月の末の小菊との出来事は誰にも決して言わないつもりだったが、まるでスルスルと口からこぼれおち、気が付いたらすべて健造に話してしまっていた。

話しながら体が震えた。
もしかしたら自分は、秋人の父親と同じ末路を辿っていたのかもしれない、と。

和貴の告白を聞いた後で唸る様に息を吐き、和貴の頭をギュッと抱え込んだ健造の力の強さが、まだしっかりと感触として残っていた。
確かにこの人は自分の父親なんだと、肌身に染みて感じた。


「今日、祭りが終わるまでに片を付ける」
布団の中で、健造は低く唸った。

「何をするつもり?」
「そうだな。カラスを全部撃ち殺す」
「無理だよ」
冗談めいたその言葉に、和貴は少しだけ安堵し、少しだけ落胆しながら布団に入った。
けれど興奮は冷めず、一睡もできなかった。

何かが起こる。何かを起こさねばならない。
自分たちの生活を脅かす鳥や獣は排除して然るべきなのだ。ましてや鬼など。

和貴は体を突き上げる武者震いのような感覚にじっとしていられなくなり、修理の終わった自転車で外に飛び出した。
遠くの山で乾いた銃声が二つとどろき、いつものようにカラスが慌てふためいて騒ぎ立てる。健造の銃だ。
すぐ先の森の上に煙る様に湧き立つ黒い鳥。鳥、鳥。

あんなものが守り神のはず、ないじゃないか。
鬼にしろカラスにしろ、悪しきものを崇めて鎮めたつもりで放置するから、増殖して手が付けられなくなるんだ。
祟られるから腫物に触るように守り、あげくに増殖されて、そして食われる。
いつかきっと手遅れになって泣きを見るに決まっている。
正しいのは抵抗しようとしている父さんなのだ。

自転車を走らせながら和貴は左手をピストルのように構え、煙のように湧き立って飛び交うカラスの群れに狙いを定める。

突如、バサリと羽音がしてその左手に黒い影が飛びついた。
和貴は凍り付いて情けない声を上げ、咄嗟に黒い影を力任せに振り払った。
腹から突き出た足に赤い紐。ロクだ。

「和貴、おはよう」

振り返ると、田圃のあぜ道に立つ秋人が、穏やかな笑顔で和貴を見ていた。その肩にゆっくりとロクが舞い降りる。
いつの間にか和貴は秋人の家の前まで来ていたのだ。

「危ないだろ! そのカラス」
「ごめん。和貴と遊びたかったんだよロクは。あ……、自転車直ったんだね」

昨日の気まずい別れ方を忘れてしまったかのような秋人の呑気な表情に、和貴は苛立ちを覚えた。
「お前がやった癖に」
小さく喉の奥でつぶやいたが、聞こえなかったのかその声に秋人は反応しなかった。

「ねえ和貴。聞きたいことがあるんだ」
「……なんだよ」
「昨日の飛田って人、母さんの写真を持って探してたんだろう? それってどんな写真?」
予想外の質問に、和貴は少々面食らった。

「どんなって……、普通に12歳くらいの、昔の小菊さんだよ」
「おなかが大きかった?」
いったい何を言わせたいのか分からぬまま、和貴は首を横に振った。

「そんな訳ない。その写真は、飛田さんの友達がとった写真で……」
和貴はそこで改めて飛田の事を思い出し、ハッとした。

あの12歳の小菊の写真を撮ったのは、ちょうど14年前ここに旅行に来た秋人の父親なのだ。
写真を撮った後日、その男は小菊と交わり、そして殺された。
あの飛田という男は、友人の壮絶な最期も知らずに、小菊を探しているのだ。

けれど和貴をゾッとさせたのは、その後の秋人の反応だった。

「そっか。……そういう事なんだ。飛田さんは、あの旅行者の知り合いだったんだ…。僕には教えてくれなかった。
民俗学の研究とか、ぜんぶ嘘っぱちなんだね。僕また、騙されちゃった」

俯いたまま秋人は、自嘲気味に小さく笑った。
その姿は和貴が知っている、闊達でどこか幼げな秋人とはまるで別人に見えた。

「なんでみんな嘘をつくのかな。飛田さんも、おばあちゃんも、母さんも」
「何がだよ。知らないよそんなこと。何が嘘なんだよ。俺に訊かれたって分かるわけないだろ!」
不可解な恐れは和貴の中で次第に苛立ちに代わり、そして猛烈な怒りに代わっていく。

「ああ、もういい。行けよ和貴。僕が直接飛田さんに会って訊くから。何が目的で僕らに近づくのかって」
冷ややかに言い放ったあと、秋人は何かに気づいたように視線を左手の農道に移す。
飛田の白い自家用車がこちらにゆっくり向かって来るのが見えた。

―――なんでこのタイミングに。
和貴の背筋に冷たいものが走った。

「殺すのか?」

自分の口から思わずこぼれた言葉に、和貴自身が凍り付いた。
笑い飛ばすと思っていた秋人の目が見開かれ、じっと和貴の目を見つめる。

「殺さないよ。なぜそんなことを?」
「腹を……立ててるみたいだったから」
「僕が腹を立てたら、人が死ぬの? どうして?」

いったいどこまでこの狂った会話を続けなければならないのだろう。
和貴は血が沸き立つ様な興奮と恐怖とで、体が強張るのを感じた。
飛田の車がすぐそばまで近づいているのに、秋人は和貴から目を離そうとしなかった。

「秋人は……。お前は知ってるんだろう、全部。小菊さんの事、自分の事、……自分の父親の事」
「もう行けよ和貴。話は終わったから。僕は飛田さんに用があるんだ」
「何だよそれ! 勝手だよな。こっちの質問には答……っ、わっ!」
突然威嚇するようにロクが和貴の頭をかすめ、和貴は総毛立ちながら手で頭を庇った。

「もう行けったら和貴! 僕が人を殺すところを見たいなら勝手にすればいい。だけどこれ以上僕を怒らせたらどこまで飛び火するか分からないからな!」

初めて聞いた秋人の怒声が刃物のように体に突き刺さり、和貴は自転車のペダルを我武者羅に踏み込んでその場から逃げ出した。

――化け物だ! やっぱりそうなんだ、あいつ等は流鬼なんだ。秋人は全部知ってて何食わぬ顔でここに戻ってきたんだ。

恐れと共に秋人にしっぽを巻く形になったことが悔しくて、情けなくて、和貴は心の中で叫び声を上げた。


               ◇





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流鬼 第23話 悪夢 

流 鬼  《連載中》

夕闇を引き裂く悲痛な声とともに、無数の羽音がクスノキの森に響き渡った。

目の前で血に染まるのは見ず知らずの男だ。
けれど体の奥底から噴き出す恐怖にわななき、健造は喉が裂けるほど大きく叫んで身を起こした。

豆球の明かりだけの薄暗い部屋の布団の上で、汗だくになりながら肩で息をする。
夢を見たのだと気づいた後も、体の震えは止まらなかった。


もう数え切れないほど何度もあの日の夢を見てきたが、今夜見た理由は和貴が連れて来たよそ者のせいだと健造には分かっていた。

警察もあの14年前の旅行者の件は転落事故として処理したというのに、今になってその男の知人がこの村を訪れ、そして小菊を探しているというこの事実が、何かの符号のような気がして健造には恐ろしかった。
どこかに無数の目があって、健造の穢れを見つめているようで息が苦しかった。

薄い敷布団の上で首筋の汗をぬぐい、暗闇の中、大きく息を吸い込んでみる。
健造の精神の根幹を狂わせたものがあるとすれば、それはまさしくあの日見た地獄絵図に他ならない。

ちょうど14年前の9月の末日の夕刻。その日は健造が須雅神社のかがり火の守り役だった。

林業の仕事も精力的にこなし、その2年前に祝言をあげた嫁が高齢ながら初めての子を身ごもり、生活は豊かとはいえなかったが、まずまずの日々だった。

森の中は夕方4時を回るころには、鬱蒼と茂った木々のせいで、早くも薄暗くなる。
ねぐらに帰るカラスの声を、パチパチと爆ぜるかがり火の音と共に聞きながら、祠の裏のクスノキの根を枕に、健造は少しの間ウトウトしていた。

その眠りから健造を呼び戻したのは、低く唸るような獣じみた声だった。
まさか山犬か熊でも出たのかと、祠の影からそっと前方を覗き込んだ健造は、目を疑った。

まだ若いガッシリした男が地べたにしゃがみ込み、下半身をあらわにして体を大きくうねらせているのだ。
斜め後方からで顔はよく見えなかったが、この村の者ではないように思えた。
けれど何より健造を驚愕させたのは、その男に組み敷かれているもう一つの体だった。

「小菊」
健造は喉の奥で僅かに呻いた。
まだ幼さを残す細い体は何も纏わず、がっしりと男に抱きかかえられるように身を任せていた。

身を任せていたというのが適当なのか、ただ動きを封じ込められ放心していただけなのかは分からない。
うす暗がりをてらてらと揺らめくかがり火の明かりの中で、少女の驚くほど白く滑らかな体が、男の動きに合わせて大きく揺れていた。
見開かれた黒い瞳は男ではなく天蓋の木々を見つめ、まるで紅をさしたような鮮やかな唇は時折震えた。
幼い胸はまだ膨らみすらなく、ただ呼吸に合わせて大きく上下し、男の顎から滴る汗で艶めかしく濡れていた。

背後からは夥しい視線を感じるものの、そのカラスどもは息をひそめ、健造と同じように、この目の前の行為をただじっと見つめているのが分かった。

ただ男の苦痛に似たうめき声が響く中で、突き上げられる小菊の折れそうな体がゆれる。
次第に上気していく幼い裸体。男の手で固定された細い腕、足。唇から時折覗く小さな舌。
体の自由を奪われたのは健造も同じだった。思考が麻痺し瞬きも忘れ、目の前の絡みを憑りつかれた様に見つめていた。

天を見つめていた小菊の目がゆっくりと動き、健造の視線と合わさった。
それでも絡み合った二つの体はほどけることはなく、悠然と律動を続ける。

炎で焙られた様に体中の血が沸き立ち、熱を帯び、抗う事も出来ず健造の手は自分の股間へと伸びた。
小菊の視線をまっすぐ受け止めながら健造自身も激しく自慰を続けた。

恐れも羞恥も背徳感もまるで働かず、理性と呼べるのもなど欠片も存在しない、ただ衝動に支配された時間だった。

その狂った時間の終焉の合図は、男の獣じみた咆哮と、そして一斉に木々から舞い立ったカラスの声だった。
男はゼンマイ仕掛けの人形のような動きで衣服だけは身に着けたが、恐怖を顔に張り付けたまま何度も転倒して体を地面に打ち付け、それでも叫びながらカラスの飛び交うその場から退こうともがいた。

裸体を起こした小菊は、カラスを交わして半狂乱で走り回る男をじっと目で追い、ゆっくりと口元をゆがめた。

嗤ったのだ。
途端、男の耳から血が噴き出した。

それを合図にするかのように、中空を飛び交っていたカラス達が一斉に男の顔めがけて飛びかかった。
布が引き裂かれたような叫び声をあげ、体中にカラスどもを張り付かせた黒い不気味な怪物は、まるで用意されていた動線を辿る様に崖下に転がり落ちて行った。

その落下物をめがけ、あぶれて舞っていたすべてのカラスが、次々に崖下へと飛び込んで行く。
男の身の毛もよだつような断末魔は、その命が尽きていくに従いやがて弱くなり、細くなり、ついには消えて行った。

〈小菊は祟る。〉〈意のままに人を殺す。〉〈鬼だから。〉
あれはホラでも出まかせでもイジメでもなんでもない。事実なのだ。

男の汗や体液や血で汚れた小菊が再び健造の方をゆっくり振り向く。
目の焦点が合う前に、健造は逃げ出していた。

何処をどう走って家にたどり着いたのか記憶にない。
その夜は話しかけて来る嫁を怒鳴りつけ、ただひたすら寝間に籠って震えた。今にも小菊が訪ねて来るのではないかという恐怖に憑りつかれ熱を出し、三日三晩寝込んだ。

その後、逆に小菊が気配を消し、家に籠る様になっても健造は常に怯え、小菊の話題に触れるのさえも避け続けた。

小菊がいつの間にか子を孕み、人知れずこの村を出たという噂を聞き、ようやく平常心を取り戻したというのに、またあの鬼は13年して戻ってきたのだ。あの時まぐわった男の血で増殖した子鬼を連れて。

目的は再びの増殖か。それとも報復か。何にせよ放置していいはずはないのだ。
血に飢えた狂ったしもべ達を排除しつくし、そしてあの化け物を消してしまわなければ、次に食われるのは自分かも知れないのだ。


「父さん、いやな夢でも見た?」
眠っているとばかり思っていた和貴が隣の床の中からじっと健造を見ていた。

「……起こしたか」
「小菊のこと?」
「……なんでそう思う」
「話して欲しいんだ、全部。俺、父さんがおかしくなったなんて思ってない。今まで父さんが怖くてちゃんと話すのが嫌だったけど、今は違う。ちゃんと聞けるし信じられると思う。だから話して欲しいんだ。全部」

布団の上に座りなおした和貴の目は真剣で、健造は胸が掴まれる思いがした。
目の前にいるのは息子であると同時に、境界を越えて意思が通じることができるようになった同志にも思えた。

「ちゃんと、聞けるか」

薄暗がりではあったが健造の問いに、和貴の唇がきゅっと強く結ばれたのが分かった。



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流鬼 第22話 鬼の子  

流 鬼  《連載中》

―――まさか死んでいるのではないだろうか。

一瞬そんな想いに捕らわれ、キヨがピクリとも動かない秋人の肩に触れると、梁に止まっていたらしいロクが矢のように飛んできて、キヨの手を足ではじいた。
「痛っ!」

思わずロクを手で払いのけると、今まで床の上にうつ伏せで転がっていた秋人がムクリと起き上がり、キヨを見上げた。
母親によく似た大きな目に、キヨはゾッとする。


小一時間前。よそ者を勝手に引き入れようとした秋人に怒った小菊が、家に入るなり秋人を睨みつけた。
そのひと睨みは実質的な衝撃となって秋人に突き刺さった。小菊からの制裁はキヨが知る限り、この村に来て初めてのことだった。

ひとつ呻いて床に倒れ込んだ秋人だったが、少しは小菊にも情があるのか、自分の子を殺すまでには至らなかったようだ。
ホッとしたものの、キヨは複雑な気持ちだった。

もしかしたら今回は見逃してもらったが、『用済み』の秋人は小菊にとって本当にただの疎ましいだけの不要品なのかもしれないと感じたのだ。

「あの飛田って人は、須雅神社の歴史を調べに来た人だよ。話を聞かせてあげようとしただけなのに。何で母さんは怒るんだろう」

堪え切れないように目に涙を溜め、秋人はキヨに訊いて来る。小菊の代わりにずっと親代わりをして来たキヨにとって、秋人が可愛くないわけではなかった。
けれどやはりどこかに恐れがある。
この子に流れる血が、いつか暴れ出すのではないか。その前に手を打つのは自分の役目ではないのか、と。

「秋人。さっきの男はね、昔この村に来たことがある。いきなり腹の大きな小菊の写真を盗み撮りして、逃げるように帰って行った不作法ものだよ。その時腹の中に居たのがお前だ、秋人」
「写真……? そういえば飛田さん、和貴に写真を見せて母さんを探してた。その写真が、昔撮ったって いう写真だったのかな」
「そうだと思うよ。小さな女の子の腹ボテが面白かったんだろう。悪趣味なこった。小菊は写真を撮られるのをひどく嫌がるから、しっかり顔を覚えていたんだろうね」

「写真、いやなの?」
「その半年前に、旅行者の男に撮られたのが酷く嫌だったんだろう」
「半年前の旅行者って……あの男?」
「そうよ。カラスに食われて死んだ男。死ぬ前の日に、小菊の写真を何枚も何枚も撮ったんだ」

「何言ってんの、おばちゃん。あの人はカラスに食われたんじゃないよ」
キヨは土間へ降りかけた足を止めた。

「母さんが殺したんだろ? 儀式の後で」
秋人の声は、どこまでも静かで落ち着いていて、その分ゾッとする余韻を残した。
「そうだったね」

キヨは何とか笑ってみせた。自分が仕事でいない間、小菊は秋人をそうやって懐柔してきたのだろう。自分が今更それを曲げることなどできない。

「13年前の事は、必要な神事だったって母さんは言った。そして僕は今13歳だから、もう一度あの場所で弱った力を強めるんだって。僕は頷いてあげた。力になってあげたくて母さんの言うとおりにしたし、この村にも来た」
押し殺したように静かに語る秋人の言葉は、僅かに震えているようにも思えた。

「秋人は何も間違ってなんかいないよ。大丈夫。秋人は自分のことだけ考えていればいい。学校へ行って、友達を作って、沢山勉強して大人になるの。大人になれば村を出ていくのも、小菊から離れるのも自由だしね。
さあ、ほら。たくさん汗をかいたでしょう? お風呂に入って来なさい。遅くなったけどご飯にするから」

ひとつ頷いて立ち上がった秋人の膝からロクは飛び立ち、羽音を響かせて梁に戻って行った。
緩慢な動きで開襟シャツのボタンをはずしながら、秋人はキヨを振り返る。
「ねぇ、おばあちゃん。母さんのお腹にいる子は、母さんに可愛がられるのかな」

キヨは一瞬戸惑ったあと、頷いた。
秋人は「そっか」、と言った後、替えの下着と寝巻を取りに奥の間に消えた。
母に愛されていないことをどこかで悟っている秋人には、もっと他に言いようがあったかもしれないが、とっさに出たのは真実だった。
小菊はきっと腹の子を待ち望んでいる。今度こそ本当に自分の強い力を受け継いだ流鬼をその手に抱けるのだと、心待ちにしている。

「それ」はとてつもなく穢れた理念なのだとキヨは心得ていたが、今更もうどうすることもできない。小菊に逆らう気力など無かった。
自分のしていることが過ちであるのなら、その過ちは26年前、「鬼」を拾い上げてしまったあの日に始まっていたのだ。

須雅様が試しているのは自分だろうか。それとも村人だろうか。
寝巻を抱えてパタパタと土間の向こうの風呂場へ走って行った秋人を見ながら、キヨはぼんやり思った。

「キヨ」
小菊が襖を細く開けて、キヨを呼ぶ。腹を見なければ、まだ十代の少女のような幼顔だ。

「明日も夜が明ける前に須雅様にいきましょう。この子の元気がないのよ」
そっと自分の腹を撫でる小菊に、キヨは頷いた。
「かがり火の当番のいない時間を知っているから、その時に連れて行ってあげるよ。安心して早くお休み」

初産ではないが、もう13年も前の事だ。小菊は感覚を忘れてしまっているのだろう。胎児が動かなくなるのは、子が下がってきている証拠だ。
出産は祭りの日と重なるな、とキヨは思った。

いつどんな時に産気づいても取り上げるのはキヨの仕事なのだ。秋人の時にそうであったように。
村の産婆の助手をやっていた知識と経験はまだしっかりキヨの中に残っている。
けれどその子を生かすか殺すかは、穢れをなにより嫌うこの山の神が決めること。
小菊にはそう言い聞かせてある。

秋人は「是」だった。

今小菊の腹にいる鬼が「是」なのか「非」なのか。
すべて須雅様に任せようと、キヨは思った。




-----------------------------------------------------------------------------------------------
今回は、この由良家の3人の関係性が、少し見えてきたのではないでしょうか。
少し、スピードアップしなければ、ね(*。・ω・)

次回は健造視点です。
ついに、14年前のあの日、何があったか分かる……かもしれません。



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(雑記・イラスト)残暑お見舞い申し上げます(*´ω`*) 

☆イラスト・マンガ・水彩画

お盆も過ぎ、ヒグラシの声も聞こえてくるようになりました。
夏の終わりの気配は、いつもちょっと寂し気です。

帰省や仏事や夏イベントで、またもやブログから少し遠ざかっていました。
ご無沙汰しております(>_<)

今年は猛暑かと思えば雨が続いて少し冷えたりと、奇妙な夏でしたね。
皆様、夏バテなどしておられませんか?

年々夏が堪える様になって、健康のありがたみをしみじみ感じます……(;∀; )
サプリメントとウイダーインゼリーが良き友ですw

うちの水色ネコも、すっかりバテバテです。
かき氷b

あ、そうそう、ずーっと改稿を続けていた『ラビット・ドットコム』ですが、ようやく脱稿しました。
セリフは90%書き変え。描写もずいぶん修正して、なんとか読んでもらっても恥ずかしくないレベルになったんじゃないかと(*´ω`*)

さあ、次はどれを改稿しよう。KEEP OUTかな……。26万字もあるけど(´゚∀゚`;)

では、次回からは本腰を入れて「流鬼」に取り掛かります。またどうぞ、お暇な時に遊びに来て下さい♪
(いったいいつ終わるんだ、流鬼><)

うさぎb

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流鬼 第21話 カラスと鬼の棲む森(2)  

流 鬼  《連載中》

「じゃあ、その話を根岸にも?」
飛田は心臓がトクンと跳ねるのを感じた。

「ええ、しました。このあたりの歴史の事を調べてるって言う事でしたから」
「いったいどんな話を……」

「あそこに夜千代村が出来た時からあった、本当にただの昔話ですよ。
あの周辺の山に元々住み、ほとんど人と同じ形をして人に成りすましているけど、本当は気が荒くて、気分次第で人を喰らったっていう鬼です」

飛田は黙って頷いた。米田講師に聞いた、移り住んできた集団の話はまだ出てこない。
女将は少し笑いながら続けた。

「人を食べるというのはいかにも昔ばなしっぽくて笑えるけど、13年周期で子を産んで増やすっていうのはなんだかリアリティありますよね。そう言う数字を出されると怖くなるのは何ででしょうね」

「13年周期」
思わず飛田が声を漏らした。

「ええ、そう、13年ごとに鬼たちは何かの儀式のように子を生み、その子もまた13で子を生み、鬼の血を伝えていく。記憶も知識も恨みも、全部その血の中に伝えていく鬼。それが流鬼。
でもこの単なる昔話の流鬼と、今現在須雅神社で祀られてる流鬼は、ちょっと違うんですよね」

「……別なんですか?」
飛田は更に身を乗り出す。

「須雅神社に流鬼が祀られるようになったのは1900年のはじめに、移住してきた集団との諍いが有った後なんだそうです。
その移り住んできた人たちっていうのが、嘘か本当か、ものすごく怖い集団でね。一見普通で、村の仕事を手伝いながら生計を立ててるんだけど、村人と深く交わろうとしない。不思議な事に10代前半で子を産む女が多くて、50年くらいの間にどんどん数を増やしていったんだけど、まったく……やることなすこと伝説の流鬼なんですよ」

「……じゃあ、もしかしてその大もとの昔話があったせいで、彼らが流鬼呼ばわりされたってこと?」

「ああ、そうも言えるかもしれませんね。でも、その昔ばなしこそが、リアル流鬼の予言だったって思われてたみたいです。神通力を持って、喧嘩相手の村人を殺したって言うのが発端で、村人と対立するようになっていったそうなんだけど。偶然なのか人為的なものか、その移民の人たちは火事でみんな死んでしまったんです。結構な数だったみたいですよ。焼け跡は地獄絵図だったって。
それ以降、干ばつや山火事なんかが絶えなくて、村の人はこれは崇りに違いないって恐れ、須雅神社に流鬼を祀ったんですって。まあ、祀るというより封印と鎮魂の意味の方が近いような気がするんですけど」

飛田はしばらく言葉が出なかった。
米田講師が語ったことの全貌が、これだったのだ。ほんの100年前の話だ。流鬼は夜千代村の人間にとって、昔話などではない。
大昔の民話と、その奇妙な移民集団との関係は、多分無かったのだろう。
けれど、人の中にある姑息な感情が、それをひとくくりにして、「鬼」を作り上げた。

移民の集団は、神通力のようなものを持っていたと言う事だが、もしかしたらそれも村人の言いがかりだったのかもしれない。
書物も残っているはずはなく、そして村人にとって、だぶんその真偽はどっちでもよかったのだ。

ただ移民は邪悪な鬼であり、鬼は退治すべきものであるという図式さえ作れれば、すべて許される。

その、トチ狂った大義名分を掲げ、よそ者の集団を一致団結して焼き払ってしまった村人。
そして、教授の話によれば、初期の須雅神社が燃えてしまったのは、その後だ。
村人が我に返り、遷座させた須雅神社に流鬼を祀ったのは、ただひたすら祟りを恐れての保身のためだ。

―――そんな後ろめたく、痛い過去を抱えた須雅神社の祠宮の中から、小菊は拾われた。

村人の怖れが伝染したかのように、飛田の背筋を冷たいものがザラリと撫でる。

「13年周期……」
飛田の口から再び、その言葉がこぼれた。

よほどこういう話が好きなのか、女将が興味深げに頷く。

「その年月に意味があるのか、偶然の周期なのかは分からないけど、キリスト教始めいろんな宗教で嫌われる数字だから、なんとなく気味が悪いですよね」

飛田は頷いた。13年。あまりにも符号が合いすぎる。あの家族と。

「根岸にも、その話をされたんですね、女将さん」

「多分同じようなことを言ったと思いますよ。14年も前だからうろ覚えですけど。それにあの頃、流鬼の復活だってやたらと上夜千代の知人が騒いでたから、私も調子に乗っていろいろ喋ったのかもしれない」

「流鬼の復活って……」
「須雅神社の祠から拾われた女の子が、人にあり得ない力を持ってるって話で」
「そ! その子の……」

飛田は思わず声を荒げ、女将ににじり寄った。

「その子の話を根岸にしたんですか!?」

女将はさすがにたじろいで飛田を見る。
「飛田さん、その子の事をご存知なんですか?」

「あ……いえ」咄嗟に言葉を濁す。

「もちろん、そんな名指しで教えたりはしませんよ。 だけど、12年前須雅神社で拾われた、絶世の美少女が居るって言う噂の事は、少し話したかもしれませんね。それはもう、この町にも噂が聞こえるくらいインパクトのある話でしたから」

根岸がその話に興味を持ったのなら、上夜千代で少女についての真相を確かめるのは訳もないと思った。
飛田に残したメッセージの中の鬼が、流鬼の事であることはもう間違いない。
そして、それが“小菊”であることも。

根岸は、流鬼であると知ったうえで小菊のあの写真を撮ったのだ。
いったいどんな気持ちで……?

そしてこの世を去った夕刻。
かがり火が焚かれた須雅神社の祠の前でお前はいったい、何者と対峙したのだ。 何を見たのだ。

飛田は鈍く痛む頭を垂れたまま、目の前の机にそっと触れてみた。
けれど14年前、根岸が飛田への最後のメッセージを書いたと思われる古い文机は、黙して何も語ってはくれなかった。


             

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回、過去の昔話が沢山あって、とてもややこしくなってしまいました( ;∀;) 読みにくくてごめんなさい~。
でも、過去の流鬼の伝説は、適当に読み飛ばしてください!
そんなことがあったんだな~~、くらいで(*´Д`)  推理は不要です。

次回は、キヨと秋人の意味深な会話です。
謎めいたこの2人、なにか解き明かす話題を振ってくれるのでしょうか……。



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流鬼 第21話 カラスと鬼の棲む森(1)  

流 鬼  《連載中》

何がきっかけになったのか、突如周囲の木々から無数のカラスが舞い上がり、夕暮れの空に散らばった。

飛田は咄嗟に襲って来た幾重もの恐怖心から喉の奥で言葉にならない声をひとつあげ、路肩に停めた車に乗り込むと急発進させた。

舗装道路に入りバックミラーの中から由良の家が消えても、胸の動悸は少しも鎮まらなかった。
カラス達の異常な行動が怖かったのか、それとも小菊が自分にささやいた一言が怖かったのか。

―――また、わたしを写すの?

しっかりと覚えていたのだ小菊は。 13年前に飛田が腹の大きな小菊を無断で撮り、逃げ帰った日の事を。
まさか、その半年前に須雅神社で小菊を撮った、根岸と勘違いしているのではあるまいか。
そうも思ったが、どちらを想定しても、恐怖で体が震える。

あんなに無害そうな、華奢な女なのに。
あの女はいったい本当に人間なのだろうか。あの小柄な体から滲みだす妖気に似たモノは一体何なのだろうか。

飛田は汗ばむ手でハンドルを握り、とりあえず気持ちを落ち着かせようと、全てを後回しにして篠崎町の宿に車を走らせた。

          ***           

「上夜千代にでも行かれたんですか、お客さん」

人好きのするふっくらした頬にえくぼをつくり、民宿「千鳥」の女将は飛田に微笑んだ。
飛田が部屋に帰ってきてしばらく後、夕食の用意が出来たと呼びに来てくれた時の事だ。

「え……、どうしてわかるんですか?」
「ああやっぱり。飛田さんの車にカラスの糞がたくさんついていましたから」

そうだった、車は悲惨な状況だったと、また一つ厄介ごとを思い出しながら飛田は情けない表情を女将に向けた。
「すごいな、カラスの糞だってすぐにわかるんですね」
「そりゃあね、食べるもんも大きさも、他の鳥と違いますから。特に上夜千代はハシブトガラスが多いし、タチが悪くてワザとそんな嫌がらせをするんですよ」

「女将さん、上夜千代村に詳しいんですか?」
「私も主人も元々は少し離れた“下”夜千代の生まれなんです。小さなころから“上”夜千代には近づくなって年寄りによく言われました。今そんな事を子供に言うと大問題ですけどね。差別だなんだって」

「あの……」
それは思いがけない情報源だった。飛田は前のめりになって女将ににじり寄った。

気を回されるのが嫌で、宿泊手続きのとき女将に伝えていなかったが、実は自分は14年前、上夜千代村で変死した学生の友人で、その死を不審に思って調べに来たのだと、飛田は思い切って言ってみた。
友人がその時泊まったのが、この宿であることも合わせて。
女将はすぐに思い出してくれたようで、あの時は警察の人もここにきて、結構な騒動だったと話しに乗ってくれた。

「でも事故だったんですよね? 14年前にも警察の人に、そのお客さんに思いつめたような様子が無かったか訊かれたんですけど。そんな風に見えなかったし、それに須雅神社の正面のあの崖は、飛び降りて死ねるような険しい崖じゃないらしいし。遺書みたいなものも、結局見つからなかったらしいし……」

遺書という言葉に、飛田は反応した。
根岸の最後のフィルムに写り込んでいた飛田への奇妙なメッセージが瞬時に蘇ったが、あれを遺書と呼べるかどうかは分からなかった。

『飛田 いるんだ、鬼が。もう…… オレ、だめだ。ヤバい事になりそう』
SOSにも取れなくないメッセージだった。……正常な精神状態だったかは別として。

「カラスじゃないかと思うんです」
思い切って飛田は切り出してみた。
「え?」
女将が、愛嬌のある丸い目をさらに丸くした。

「根岸の体にはまだ生きているうちにつつかれたような損傷が無数にあって。……ここのカラスは人を食いますか?」

思いがけない質問に驚いたのか飛田の顔をじっと見つめた女将は、そのあと気の毒そうに答えた。

「さあ。確かにカラスは雑食だし、あそこのカラスは気が荒いとは聞くけど……まさかそんな」
「ねえ女将、なぜ上夜千代のカラスはあんなにも気が荒いんでしょう。神社の眷属だから大事にされて来たっていうのは分かりますが、あまりにも気味が悪くて」

ああ、と女将は笑ったあと、これは主人が教えてくれたことなんですけどね、と前置きをしながら話してくれた。

「夜千代村にはクスノキの繁る森が多くて。そのクスノキを原料にして樟脳を生成したり炭を作ったりして生計を立てる人が多かったんです。ご存知でしょう? 樟脳。カンフルとも言われて、興奮薬にも使われていた成分なんですよ。生成の過程で流れ出した製油とか、不要チップの焼却とかで、カラスが異常に興奮状態になった時期があったらしいんです。

元々食料が豊富でカラスの数は多かったそうなんですけど、異常行動するカラス達に村人が恐れをなしてしまったらしいです。カラスが神社の眷属になったのが、それより前か後かは分からないんですけど。
今では大きな工場も潰れて、その産業もほとんど廃れてしまったけど、クスノキチップや木炭は使われ続けているし、須雅神社のお祭りにも必ずクスノキの炭を使うし。

まあ、これらは検証したわけじゃなくて、あの村をよく知る年寄りたちが言ってる事なんですけどね。カラスの気が荒いのはそんな血を受け継いで育ってるからじゃないのかって、主人なんかも言うんです。人間がカラスを恐れて駆除もしないから、人間を馬鹿にしてるところもあるだろうし」

飛田は食い入るようにその話を聞き、そしてその推論にも一理あるなと共感した。
そして一歩離れた場所から上夜千代を見て来た女将に、もっと深くいろんな視点から聞いて見たい欲求があとからあとから湧きだす。

「じゃあ、鬼は……」
「え」
飛田は米田教授に聞いた伝承の事は伏せて、聞いてみた。新たな情報が得たかった。

「鬼です。須雅神社はカラスと共に鬼も祀られていると聞きました。死んだ根岸もそのことに興味を持っていて、埼玉県の鬼鎮神社のように、ここもまだ知られていない言い伝えなんかあるんじゃないかって調べていたんです」

「ああ、流鬼のことね」
それです!と叫びそうになるのをぐっとこらえる。

「女将、それはどんな鬼なんですか」
「村にいたらしいんですよ」
「だからそれって……」

女将は笑った。

「飛田さんも根岸さんと同じような表情するのね」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回、女将の話がとても長くなるので、中途半端なところで切ってしまいました( ;∀;)
コメントもしにくいと思うので、コメント欄は閉じておきますね。

次回は1週間後。
女将は、なにかヒントをくれるのでしょうか……。


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(観劇日記)『子供の事情』作・演出:三谷幸喜 

☆感想(観劇・映画・小説)

久しぶりに舞台を見に行ってきました。

東京だけの公演だったので、日帰りで東京まで行ってきました (*´∀`)ノ
なかなか手に入らないチケットだったんですよ。当たってラッキーでした。

数々のヒット作を手掛けた脚本家、三谷幸喜の劇団だということもありますが、キャストが豪華すぎる!

タイトル&キャストはこちら↓


子供の事情


給食、テスト、奇妙なクラスメイト、転校生、席替え……。
誰もが身に覚えのある、遠い遠い昔の小学4年生<10歳>を、三谷さんが描くのです。
しかも、このまま、シェイクスピアだって、チェーホフだって、大河ドラマだって、すぐに成立可能な驚きの豪華メンバーが10歳の子供を演じるんです。
もう、面白くならないはずがない。

いや~、もう最高でした!
懐かしくておかしくて、死ぬほど笑ったし、予測不可能な瞬間に、たった一言でじ~んと涙ぐませられたりもして。

三谷作品に共通する、大掛かりなトリックは無かったんだけど、最後の展開はもう、ものすごく心にぐっときて……。

ああ、もう、やっぱり三谷幸喜は凄い。本当に最高。

そしてまさかここで、キャスト達の生歌が存分に聴けるとは!(笑)
クオリティ高すぎるのに、涙が出るほど可笑しくて。役者って……ほんとうにすごいな!(←ボキャブラリーが貧困過ぎて上手く書けない)

交通費+チケット代は大きかったけど、更にそれ以上楽しませてもらいました。
(翌日は疲れ果てて死んでいましたがw)

皆さんも、もしwowowなんかで放送されたら、ぜひ見て見てください^^ 最高に楽しいですから!

***

話は変わるんですが。

最近、某ヒップホップグループにハマってしまって、休日はずっとPVなんか見ています。
いや~~、もうラップ系のダンスなんか硬派で最高にかっこよくて、そして曲調によっては妖艶でクールで美しくて、普段のじゃれ合う姿は小動物のようにキュートで可愛い、世界的に認められてる平均年齢22歳の青年たち。

やばい、久々に骨抜きになってしまっています。どうしよう。
初めて携帯会社から、通信規制の通知が来ました。Wi-Fiの無いところでは動画見ないようにしよう(;_;)

ああ……また創作とか更新が止まる。

いろいろ悩みの多い、この頃です。(笑)


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流鬼 第20話 照準(2) 

流 鬼  《連載中》

自転車で前を走る秋人が、合図のようにほんの一瞬、飛田の車を振り返った。
わだちの出来た細い農道から少し奥まった場所に、納屋のない、母屋だけの一軒家があった。

今にも背後の雑木林に呑み込まれそうな脆弱さとは裏腹に、異様な存在感を感じるのは、小菊の家だと認識したせいだろうか。

縁側の横に木の引き戸の玄関がある平屋建てで、屋根は所どころ苔むした古い瓦だったが、もしもまだ茅葺であったなら、そのまま昔話に出て来る古民家そのものだった。

「何代も続いた家なのかな」
家の前に停めた車を降りた飛田は、自転車を押して近づいてきた秋人に尋ねた。

「どうかなあ。ここはキヨおばあちゃんの、亡くなった旦那さんの家だったんだって。13年間もほったらかしだったから、引っ越した日は襖が開かなかったり、蜂が巣を作ってたりして、大変だった」

屈託なく笑う秋人は本当に無邪気なごく普通の子供で、ほっとすると同時に、この村に来てしまったことを哀れに思った。
いや、……小菊の子として産まれた事を、だろうか。

「秋人君たちはこの冬までどこに住んでたんだ?」
「そんなに遠くの街じゃないよ。それから秋人って、呼び捨てでいいよ。和貴のことは和貴って呼んでたろ?」
「そうだっけ。じゃあ、秋人……なんでまたこんな辺鄙なところに?」

けれどそれは聞こえていなかったのか、秋人は自転車を押しながら家の方へ走って行ってしまった。
ちゃんと付いてきていた赤紐のカラスが、それを追いかけていく。

訊きたいことはまだ他に山ほどあったが、何より今は小菊の事だ。
飛田は秋人が飛び込んで行った暗い玄関引き戸の中を、だまってじっと見つめた。

キヨや小菊に、秋人はどんなふうに飛田を説明するのだろうか。根岸の事は一応隠したが、それで尚、一研究者に会ってくれるのだろうか、と不安を抱きながら。

けれど暫くして飛び出して来た秋人は、首を横に振った。その表情はどこか不安げだ。

「母さんもおばあちゃんも居ないんだ。ごめん、また今度」
「いないって、……二人してよく出かけるのか?」
声に落胆が素直に出てしまった。

「この頃はおばあちゃんと、時々出かけてる」
「どこに?」
「たぶん須雅神社」

「須雅神社に? いったいなんで」
神社に行くのはお参りだと相場が決まっている。けれど思わず口をついた。
あの二人にはなにか特別な場所のような気がしたのだ。

「たぶん、明日が本祭だからだと思うんだけど」
「本祭……か」

―――宮野老人が言っていた祭りの事だ。9月30日。前日の夜からひっそりとかがり火を焚いて須雅神社の神と鬼を鎮める神和ぎ。小菊も祭りに合わせてお参りでもしているのだろうか。他の村人と同じように。
飛田には少し意外な気がした。

その日を意識して今回の調査に入ったわけではなかったが、根岸が死んだのも9月30日。ちょうど明日が命日だった。
あの根岸の惨事は、かがり火が焚かれた須雅神社での出来事だったと言う事になる。

そのころ小菊は12歳。

「なあ秋人……。小菊さんは小さなころからよく、須雅神社に遊びに行ってたのかな。その……祭りの間なんかにも」

そう質問した飛田の顔を見上げた秋人の目は、すぐにそれを交わして後方へ動いた。
砂利を踏む微かな音が、飛田の背後から聞こえた。

「どなたですか?」

声の方を振り向いた飛田は、体がサッと冷気に包まれたのを感じた。まるで13年前に戻ったかのような錯覚に、恐怖さえ覚えた。

声を掛けて来たのは初老というにはまだ若い中年の女、キヨ。それなりに歳を重ねてはいるが、はっきりと覚えている。
醜いとまでは言わないが、どこか貧相で幸の薄そうな顔立ちだ。

そしてその少し後ろに寄り添って立つ、華奢で少女のような面影の女。―――小菊だった。

13歳のころと変わらぬ白く柔らかな肌と黒目がちの吸い込まれそうな瞳。腰まで垂れた真っ直ぐで艶やかな黒髪。ゆるりとこちらに向けられた視線は、心の中を覗かれているようで、思わず身がすくむ。

そうだ、この感覚だ。

ただ一人の小柄な少女なのに、視線を捉えられ、じっと見つめずにはおれなくなる。
自分の心を揺さぶるその訳を知りたくて、更に一歩近づいて見たくて堪らなくなる。
触れて、そこに実体があるのか確かめたくなる。

13年前の飛田がその目で見た衝撃と、少しも変わらぬ衝撃がここにあった。

そしてそれは単にその女の魅惑的な容姿のせいばかりではなかった。
鎖骨の滑らかな線が浮かび上がるほど細身であるにもかかわらず、緩い形で女の体を包み込んでいる長いワンピースの腹は、大きく前にせり出していた。

あの13年前の春先、森の入り口で見た光景とあまりに酷似していた。
今、飛田の目の前にいる小菊は、再び腹に子を孕んでいるのだ。

小菊が、濡れたように光る黒い瞳を飛田に向け、小さく首を傾げてささやく。

「また、わたしを写すの?」

周囲の木々からこちらを見つめる、無数の黒い鳥の刺すような視線を感じ、飛田の背が粟立った。




----------------------------------------------------------------------------
作者の日程の勘違いがありました(>_<) 。祭りの期間を変更し、早めます。(以前の記述も少し変更しました)
この日は9月29日。そして翌日の30日が、この物語の最終日になります (。>д<)  



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